再会(4)
ふたりがホールへと足を踏み入れると同時にワルツが始まった。前奏の間にパートナーを捕まえた人は互いに見つめ合うように、寄り添うようにして軽やかにステップを踏み出している。
その片隅に滑るように入ったクローディアとリアンは、瞬く間に人々の注目の的になっていた。
「──ご覧になって。クローディア皇女がオルシェ公の御子息以外の人間と踊っているわ」
人々は驚いていた。これまでエレノスやローレンス、ベルンハルト以外の男性からの誘いは全て断っていた皇女が、誰かと踊っている。それも滅多に目にすることのない金色の髪を持つ青年と。
「あの金髪の貴公子はどなたかしら? 綺麗な方ね」
「皇帝陛下と太皇太后様以外で初めて見たわ。親類なのかしら?」
金髪はアウストリアでは珍しいものだった。周辺の国々でもおらず、大陸の南側にあるどこかの国の民族しかいないと言われるほどである。
そんな珍しい色をしている髪は肩の辺りで綺麗に切り揃えられ、瞳は深い海のように青く、雪のように白い肌をしているリアンは、クローディアの隣に立っても花のある容姿をしていた。
その光景を二階から眺めていたルヴェルグは、ワイングラスを置いて立ち上がると、柱に背を預けながらクローディアを見つめているエレノスの元へと歩み寄る。
「エレノスよ、あの青年に見覚えは?」
「…初めて見ます。南の方からいらしたのでは?」
次いで、こういうことはローレンスの方が詳しいとエレノスは笑う。
エレノスはホールへと降り立つと、人混みを抜けてラインハルトの元へと向かった。帝国の外務卿として二十年以上働いている彼ならば、クローディアと踊っている相手が誰なのか知っているかもしれないと思ったからだ。
「お楽しみ中申し訳ありません、伯父上」
エレノスの来訪にラインハルトは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「エレノス閣下。如何なさいましたか?」
「ディアと…クローディアと踊っている青年の名が知りたいのです。彼は何者ですか?」
エレノスの目がリアンへと向けられる。
ラインハルトは侍従にグラスと皿を預け、リアンへと視線を移した。
「……あの方は…」
呟いた声に、エレノスが少し首を傾げる。
光のように眩い髪。サファイアのような瞳。陶器のような肌。囚われたようにリアンを見つめていたラインハルトは、ゆっくりと口を開いた。
「…あの方は、ヴァレリアン王子殿下ですね」
「王子でしたか。お国はどちらで?」
身元がしっかりしている人間であったことを知り、エレノスは胸を撫で下ろしたが、伯父の顔色があまりよくないことに気づいた。
人混みに寄ったのか、あるいはその王子の出身国が先の戦争で帝国に臣従した国なのか。
どちらなのか聞こうと口を開いたが、エレノスの声は喧騒に飲み込まれた。
突然悲鳴が響き渡ると同時に、視界の先にいたクローディアとリアンが倒れ、その足元には赤が飛び散った。
その信じられない光景に人々は唖然としていたが、クローディアに覆い被さるようにして倒れているリアンに、犯人と思われし男が剣を振り上げたのを見て、エレノスは勢いよく地を蹴った。
「ディアっ!!!!」
「クローディア皇女殿下!!!」
衛兵よりも先にクローディアの元に着いたエレノスは犯人を羽交締めにすると、華麗な体術で床に張り倒した。
そして遅れてやってきた衛兵に犯人である男を縛り上げさせると、取り上げた刃物を床へと投げ捨てる。
「よくもディアをっ…!」
今にも殴りかかりそうな勢いで、エレノスは男の胸ぐらを掴んだ。男は貴族のふりをして紛れ込んでいたのか、形なりは貴族だが、よく見ると薄汚れた肌をしている。
「──汚れた血がっ…!!」
男は燃えたぎるような目でそう吐き捨てる。
「汚れた血…?」
何人も妃や政治家を輩出しているオルシェ家は、由緒正しい家柄だ。ならばその言葉は、クローディアと踊っていたリアンに向けられたものだと考えられる。
エレノスは小刻みに震えているクローディアを抱き締めると、怪我はないか、痛いところはないかと尋ねた。
クローディアはぼろぼろと涙をこぼしながら、何度も頷く。その手はリアンとしっかり繋がれており、クローディアを庇うようにして倒れたリアンの脇腹の辺りからは血が流れ出ていた。
「リアン…リアンっ…!!」
「落ち着くんだ、ディア。すぐにここから運び出そう。だから殿下の手を離しておくれ」
「いやっ、リアンっ…」
「ディア!」
子供のように泣き始めたクローディアを、エレノスはリアンから引き離し、ラインハルトの腕に抱えさせた。
そしてここから連れ出すよう命じると、皇宮医の手配、犯人の投獄、ローレンスに賓客を部屋で休ませるよう命じると、妹を庇い怪我をしたリアンの手を取った。
「ヴァレリアン王子殿下。クローディアを守ってくださりありがとうございます。…必ずやお救いいたします」
経験したことのない鈍い痛みに耐え、顔を歪ませていたリアンは、エレノスの優しい声音に、柔い手の温度に、息を吐くように意識を手放していった。
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