第5話 監視官たちの事情――2
さてどうしたものか、と、二人の退魔士が帰り去ったあとの廊下で一人、不動九徹は足を運ばせていた。
向かった先は「支部長室」。もうじき日付も変わりそうだが――彼女はまだ起きていることだろう。
「失礼します、支部長」
扉を開けると、そこには無人の支部長室が広がっていた。
デスクと資料が並ぶスチールの本棚。手狭えはあるが、長のオフィスとしては十分なスペースだった。
部屋の奥に一つの扉があった。支部長室を通り抜けると、扉のそばにつけられたインターホンを押すと、「ぴんぽーん」と、よくある安っぽいチャイムが鳴る。
……が、いつまで経っても返事がない。
――これはお取込み中のようですね。
「支部長、お時間よろしいでしょうか」
扉をノックし中にいる部屋の主に声をかけ――躊躇いもなく扉を開けた。
そこは、オフィスビルの中にあるとは思えないほどラグジュアリーな空間だった。
間接照明の灯った薄暗い部屋。部屋の奥にはデュアルモニターのゲーミングPCと、棚とテーブル、収納が供え付けられたベッド、小さな冷蔵庫、目隠しのされた本棚。
高級ホテルのような様相を呈していながらも、その空間は部屋の主の趣味が滲み出ていた。
で、――肝心の部屋の主は、ベッドに寝そべって携帯ゲーム機でゲームをしていた。
「不動ぉ、何の用~? サラ支部長はご覧の通り絶賛ゲーム中でござい」
グレイアッシュの長い髪に、ライムグリーンのメッシュ。ピンクと水色のジェラピケ。彼女こそ、『鬼人種情報統制局 日本第3支部 支部長』山田
「もう十二時ですよ。さっさと寝てください」
ベッドのそばまで歩み寄った不動が呆れながら沙羅双樹に語りかける。
「いや、あーし今起きたところ」
「ふざけないでくださいよ。あなたここの支部長でしょ。社会人なんですからちゃんと朝起きて夜寝てください」
「社会人~? 相変わらず堅ッ苦しいなぁ。あーしらは鬼人種だよ? 鬼人種っていうのはさ、もっと自由にあるべきだと思わない?」
「思いません」
だらしなく寝そべってゲームに耽る沙羅双樹に、胡乱な視線を向けながらため息を吐いた。
「というか、私が堅苦しいのではなく、あなたが自由過ぎるのではないですか?」
「眉間の皺がすごいことになってるぞ不動ぉ。あーし、支部長ぞ? 一介の監視官がそんなナマ効いていいのかぁい?」
「だとしたらなんですか。実力行使ですか。受けて立ちますよ」
「おっ、いいねぇ。やる?」
ゲームを中断して、沙羅双樹がぐるりと身を転がして起き上がる。
グレイアッシュの乱れた髪を軽く整えると、ベッドの上に立った沙羅双樹が手を前にかざす――と、そこに赤い色の槍が出現した。紅い目で不敵に笑った。
「……冗談ですよ。こんなところで戦うわけがないでしょう」
「え、つまんねーの」
易々と背を向けた不動に対し、沙羅双樹は唇を尖らせた。
「ここの建物は、淀代の退魔士から借りているものです。傷の一つでも付ければ何を言われるかわかったもんじゃありません」
そろそろ本題に入りたい、と、腕を組んで背中を壁に預けた。
「……ふーん」
「なんですか。私の顔に何か付いていますか?」
「不動、なーんか雰囲気変わったよね」
「……どういうことですか」
「昔はもっとギラついてたっていうかさぁ。『
「昔の話はいいじゃないですか。今の私たちは『鬼人種情報統制局』の監視官です。仕事の話をしましょう」
「ちぇ。しょうがないなぁ。支部長の仕事、してあげるかぁ」
『吸血器』を消して、沙羅双樹は肩をすくめる。
「張監視官のことです。担当退魔士の方から、早急に臨時の監視官を任命するよう打診がありました」
「あー箱崎ちゃんのー?」
いい加減そうに見えて、しっかり退魔士と監視官のことは把握しているらしい。
「大丈夫大丈夫、アテはあるから」
沙羅双樹は軽く言って、ベッドの上に置かれたスマホを手に取った。
「本人には連絡してないけどねーまぁ、アイツは真面目だから頼めば了解してくれると思うよ」
