交差(4)
クローディアはゆっくりと立ち上がり、リアンに肩に掛けてもらったブランケットを広げ、上半身を隠すように包まった。その足元にいるリアンは、地面に縫い付けられたように座り込んでいる。
(…この間二人が部屋で揉めていたのは、そういうことだったのね)
クローディアがヴァレリアンの見舞いに部屋を訪れたあの日──フェルナンドとリアンが兄弟だと知った日、フェルナンドはリアンを蔑むような目で見ていた。
あの時は何故あんなことになっていたのか考える余裕がなかったが、今なら分かる。
フェルナンドはリアンが金髪だから、一人の人間として扱わないのだろう。金髪はオルヴィシアラの民が崇めている神と同じで、身につけてはならない色とされ、国で禁じられている。
リアンのことを「神に嫌われし者」と言っていたのもそれが理由だろう。
だからと言って、それで人を傷つけていいのだろうか。神というのはそんなにも偉い存在なのだろうか。
帝国で生まれ育ち、何一つ不自由のない暮らしをしてきたクローディアには、フェルナンドの考えは分からない。
「……助けてくれてありがとう、リアン」
クローディアはリアンに手を差し出した。助けられた側の人間がこうするのは変な感じがするが、そうしなければならない理由がある気がしたのだ。
時が戻る前、クローディアはリアンのことを知らなかった。その名も、その手の温度も、真っ直ぐな瞳も光り輝くような髪も、声も。
だが、今は知っている。出逢えなかった人にこうして出逢え、二度も三度も命を救われたのだ。
そんなリアンが、クローディアを助けたせいで、王太子でもあるフェルナンドに叛かせてしまった。
兄に暴力を振るい、国教を批判する発言をしたことから、下手をしたら反逆罪に問われてしまうかもしれない。
「……最低だな、俺。ディアに気を遣わせて」
顔を上げたリアンは、力なく微笑みながら差し出された手をじっと見つめていた。その手は取らない、取る資格などないのだと訴えるような弱気な表情だ。
クローディアは身を屈め、リアンと目線を合わせると優しく笑いかけた。
「それは違うわ、リアン」
金髪に青い瞳を持つ、オルヴィシアラの第二王子。その美しい容姿のせいで、これまで数えきれないくらいに辛い思いをしてきたのだろう。クローディアと出逢った時はフードで顔を隠していたから。
だが、今はしていない。何も隠さずに、ありのままの姿で真っ直ぐにフェルナンドと対峙していた。クローディアを守ってくれた。
そんなリアンにクローディアができることは、リアンがくれたものにお返しをすることだ。
「笑って欲しいわ、リアン。せっかくの美人が台無しよ?」
予想外すぎる言葉を贈られたリアンは、何度か瞬きをしたあとに「は?」と素っ頓狂な声を出した。
クローディアはふふっと笑うと、リアンの右手を握った。相も変わらず冷たいその手が、クローディアは嫌いではなかった。
「変な顔したら美人が台無しになるから笑えって、リアンが言ったのよ?」
「…確かに言ったけど、それは男が女に言うものであって、ディアが俺に言うのは変というか…」
「どうして? リアンはとっても綺麗なのに」
侍女長より美人だわ、とクローディアは笑う。
リアンは頬や耳の辺りが熱くなるのを感じながら、自分よりも少し小さいクローディアの手を握り返した。
「…何言ってるんだか」
「もう一度言った方がいいかしら?」
「いやいや言わないで。言うなら女相手に言って」
クローディアは首を傾げた。何か不味いことを言ってしまっただろうか。建国際で再会した時のように、クローディアもリアンのことを元気づけたくて、リアンと同じ言葉を贈ったというのに。
「うーん」と唸り出したクローディアを見て、リアンはぷっと吹き出すと、繋いだ手を勢いよく引いて立ち上がった。リアンに引っ張られるようにして立ったクローディアは、バランスを崩してリアンの胸に倒れ掛かった。
それをしっかりと抱きとめたリアンは、肩から落ちかけているブランケットをきちんと羽織らせると、菫色の瞳を見つめながら緩々と表情を綻ばせた。
「…ありがとう。ディア」
そう言って、優しく微笑むリアンを見て、クローディアは息を詰まらせた。
リアンはこんなにも男の人らしかっただろうか。白くて細くて、女と見間違える顔をしているというのに、目の前にいるリアンはひとりの男の子に見えた。
月明かりに照らされている金髪は一際輝き、風に靡くたびに光が泳いでいるようで、まるで一枚の絵画のようだ。
「部屋の近くまで送っていくよ」
リアンの申し出にクローディアはコクコクと頷くことしかできなかった。声を出そうにも、胸の辺りが騒ついていてそれどころではなかったのだ。
(…どうしたのかしら、私)
自室の前でリアンと別れた後、入浴を済ませて布団に潜り込んだクローディアは、ぼんやりと月を眺めながら胸の辺りに手を当てた。
何をしても、胸のざわめきは治らなかった。
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