変化(2)
その背を見送ったリアンは、まさかクローディアと行くことになるとは思わず、身嗜みは大丈夫か今一度全身を確認し始めた。
「どうかしたのかね? 殿下よ」
「あ、いえ、その……変なところはないかなと」
「ひとつもないとも。今日の殿下は輝いている! この僕が言うのだから、自信を持ってくれたまえ!」
自信ってどうやって持つんだっけ、とリアンは息を吐いた。この変わり者な皇弟殿下といると、どうも調子が崩されてしまう。
だがそれは不思議と心地いいもので、こんな兄がいてくれたら、きっと楽しい日々を送れただろうと思うほどだ。
無意識に俯いていたリアンへと、ローレンスの手が伸びる。わしゃわしゃと頭を撫でられたリアンは、大きく瞬きをしながらローレンスの顔を見上げた。
「皇族たる者、人の目がある場では、常に前を見据え、決して下を向いてはならない。これは、我が祖父が教えてくれたことなのだが…」
リアンはゆっくりと姿勢を正し、ごくりと喉を鳴らした。
ローレンスの祖父は、二代前の皇帝陛下だ。その名は名君として大陸中に名を馳せていたから、王宮の隅で育ったリアンでも知っている。
(…格好悪いな。俺)
リアンは心の中で溜息を吐いた。リアンは王子だが、金髪で生まれたせいで、王族の子供が受ける教育を受けさせてもらえなかった。
幸い、生まれた時から傍に居た母親代わりだった女性が、恥ずかしい思いをすることがないよう厳しく躾けてくれたお陰で、こうして外に出ても嫌な思いをしたことはなかったのだが。
「……すみません。格好悪かったですね。せっかく殿下に服を選んで頂いたのに」
王族なのだから俯かずに前を向けと遠回しに言われたような気がしたリアンは、フードで顔を隠して生きてきたことを恥じたくなった。
こんな髪が嫌で、それを見る自国民の人たちにも嫌な思いをさせてしまうから、子供の頃から金髪が見えないようフードを被って生きてきた。
だが、ここは王国ではなく帝国だ。オルヴィシアラの王子として見られていることを忘れていた。
そんな風に考えているリアンの心中を察していたローレンスは、まるで高価な糸のような金髪をそっと撫でて小さく笑う。
「いいや、殿下は格好いいとも。ただね、皇族というのは、国の顔として常に人に見られている。だから見た目や立ち振る舞い、言葉遣いは常にちゃんとしていないと、それだけで国の評価は下げられてしまうのだよ」
ローレンスはリアンとここ半月の間に親交を深めた甲斐あってか、どのような人物かは分かってきた。
見目麗しい容姿をしているが、自国では好ましく思われていないこと、それゆえにいい思いをしてこなかったこと。そのせいか、他人の痛みに敏感で、困っていたクローディアの手を引いて連れ出してくれたり、身を挺して庇ってくれたりしたこと。
たったの半月だが、ローレンスにとってのリアンは、とても好ましい人だった。だが、それは近くで見てきたから知れたことだ。
「ここにいる間、殿下はオルヴィシアラの王子として、国家の人間として見られている。すなわち、殿下次第で国の印象はいかようにも変わるということを忘れないでほしい」
リアンのことを知らない人たちにとっては、一国家の王族として映る。だからここでは──帝国にいる間は、隣国の王族として振る舞うべきだとローレンスはリアンの背中を押した。上に立つ者として、やがて人々を導く存在として。
「…はい。以後気をつけます。ありがとうございます」
うむ、とローレンスは返すと、帝国の伝統衣装がよく似合うリアンを今一度眺めた。ルヴェルグと同じ金髪のリアンは、赤い色が本当によく似合っていた。きっと帝国の偉人たちが身に纏っていた禁色──紫色も映えることだろう。
(殿下が、ディアの夫となられたら…)
ふいに、いつかクローディアの隣に立つであろう伴侶が、目の前にいるリアンだったらどんなに良いかとローレンスは想像した。
銀色の髪と菫色の瞳の皇女と、金髪碧眼の王子。類稀なる美貌を持つ二人が手を取り合ったら、どんなに素敵だろうか。
帝国の皇族だけが身に纏うことを許されている紫色の衣装を着ているリアンの姿を想像していたローレンスは、目の前で不思議そうな顔をしているリアンを見て小さく微笑んだ。
「そうだ、ディアは今日水色のドレスを着ていたから、殿下もそれに合わせるとしよう」
「合わせるとは?」
「殿下、パートナーとして女性をエスコートする時は、揃いの衣装で行くものなのだよ」
それはローレンスだけなのでは、とリアンは思ったが、建国千年祭の式典でこの兄妹たちがお揃いを着ていたことを思い出した。
(…そっか。ディアは兄たちと凄く仲が良いんだっけ)
ローレンスは傍に控えていた執事に指示を出し、今リアンが着ているものの色違いを持って来させると、近くの部屋に入りリアンを着替えさせた。
「うむ、やはりこれもよく似合う」
クローディアが着ていたドレスと同じ水色のコートは、リアンの雰囲気をとても明るくさせていた。赤色を着ていた時は大人びて見えたが、水色の方がリアンの良さが引き立って見える。
大きなフリルがついた白いブラウスに、薄手の水色のコート、細身のパンツとショートブーツ。どこからどう見ても帝国の貴族にしか見えない麗しい青年を見て、ローレンスは満足げに微笑むと扉を開けた。
「では我が妹を頼んだよ。変な男が寄り付かないよう、殿下の美貌で追っ払ってくれ」
「どうやって追っ払うんですか」
「パチッとニコッと微笑めばイチコロさ」
イチコロってなんだ、とリアンは心の中でツッコミを入れた。これだからローレンスの周りには笑顔と人が絶えないのだろう。
「…では行ってまいります。色々とありがとうございました」
「礼なんていいのだよ。僕がしたくてしていることだからね。…その代わりとはなんだが、戻ったら“ただいま”と声をかけてくれると嬉しい」
リアンは瞠目した。まるで家族がするようなことを求められたことに驚いたのだ。だが嬉しくも思ったリアンは、花開くように笑って部屋を出ていった。
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