第10話 蜘蛛の糸――1
【西日本報道オンライン】
二〇二■年十月二十一日掲載
『F県石陽市 78歳男性死亡 F県警死亡男性の娘と夫を逮捕』
今日21日、F県石陽市在住の三隈敬之さん(78)が自宅で他殺体で発見された事件について、娘の長下部春恵容疑者(45)とその夫の長下部浩一容疑者(47)を逮捕しました。
長下部容疑者夫妻は21日未明、娘の長下部椿さん(17)を殺害しようとして三隈さんと口論になり、三隈さんを殺害したと供述しています。
また、三隈さんとの口論を止めようとした長男、長下部弘樹さん(17)が軽症を負った模様です。
◆
五月十五日。淀代高校の昼休み。
翼と明奈はいつもと同じように中庭のベンチで昼食を摂っていた。そろそろ気温も高くなり始め、夏服を着ている生徒も目立ち始めた。
「はぁ、文化祭始まっちゃうなぁ〜」
深い溜息を吐きながら明奈が呟いた。
「楽しみじゃないの? 文化祭」
「楽しみなんだけどさ、実はさぁ……」
明奈が翼の耳元で耳打ちする。
「3年の先輩が去年から行方不明なんだよね。せっかく最後の文化祭なのに参加できないの、ホント残念でさ」
淀代での高校生の行方不明者は少なくない。淀代高校の生徒もまた例外ではない。ある日突然クラスメイトが来なくなる、という話も珍しくはない。
「去年二年生の時に事件に巻き込まれて学校来れる感じじゃなくなったらしいんだけど、今年の三月くらいから連絡つかなくなったんだよね。大丈夫かな……」
長下部先輩って知ってる? と明奈が訊いた。
「めっちゃニュースにもなってたんだけどさぁ、なんか親が結構ヤバいところにハマってたらしくて、ヤバい思想のサロン? とか通ってたらしくて。それで親が妹さん虐待してたらしいよ」
「淀代そういう事件多いよね。ほんといろんなところ気を付けないとだよ。……明奈、変なバイトに捕まったりしてないよね?」
「え~? ちゃんと普通の飲食だから大丈夫だよ~」
前回、うっかり鬼人種の餌食になりかけたのだが、明奈はそのときの記憶がない。翼の心配などつゆ知らず笑みを浮かべていた。
ふと、翼のスマホの通知音が鳴った。恋からのメッセージだ。
『例の肉片の照合結果出た』
『一致してた』
短く、恋らしいメッセージ文だった。
ともあれ――笹原を殺したのはあのシスター鬼人種でほぼ確定だろう。
『了解です』
『教えてくれてありがとうございます』
返事を送り食事に戻ろうとしたとき――続けて恋からメッセージが届く。
『張レイン監視官のお見舞い行った?』
「……」
メッセージのページを開いたままだったため既読が付いてしまっていることだろう。このままスルーすることはできまい。
翼:『行ってないです』
恋:『行けってあずさが言ってる』
翼:『まだ目覚めてないらしいんで行っても意味ないと思ったので』
恋:『それでもいいから行って』
翼:『意識ないのにですか?』
恋:『意識なくても行って』
なぜかやたらと見舞いを勧めてくる恋のメッセージを、翼は無視してメッセージを閉じた。――のだがその直後、恋から電話がかかって来る。
「うわっ」
思わず出た声に「どったん? バ先の人?」と明奈が訊いた。
「あー、うんまぁ無視していいヤツかな」
そう言って着信を切った――が。
『なんで切った』
『今昼休みでしょ』
『おい』
『電話出ろ』
「怖っ」
翼:『すみません今立て込んでて』
恋:『どこが?』
写真が送られてきた。それは今まさに翼が明奈と一緒に昼食を食べている姿を写した写真だった。
翼:『盗撮やめてください』『ていうかどこにドローン仕込んでるんですか』
恋:『小型カメラ搭載の昆虫型ドローンを街中に撒いてるから、どこにいても私には筒抜け』
翼:『プライバシーって知ってます?』
学校施設は最強のセキュリティを誇る、とか言われているのにこんなもの放たれたらセキュリティなんてあったもんじゃない。
恋:『私たちは退魔士。鬼人種を倒すためなら手段は選んでられない』
翼:『これに関しては完全に私用ですよね?』
恋:『退魔士と監視官の関係性は任務においてかなり重要。翼がちゃんと私言うことを聞いて監視官のお見舞いに行かせるためには必要なことだった。断じて私用じゃない。』
「翼? なんかまずいやつだったら電話してみたら〜?」
「いやぁ……うん、これはなぁ……電話してくるわ。放置したらむしろ大変なことになりそう」
「おう、いてら〜」
昼休みはまだある。翼はベンチを立つと中庭から離れた。
「もしもし」
『やっと出た。最初から素直に出ればいいのに』
電話の向こうから恋の呆れた声が届く。
「たかがお見舞い一つでメッセージ連打してこないでくれます?」
『お見舞いをたかがとは、甘く見たものだね砂利ガール』
「何なんですか」
やたらと訳知り顔な話し方をする恋に呆れながら返す。
『退魔士の先輩としてのアドバイスだよ。負傷した仲間はちゃんと見舞った方がいい。幸いにも張監視官は面会謝絶じゃないんだから』
「どういうことですか」
『面会謝絶で最期の言葉も交わせず死亡、なんて例は山ほど見てきたから。例え会話ができないんだとしても、顔を見るくらいはしておいた方がいい』
「……まぁ、退魔士やってたらそういうことは多々あるでしょうけど。でも」
『でもじゃない。というか、私から見たら、翼は張監視官と仲良いように見えたけど?』
「別に、そんなことないですよ」
『嘘だぁ。この前ウミガメのスープやってなかった?』
「やってましたけど」
『今まで監視官と仕事に関係ない会話するようなことってなかったじゃん。だから珍しく翼が監視官と仲良くしてるなーって思って』
「仲良くないですよ、鬼人種なんかと」
恋の言葉に、思わず棘を含んだ声が出た。
『……なるほど。それが本音か。どうあっても根は退魔士なんだよね、翼は』
「切っていいですか? 私は忙しいんで」
『切っていいよ。でも、お見舞いにはちゃんと行くこと』
わかった? と念を押されると同時に翼は通話を切った。
「はぁ……」
嫌というほど晴れた空を見上げる。
「行くかな、お見舞い」
行かないとこれ以上しつこく何か言われそうな気がした。
「おかえり~」
「ただいま~はぁ……」
ベンチに戻るなり無意識に大きなため息を吐いた。
「翼も大変そーだよね。あたしで良かったら相談のるけど?」
「まー、大変だけど」
大変であるのは事実だが、翼の仕事は表沙汰にはできない仕事だ。それに――明奈も以前巻き込まれてしまっている。なんとか記憶も消して私生活にも影響はないようだ。
あの夜は運が悪かったとも言える。でも、翼が翼の行動によって彼女をこちらの事情に巻き込むわけにはいかなかった。
「んまー、明奈は気にしなくて大丈夫だよ」
笑みを浮かべながら翼に、明奈は「そっかぁ」と小さく呟いた。
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