第14話 全てがもう思うままだ――3

「ところで恋さん、何しに来たんですか?」

「件のシスター鬼人種を直接見に来たんだ。君たちがそこの退魔士を助けてたから、ついでにちょっと顔出してみた」

 言いながら恋は床に寝かせられた退魔士を見やった。

「いずれ担当の監視官も来るだろうし、あとはこっちに任せてくれ」

「わかりました。お願いしますね」

 そう告げて、翼と月夏は店を出て行った。


 アーケード内は未だ混乱の中だった。

 退魔士が取り囲む例鬼人種は未だ暴れまわっている。

 気色の悪い触手をのたうち回らせ、周囲に破壊の限りを尽くしていた。


「ッ――――……」

 ずきん、と頭が痛む。


 あの晩――初めてシスター鬼人種と邂逅した夜、翼は過去のことを思い出していた。――両親が殺されたあの日のことを。


 まるで虫でも払うかのように両親を殺した鬼人種。


 そのときに知った。鬼人種と人間は違う生き物だ。決してわかり合えない存在だと。


 目の前にいるのはバケモノだ。異形のバケモノは、七年前の翼の記憶を呼び覚ました。


「おい」

 頭を押さえる翼に、月夏が言葉をかける。

「戦えないようなら俺一人で行くぞ」

「は、何も問題ありませんよ」月夏に笑って返す。「さっさと行きますよ!!」


 隠れ潜んでいた店先のワゴンから飛び出し、抜刀する。

 店先に残されたワゴンを踏み台に飛び上がり、突き出し看板に足をかけた。地上約四メートルの位置から看板を踏み抜いて目標――コードネーム『イドラ』めがけて抜刀した刀を振り下ろす。


 翼の刃が鬼人種の修道服を袈裟斬りに裂いた。真っ赤な鮮血を吹き出しながらシスター鬼人種が体をよろめかせた。


「くっ……」

「へぇ、そんだけ出血してるのにぴんぴんしてるとか随分お元気ですね」


 刀を構えながらシスター鬼人種を距離を取る。


「翼、待ってたわ」

「さく姉!」


 すでに交戦していた櫻子と、そのそばには執事の黑もいた。

 シスター鬼人種を囲むのは、櫻子と執事、その担当監視官の三人。


 さっき吹っ飛ばされた退魔士とそれについている監視官を含めると、五人での交戦だったようだ。それでいて翼の不意打ちも多少効果はあったが決定打にはならない。


 ――強すぎますね。


 力押しでどうにかなる敵ではない。

 こうなれば、を使って片付けるという手段もある。だが、使い過ぎは禁物だ。すでに先週使っているため、しばらくは使うべきではない。


 そうこうしているうちに、シスター鬼人種の傷が塞がったようだ。自分自身を斬った翼を睨みつけ、シスター鬼人種がゆらりと歩み寄る。


 だが直後――シスター鬼人種が何者かに撃ち抜かれ、ゆっくりと倒れた。



 取り押さえたものの暴れまわる男を拘束するのには骨が折れた。鬼人種ですらない人間にここまで手をこまねくとは、退魔士としてどんな顔をすればいいんだろうね、と古賀は苦笑いを浮かべた。


 両手両足首を結束バンドで拘束された男は、路肩に停めた『宰都特殊警備』のワゴン車のトランクルームに転がされ、古賀はその傍らに膝を付いている。不動は車の外で見張りをしていた。


