第11話 蜘蛛の糸――2
『宰都特殊警備』の事務所がある東区西部。
そこからさらに北に進むと、飲食店を含んだ雑居ビルが立ち並ぶエリアに入る。『放置区域』と隣接する区域であるため、その辺りは東区の中でもすこぶる治安が悪い。
「ここですか?」
不動が北部エリアの雑居ビルを見上げた。
昼間ということもあり、通りには自動車が行き交い歩道にも通行人が足を進めていた。南側から差す日の光によって落ちた影のせいか、大通りから覗く裏通りは薄暗い。
「僕が懇意にしている情報屋がここにいるんだ。彼に詳しい話を聞こうと思ってね」
退魔士は鬼人種との戦闘とそのサポートに特化した者たちだ。鬼人種やその周辺に関する情報収集は専門家に任せている。
淀代のあちこちに退魔士と繋がっている情報屋はいる。その中でも今回は、淀代の裏社会事情に詳しい情報屋を当たることにした。
雑居ビルの中に足を踏み入れると、目の前のエレベーターに乗り込んで三階で降りた。
「ツル。僕だ」
ネットカフェの一室をノックすると、スライドドアが開いた。
顔を出したのは、黒髪の少女だった。
前髪を眉のラインで切りそろえ、長い髪はツーサイドアップに結い上げられていた。身に纏うのはピンク色のブラウスにひざ丈の黒いスカート。流行りのアイメイクによってぱっちりとした瞳には、赤みがかったカラーコンタクトを着用している。
「
入って入って~と招かれ、防音加工のされた通常の部屋より一回り広いフルフラットタイプの部屋に入った。
「ちょっと聞きたいことがあってね。報酬はいつも通り振り込んで置くから」
「久々にボクのこと頼ってくれて嬉しい限りだよ。親おじに会えない寂しさでボク死んじゃうところだったんだよぉ~」
ツル、と呼ばれた情報屋はよよよ……と涙を拭う振りをした。
「あの、申し訳ないのですが」
情報屋ツルを前にして、不動が不審げに眉をひそめた。
「情報屋の『彼』と言っていましたよね?」
ネットカフェに足を踏み入れる前に、有親は情報屋を指して「彼」――つまり男である旨を語っていた。だが目の前にいるのはどう見ても二十歳前後の女だった。
「『彼』であってるよ。ツルは男だよ」
「ちょっと親おじ! ボクの性別の情報は有料だって言ってるでしょ? それをこんな胡散臭い眼鏡鬼人種なんかにべらべらと喋っちゃってさぁ!」
「別に言ったって役に立たない情報でしょ? なんでわざわざ金取ろうとするの」
「ボクは情報屋だよ。淀代について小さな情報から大きな情報までありとあらゆる情報を知り尽くしてるんだよ。だから命を狙われる可能性だって無視できないくらいにはあるんだもん」
ぬん、と腕を組み、ツルは一人でうなずく。
「だからボクに関する情報の一切はお金っていう信用なしに教えないってことに決めてるの」
「あいかわらず徹底してるよね。そう言えば前に会ったときと見た目も全然違うし。前はそんなキラキラした見た目してなかったよね」
「前は『引きこもりゲーム廃人の女オタクが久しぶりに外で用事できたので頑張っておしゃれしました』風ファッションだったからね」
「なんですかそれ」
彼の理念はわかったとして、どうも癖の強い情報屋に辟易としていた。
「そろそろ本題に入ってもいいかな」
「今日は何をご所望で? あ、報酬なんだけどさ、そこの鬼人種さん――不動九徹監視官」
「私の名前を知っているのですね」
「情報屋だからね。淀代に出入りしている監視官の情報なんて今日の天気くらい簡単に得られるんだよ?」
ふふん、と胸を張りながら自らの情報収集能力を誇るツル。
「最近淀代に来た痣神月夏くん紹介してほしいんだけど、いいよね」
「はぁ、彼ですか。確かに趣味は合いそうですが」
「いやもう一目見たときからめっちゃ可愛い子じゃん! って大はしゃぎしたよね! 連絡先交換したいんだけどどっかで会わせて!」
「痣神監視官の許可を得られたら構いませんが……情報屋なら彼の連絡先くらい得るのは造作もないのではありませんか?」
「そういうんじゃないの。ボクは月夏きゅんの連絡先が欲しいんじゃなくて仲良くなりたいの。月夏きゅん紹介してくれたらその分お安くしておくから。ね、親おじ?」
「そういうわけだからよろしく頼むね、不動監視官」
ここまで言われたら仕方ない。何とかして月夏に連絡を取りつけよう、と考えながら不動はため息を吐いた。
それで、と、ツルが胡坐をかいた。
「知りたいことって何かな? 桜城組の動向かな? それとも誰かの個人情報?」
「昨日、うちの退魔士が鬼人種化したことを確認した。別の鬼人種に殺されたみたいだけど」
「笹原さんのことだね」
「やっぱ知ってたんだ。情報が早いね」
情報屋だからね、とツルが自慢げに答えた。
「それで――笹原のロッカーからこれが出てきた」
ツルの前に置いたのは『ブラッディ・ベリィ』だ。
「笹原がどこからコイツを手に入れたのか知りたい」
「来るとは思ってたよ。今日親おじから来るって言われたときにはもう準備してたんだよね」
まるで最初から全部知ってたかのような口ぶりで、ツルはスマホを操作する。
「はいこれ、笹原さんと接触したと思われる売人の写真。『エウロペ』っていうクラブに出入りしてるみたい。あ、ついでに請求書も送っといたよ」
「ありがと」
スマホを開いて専用のクラウドにフォルダが保存されていることを確認すると、登録されているツルの口座にネットバンキングから報酬を振り込んだ。
「振り込み確認オッケー毎度あり〜」
ツルが自身のスマホ画面で報酬が振り込まれていることを確認して言った。
有親たちが出て行き、ブースの中に静寂が訪れる。
「ふぃ〜」
フルフラットシートの上で一人、情報屋は伸びをする。
ツル――一人の情報屋は、退魔士が訪ねてくる二週間前から笹原利久が売人から『ブラッディ・ベリィ』を買っていることを知っていた。だが、それを協力者である退魔士たちには一切伝えていなかった。
一見不義理にも見える沈黙だが、それは情報屋としての中立的な立場を守った結果だ。
情報屋は、相応しい対価が支払われるのであればどんな人間であっても、特定の誰かに贔屓することはなくフェアに情報を売り渡す。
情報を求められる前に情報を売り渡すこともしない。
その情報屋は客を選ばない。
その情報屋は誰の味方でもない。
それが、彼のポリシーだった。
そう言えばこの証拠写真の元となった映像を買った相手のことについて、情報屋は知らない。
というか、互いの正体について詮索はナシという約束で取引をしたのだ。
調べようと思えば相手の正体を調べることはできる。が、約束を違えるのは彼のポリシーに反する。
「それにしても、一体どうやってこの動画撮ったんだろーな」
あの一帯に監視カメラはない。小型のドローンでも飛ばしたのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます