再会(1)

建国祭当日。式典後に皇族全員が民の前に姿を現すという一大イベントを控えたこの日、クローディアはあの日と同じ薄紫色のドレスを身に纏い、エレノスの迎えを待っていた。


今日はフェルナンドと出逢った日でもある。

あの時ベルンハルトを迎えに行かなければ、フェルナンドと出会うことはなかっただろう。

そう思い返したクローディアは、あの日エレノスが選んでくれたイヤリングを手に取り、アンナに着けてもらった。


「──お綺麗です、皇女様っ…!」


感動したように目を潤ませながら自分を見上げるアンナを見て、クローディアはある事を閃いた。


「そうだわ…! アンナ、こっちへきて」


あの日アンナはホールで給仕に駆り出されていたが、今日は建国千年目を祝う日。式典とダンスが終わればその後はパーティだ。

アンナにも楽しんでもらいたいと思ったクローディアは、アンナにもドレスを着せ、皇女の侍女の証である花のブローチを胸元に飾った。


「こ、皇女様!? 私はこんなものを着る資格なんてっ」


「いいから、アンナも一緒に行きましょう」


皇宮に勤める侍女は下級貴族から人気がある。ましてや皇女の侍女ともなれば、是非嫁にと望む貴族は多いはずだ。

時が戻る前は、自分に仕えていたせいで巻き込まれ、酷い目に遭ってしまったが、今度こそ幸せになって欲しい。


「──待たせてすまないね、クローディア」


二人が支度を終えると同時に、応接間の扉が開く。そこにはあの日と同じ紫色の礼服を着た兄の姿があった。

エレノスは上から下までクローディアの姿を見るとにっこりと微笑む。


「うん、とても綺麗だ。よく似合ってるよ」


ありがとう、とクローディアがはにかむと、エレノスの後ろからローレンスがひょっこりと顔を出した。


「やあ、クローディアよ。ご機嫌はいかがかな?」


予想外の登場に驚いたクローディアは、ローレンスを見て目を大きくさせた。なんとローレンスが兄とお揃いの衣装を着ていたのである。

派手好きで独特な感性を持つローレンスは、何故そんな格好をしているのだと誰もが問いたくなるような服を好んで着ていた。


だから今日のためにエレノスが特別に手配させていた、兄妹でお揃いの衣装も着てはくれないだろうと思っていたのだ。

時が戻る前のこの日も、着てきてはくれなかったから。


「どうかな? せっかく兄上が贈ってくださったものだし、我が妹ともお揃いならばこれを着てエスコートしなければと思ったのだよ」


僕が着るには少々地味かもしれないがと言うと、ローレンスは照れ臭そうにクローディアに手を差し出した。

滅多にないローレンスからの誘いにクローディアは応じようとしたが、傍で見守っていたエレノスの手がローレンスを止める。


「残念だけどディアのエスコートは私だよ」


「なんだって!? ならば兄上、式典の後は代わってくれたまえよ」


「それは構わないけれど、ディアに悪い虫がつかないようちゃんと見張るんだよ?」


「任せたまえ!」


悪い虫ってなんだろうとクローディアは首を傾げる。

迎えにきた二人の兄のやりとりに思わず笑ってしまったが、それ以上に嬉しいという気持ちが溢れていた。


あの頃は人前に顔を出すのを避けていたクローディアだが、公務は家族全員が揃う機会でもある。ホールにはあの男も来ているだろうが、久しく会っていないルヴェルグと会えるのを楽しみにしていたクローディアは、エレノスの手を取りゆっくりと歩き出した。



アウストリア帝国の皇宮は、城の中央に位置している。皇帝の住居、執務室、政治家や騎士たちの執務室や訓練場、そしてほとんどの行事を行う会場となるホールもここにあった。