「『アイツ』、とは――――」
「あぁ、えっとねぇ」
沙羅双樹は、次なる翼の監視官の名前を口にした。
◆
五月十四日。火曜日。
「――というわけだ。今日から臨時でお前の監視官になった痣神月夏だ」
「え、あ、……はい」
目の前に立った長身の女装男子が、肩腰に手を当てて翼を見下ろして言った。
月のような銀髪は、昨晩見たばかりのそれだった。
「何だよその覇気のない返事は。昨日の威勢の良さはどこ行ったんだよ」
翼は顔を引きつらせる。無論、いつもなら威勢よく嫌味交じりの返事をしたことだろう。――ここが白昼の淀代高校でないのなら。
隣の二年四組に転校生が来た。五月半ばという変な時期に来た転校生ということもあって、淀代生の二年の間では話題になっていた。
話題になっていた理由はそれだけじゃない。何しろその転校生は――女子制服を着た長身で美形の男子生徒だった。
まさかーとは思っていたが、そのまさかだったとは思いもしなかった。
長身銀髪のイケメン女装男子が別のクラスの女子と親し気(?)に話しているのだ。生徒たちが遠巻きから翼と月夏のやり取りを眺めていた。
「あ、あ~! まさか隣のクラスになるだなんてこんなこともあるんですね~! 積もる話もあるしちょっとこっちに来てください!!」
そう言って、翼は月夏の腕を引っ張ってできるだけ教室棟の廊下から離れた。
「ちょっと!! どういうつもりですかぁ!!!」
「どういうつもりってなんだよ。お前の臨時の監視官になったんだから、挨拶しに来たのは当然だろ」
「いやいやいや! 時と場所を選んでくださいよ!! あんなところであんな風に挨拶されたら目立つじゃないですか!!!! というかなんで女子の制服なんですか」
「似合ってるんだからいいだろ」
――それは確かに……!
淀代高校の校則では制服の選択は自由なので何も問題ないのだが、女子の制服を着ている男子はそうそういない。
――この長身で女子制服着こなしてるのもすごいですね……何者なんでしょうかこの鬼人種は。
「まぁいいです。私も、監視官なしでは仕事ができないので困っていたところでしたから」
「……わかんねぇな」
「何ですか?」
「ただの人間、それもまだ学生の子供がなんでそんなに殺し合いに乗り気なんだよ」
「そんなの、私が退魔士だからですよ」
翼の答えに対して、月夏はただ怪訝な顔で「あっそ」と返すだけだった。
――扱いにくそうな鬼人種ですねぇ、このヒト。顔は良いんですけど。
男には見えないほど女性的な美貌だが、この長身と野太い声のせいで頭が混乱する。
――良いんですけど、まぁ私の好みはどっちかって言うと……
「いたいた箱崎さーん!」
月夏の背中の向こうから、聞き馴染んだ声がした。
「あ、お取込み中だった? 私、出直した方がよかった?」
「いいえ! ちょうど今話終わったところでしたので!!」
向こうから現れた水城在果の声に翼は返事をすると、早足で月夏のそばを通り抜けた。
「あれ? 四組の転校生の子だ。箱崎さん、もう仲良くなったの?」
「あ、あー! えっとほら、何か私に用事あるんですよね? 文化祭のことですか?」
月夏から距離を取るために教室の方へと在果の手を取って足を進めた。
なんとかして月夏から離れられた。あの気が合わなそうな鬼人種と組まさせると思うと胃が重い。だが臨時なわけだし、文化祭期間中はシフトも少ない。アイツと顔を合わせる機会もそこまで多くはないことだ。
「で、用事って何ですか?」
「あ、実行委員の仕事ね、先生がしばらく体調不良でお休みだから実行委員の方も仕事縮小するんだって! 仕事も委員会の人たちが頑張ってくれてるから余裕まだあるみたいだし!」
「え」
それはつまり、
しばらくの間、今まで通りのシフトでできるということである。
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