「山添さん、ね」

 彼の財布から抜き取った身分証明書を見て、古賀が呟いた。


「な……なんだよアンタら……! まさか桜城組の連中か……?」

「僕らはヤクザじゃないよ。この男のこと知ってるよね?」

 そう言って、古賀はスマホに写された笹原の顔写真を見せた。

「あ……? あぁ知ってるよ。知ってる知ってる」


 笹原の写真を見せた途端、山添の口元が嘲笑に歪む。

「そいつどうなった? しばらく見てないしやっぱ死んだ?」

 生き生きとした面持ちで山添が古賀に訊ねた。


「……」

「あーあ、せっかくならアイツがどんな風に死ぬのか最期まで見たかったんだけどなぁ~俺、そうやって人が破滅していくところ見るの、むぐっ!?」


 片手で山添の顎を掴んで黙らせた。

 笹原の命を嗤う男に怒りの視線を滲ませながら、顎関節を軋ませるほどに力を入れた。


「君、ちょっと静かにしてもらえる?」


 冷たい声で山添を見下ろす。

 古賀に見下ろされ、山添はこくこくとうなずいた。


「聞かれた質問にだけ答えて。君は、この男と接触したんだよね?」

「あ、あぁ、そっ、そうだ」


 顎を解放された山添は咄嗟に返事をする。


「そいつにクスリを売った! 『ブラッディ・ベリィ』ってヤツだ!」

 ツルの情報に間違いはないようだ。笹原は、この男から『ブラッディ・ベリィ』を買っている。


「彼とはどこで出会った?」

「……『エウロペ』だ。朽那くちな将宗まさむねってヤツの紹介で来たってアイツ言ってたんだ」

「朽那……?」


 その名前に、古賀は思わず目を見開く。


『朽那』――淀代に住む者ならその名前を知らぬ者はいない。


「まさか、『朽那医療』の朽那じゃないよね」


『朽那医療』

 F県を中心に発展した医療品を扱う企業だ。

 淀代北部一帯の区域を所有し、あちこちに『朽那医療』のオフィスや工場、関連会社が軒を連ねていた。だが彼らは数年前に姿を消した。


 そして、彼らがかつて存在した残骸こそが『放置区域』と呼ばれるようになったあの一帯だ。


 彼らはただの倒産した地場企業ではない。彼らは――『退魔協会』及び『鬼人種情報統制局』によりされた。


 淀代に退魔士であるとある一族と手を組み、退魔士の禁忌を冒したことにより、退魔士たちによって粛清された。


 計画の要を担っていた代表取締役の朽那為久ためひさ、妻の由紀子、一人娘の夏美は処刑され、幹部、役員は投獄された。

『朽那医療』粛正にも退魔士として関わっていた古賀だが、「朽那将宗」なる男は知らない。朽那夏美が婿養子を取ったという話も聞かない。


 だが――あの男だ。

「隠し子っていう線はあり得るか」


「な、何をさっきからぶつぶつと……」

「ちょっとスマホ借りるね」

「あっ、ちょ、お前!!」


 喚く山添を無視して彼のスマホを開く。ロックはこちらですでに解除済みだ。


 アドレス帳を開くが、朽那将宗らしき連絡先はない。

 ならば、別のチャットアプリか通話アプリでも使っているのだろうか。画面をスワイプすると通話アプリのアイコンが出てきたのでタップして開いた。パスコード等、セキュリティを要求されることもなく連絡先一覧が表示された。


 その中に、「masamune kutina」の名前があったのでタップして通話を繋げた。――が、呼び出し音が鳴るだけで一向に出る気配はない。


「電話しても無駄だぞ。あの蛇野郎、こっちからの連絡には全然答えねぇんだよ」

「あっちが用事あるときはどうしてるの?」

「一方的に電話が来るだけだ。勝手に用件だけ喋ってあとは切られるんだよ」


 山添は言いながらため息を吐いた。


「マジで意味わかんねぇんだよ。アイツ、別に俺たちのボスでもないのに偉そうにしやがって……」


 朽那の態度が気に食わない山添は吐き捨てた。


「いつの間に『エウロペ』に現れて、俺たちのテリトリーで好き勝手しやがって……」

「そんなに気に食わないならさっさと排除すればいいんじゃないの?」

「そう簡単にはいかないんだよ。警察サツにヤクザ――敵の多い俺たちには後ろ盾が必要なんだよ」

「だから朽那将宗の力が必要ってこと? でも『朽那医療』はもうないでしょ」

「いやアイツは、別の勢力と繋がってるらしいんだ」

「別の勢力?」


 警察でもヤクザでもない勢力。古賀は眉をしかめる。


「なんだったか……『救世の会』って名前だったと思う」

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