クローディアがここに来たのはオルヴィシアラに嫁ぐ前夜祭の時以来だ。豪奢なシャンデリア、ベルベットのカーテン、彫刻のような柱や古の模様が彫られている白い壁。

それらを懐かしい気持ちで見回したクローディアは、きゅっと唇を引き結んで足を踏み出した。


「──エレノス閣下、ローレンス殿下、クローディア皇女の御成りっー!」


大陸一の国力を誇る国の皇位継承者たちの登場に、会場にいた誰もが胸を高鳴らせた。

蝶よ花よと大切に育てられていた皇女のクローディアはともかく、エレノスとローレンスの皇弟二人が未だに独身であることは、貴族の娘たちの希望の光であった。


エレノスもローレンスも皇位継承権を放棄すると公言しているが、現皇帝には妃も子もいない。

皇帝に万が一のことがあればどちらかが皇位を継ぐことになり、その妻となればもしかしたら自分が皇后になれるかもしれないのだ。

少女たちが妻の座を狙うのも無理はない。


兄たちとともに二階の皇族専用のスペースに到着したクローディアは、久方ぶりに会うルヴェルグに深々と敬礼をした。

ルヴェルグにとっては二ヶ月ぶりだが、クローディアにとっては二年ぶりだった。


「久しいな、ディア。…もう悪夢は見ていないか?」


ウェーブがかった黄金色の髪が風に靡く。

スッと通った鼻筋に切長の瞳、薄い唇。儚げなエレノスとはまた違った美しさで人々を魅了してやまないこの国の皇帝は、いつにも増して美しい装いで来たクローディアを見ると顔を綻ばせた。


「ご機嫌よう、ルヴェルグお兄様。…もう大丈夫です」


「そうか。ならば良いのだが。…このような場は苦手であろう。エレノスと一曲踊り、民衆の前に顔を出したら自宮に戻って休むといい」


「お兄様はお客様への挨拶回りで忙しいと思うので、ベルが来たら一曲だけ踊り、その後は私も皆様とお話をしてこようと思います」


ルヴェルグは眉を跳ね上げた。幼き頃より思ったことを顔に出してはならないと言われ育ったが、こればかりには驚いたのだ。

埃一つない小さな箱庭で大切に育ててきた妹の口から、まさか皇族の一員としての答えが返ってくるとは。


「…内気なそなたがそのようなことを言ってくれる日が来るとは嬉しいものだ」


「ふふ、いつまでも部屋で引き篭もるわけにはいきませんもの。私ももう今年で十六ですし、これからはお兄様とこの国のために、微力ながらお力添えをしたいと思っております」


そう言ってグラスを置いて顔を上げたクローディアは、凛とした表情でルヴェルグを見つめ返していた。つい先日まで一年のほとんどを皇城で過ごしていた、か弱い皇女と同一人物なのかと疑いたくなるものだった。


そのように感じたのはルヴェルグだけではないらしく、エレノスも驚いたように目を見張っている。

──悪夢から目を覚まし、自分の元に来るなり泣きじゃくっていたあの日から、クローディアの何かが変わったのではないか。

そう考えたローレンスは、ソファから立ち上がりクローディアに向き直った。


「ディアよ、僕は使節団の方に挨拶をした後、オーグリッドの太子とも話す予定なのだが、君も共に来るかい?」


今日のクローディアを見て、ローレンスは妹がこれから皇女として表舞台に立つことを望むならば、第一歩となる機会を与えようとしていた。


ローレンスは皇帝の補佐をするべく政務に携わっている。世界各国の商人と物品の取引をするのが主な仕事だが、相手は商人だけではなく君主も多い。国の顔として話をするのは妹のためになるだろうと考えていた。


「オーグリッドは、北の方…でしたっけ?」


「そうとも。最北にある雪国、オーグリッド大国は希少な鉱物と上質な毛織物の産地でね」


皇女である自分がその場に立ち会って良いものなのかとクローディアは悩んだが、無意識に見つめてしまっていたルヴェルグに微笑まれ、深く頷かれた。


「行ってくるといい。ついでにそなたの微笑みで私の好きなトロイ石を値切ってきてくれ」


「ふふ、分かりました。では行ってまいります」


トロイ石とはなんだろうか。毛織物がどんなものなのか、またオーグリッドはどのような国なのか。ただ純粋に知りたいと思ったクローディアは、ルヴェルグに退出の礼をするとローレンスの後に着いて行った。

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