皇女(5)

「さすがは皇女様。優雅で美しいステップですね」


家族と講師以外の人間に初めて面と向かって褒められたクローディアは、頬を赤らめながら微笑み返した。


「それは、王太子殿下がリードしてくださるからです」


「いやいや、私なんて緊張しすぎて、皇女様の足を踏んでしまわないかヒヤヒヤしていますよ」


「ふふ、何を仰るのですか」


クローディアはまた笑った。こんなにもリードが上手だというのに。優雅に踊るエレノス、楽しそうに踊るベルンハルトとは違い、フェルナンドのダンスは堂々としていて、例えるならば乗馬をしている時と胸の高鳴りが似ていた。


曲が終盤に差し掛かった頃、フェルナンドはクローディアの体力を気遣い、二階のテラスへと連れて行った。建国千年を祝う日である今日は、城の庭を開放して民に料理を振る舞っており、数えきれないくらいの人々が城を訪れていた。

二人でその光景を眺めていると、ふいにフェルナンドはクローディアに向き直り、掬い上げるようにクローディアの手を取った。


「クローディア皇女」


はい、とクローディアは返したが、ちゃんと声に出せていたか分からなかった。自分へと注がれるフェルナンドの眼差しが真剣で、熱を帯びていたからだ。


「私の伴侶になっては頂けませんか?」


「………え…?」


伴侶。それはつまり、フェルナンドの妻になってほしいということ。突然の求婚に、クローディアは息を飲んだ。


「その白銀の髪に、真珠のティアラを乗せて……私の隣を歩いて欲しいと思ってしまったのです」


「っ……!?」


ティアラはアウストリア帝国では皇后や皇太后──つまり、君主の本妻となった人間だけが被ることが許されていた。そのしきたりを隣国の王太子であるフェルナンドが知らないはずがない。


「貴女を一目見た時から、心を奪われてしまいました。我が妃になっては頂けませんか? クローディア皇女殿下」


フェルナンドはクローディアの前で跪くと、ジャケットの内側から親指の爪くらいの白い石のようなものを取り出し、クローディアの掌に握らせた。

これは何かと瞳で問うクローディアに、フェルナンドは真珠という貝から採れる宝石の一種だと答えた。


「私など、真珠で交易をしているだけの国の王子にすぎません。ベルンハルト公子や皇族の方のように、容姿も才能も恵まれておりません。ですが、貴女を世界の誰よりも幸せにするとお約束いたします」


クローディアは手の中にある小さな純白の宝石へと視線を移した。初めて見た真珠は、想像よりもずっと小さかったけれど、雪のように白く艶やかでいて、清らかな光を放つものだった。


「……これが真珠なのですね」


クローディアはフェルナンドを見つめ返した。

控えめだけれど美しいこの宝石が採れるオルヴィシアラという国はどんなところなのだろう。人々はどんなものを食べて、どのような生活をしているのだろう。

そう思ったクローディアは、ドレスの裾を持ちフェルナンドに深く頭を下げた。


「私はアウストリア帝国の皇女です。…私の一存では決められません」


「分かっています」


クローディアは真珠をフェルナンドに返そうとしたが、フェルナンドは首を横に振ってそれを断った。差し上げます、と微笑むと退出の礼をし、クローディアの前から去っていった。


(……オルヴィシアラの、王太子)


クローディアは空を仰いだ。世界の誰よりも自分を幸せにすると伝えてくれたフェルナンドの瞳と同じ色だ。


クローディアはこのアウストリア帝国の皇女だ。皇女として生を受けたからには、国の発展と未来のために、国に利益をもたらす国や有力な貴族に嫁ぎ、結びつきをつくるという使命がある。


これまでずっと兄たちに守られ、幸せに暮らしていたクローディアだが、自分が帝国の唯一の皇女であること、利用価値の高い政治の駒の一つであることは理解していた。

けれど、そのままでいいのだと、笑っていて傍にいてくれるだけでいいのだと兄たちが優しく微笑むから──クローディアはそれに甘え、幸せな箱庭に閉じこもっていた。


だが、いつまでもそのままではいられない。

クローディアは、この大陸一の国力を持つアウストリア帝国の皇女なのだから。

そう改めて思ったクローディアは、フェルナンドに貰った真珠をぎゅっと握りしめた。

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