第12話 全てがもう思うままだ――1

某動画投稿サイト

【社会問題じっくり解説】

二〇二X年三月一日投稿

『【じっくり解説】ヤバい思想の温床!? 日本に蔓延る過激カルト』 05:26~


「続いて紹介するのは『幸福人間になる会』だぜ」

「わぁ、幸福人間! 私も幸福な人間になりたいんだぜ!」

「私も幸福になりたいぜ。でも、『幸福人間になる会』はやめておいた方がいいんだぜ」

「え? どうしてなんだぜ?」

「白米を食べられなくなるけどいいのか?」

「は?」

「家の玄関の向きは東向きしか許されないけどいいのか?」

「ど、どういうことなんだぜ?」

「この『幸福人間になる会』、幸福になるためにいろんなルールを守らないといけないんだぜ。他にも『財布の中身を四の倍数にしてはいけない』とか『SNSのIDに必ずkを入れなくてはいけない』とか変なルールばっかりあるんだぜ」

「そんな意味不明なルールを守っても幸福になんてなれないんだぜ! どう考えても不便なだけだぜ! そんなことする人いるわけないんだぜ!」

「これが結構な数いるから困りものなんだぜ」

「そ、そんな……」

「中には過激なルールもあって、その結果起きたのが『石陽市家庭内殺傷事件』なんだぜ」

「それは聞いたことあるんだぜ。『幸福人間になる会』のせいで起きたのは初耳なんだぜ」

「『双子は吉兆であるため片割れはないものとして扱う』というルールに則り、実の娘をネグレクトしていたらしいのぜ。それであまりに酷い処遇に痺れを切らした祖父が両親と口論を起こし、挙げ句両親が娘を殺害しようとしたところを止めに入った祖父は亡くなってしまったんだぜ」

「そんな……おじいちゃんの御冥福を祈るんだぜ……」



 学校帰りに中央区に寄るのは珍しいことだった。

 淀代高校最寄りの私鉄と中央区にある国鉄ターミナル駅が直通していないこともあって、淀高生の主な遊び場は私鉄南淀代駅のある東区だ。


 そして翼がわざわざ南淀代駅から地下鉄に乗り換えて中央区までやって来たのは、自身の担当監視官、張・レイン監視官のお見舞いに行くためだった。


「あ」

「うわっ」


 目的地の『鬼人種情報統制局 日本第3支部』のエントランスに入ると、見慣れた顔と出くわした。

「うわ、とはなんだ箱崎」

「は〜せっかく学校から解放されたのに結局顔合わせるんですからホント……」

「俺のご尊顔拝めるんだから感謝しろよ」

 臨時監視官の痣神月夏に辟易しながらエレベーターがやって来るのを待っていた。


「アンタさ、怖いとは思わないのか」

 エレベーターの到着を告げるチャイムが鳴った。思いのほか大きな音がエントランスに響き渡る。誰も乗っていないエレベーターに二人で乗りこむと、それぞれのフロアのボタンを押して扉が閉じる。

「怖いって、何がですか?」

 唸りを上げるエレベーターの中で、翼が壁にもたれ掛かって月夏に問い返した。


「仲間が鬼人種に成って死んだばかりだろう。次は自分の番じゃないかとか思わないのか?」

「怖いに決まってますよ。自分の死を意識する瞬間なんてこれまで山ほどありましたし、そのあと生きて帰って来るたび自分の生を実感してますよ」

「やっぱり怖いものは怖いんだな」


「当たり前ですよ。――でも、自分が死ぬことよりも、他人が死んで『自分じゃなくてよかった』って安心する方が怖いですよ」

 他人の死で自分が生きている実感を覚えること。

 それだけはもう二度とごめんだ。



 窓のない病室の真ん中にはベッドが一つ置かれて、そこには未だ目を覚まさぬ金髪が静かに横たわっていた。


 命に別状はない、とのことらしいのだが閉ざされた白い瞼はぴくりともせず、本当に生きているのか不安になるレベルだった。


「お、来てくれたんだねぇ翼ちゃん」


 明るく陽気な少女の声がして、翼は振り返る。

 グレイアッシュのロングヘアとライムグリーンのメッシュ。パーカーワンピにクロックスというコンビニにでも行くのかというラフな格好で登場したのは、鬼人種情報統制局 日本第3支部支部長の山田沙羅双樹だ。


「これはこれはサラ支部長殿~本日もご公務お疲れ様です~」

 大仰な言い方で沙羅双樹を出迎えた。

「レイン監視官だけど、だいぶ安定してきてるから。目が覚めたらまだ少し安静にする必要があるかもだけど、多分職務に復帰するのはそう時間もかからないと思うよ」

 ベッドの脇に立って、瞼を閉じるレインの顔を覗き込みながら沙羅双樹が言った。


「ていうか君、きっと来ないんじゃないかって思ってたよ」

 意外そうに沙羅双樹が声を上げてこちらに視線を寄こした。

「えぇ~? そんなことないですよ~本当は行きたくて行きたくてしょうがなかったんですよ~?」

「あははっ、絶対嘘じゃん」

 翼の嘘を軽くあしらいながら沙羅双樹は扉の方へと足を向ける。


「そう言えば、君の中に彼はどんな調子? まぁ見たところ落ち着いてるみたいだけど」

「先週力を使いはしましたけど、別に異常はないですよ」

「そっかぁ。え、てか力使ったの?」

「使いましたよ。連絡行ってない感じですか?」

「あー、ちょっと報告見てなかったかもー」

「ちゃんと仕事してくださいよ」

 苦笑いを浮かべながら翼が笑った。


「ま、気を付けつつも戦ってくれたまえ。翼ちゃんは退魔士にとっての星なんだから」

「あはは、大袈裟なこと言うんですね」

「大袈裟なわけないよ」

 口元に笑みを浮かべたまま、しかし声音に鋭さを含めて沙羅双樹は言葉を口にする。


「あたしら鬼人種が恐れる伝説の退魔士『死神』――彼の霊気を受け継ぐ君は、退魔士にとっては最終兵器なんだからさ」

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