第18話 インターネット最高!!!――6

 あの退魔士の一撃で、『アラクネー』の霊気は霧散した。

 どういう仕組みなのかはわからない。

 でも――あの一突きがそれまでの少女退魔士のものとは違うことは、その一撃を喰らった瞬間に気が付いていた。


『アラクネー』の肉体に定着した霊気は霧散した――が、その全てが欠片も残らず消えたわけではなかった。

 わずかに残った『アラクネー』の強力な霊気が『アラクネー』の肉体を生かした。


 それが霊気本来の持つ強靭さか、『アラクネー』の生存本能の賜物か、それは本人にもわからない。


 ボロボロになった体を引きずりながら、退魔士たちから離れる。

 もうあの二人の視界にも入らないところまで来れた。

 どこかで――どこかでまた、人を殺して霊気を奪わないと。


 あの退魔士の様子もおかしかった。

 昨晩、どんなに蹴り転がされようとも、目の前で友人が教われようとも、攻撃を仕掛けようとも、あの女は笑みを絶やさなかった。


 だが、さっきのあの一撃を放ったとき、あの少女退魔士は笑ってなどいなかった。

 虚ろな目をして、ただ真っ直ぐにぱる子を殺しに来た。


「くっ……次は……次こそは……!!」

「次こそは、どうするの?」


 背後からの声に『アラクネー』は勢いよく振り向く。


「あなたは……」

 そこに立っていたのは、同じ『救世の会』の信者であり、同じく『使徒候補』の女性――中園真白だった。


「随分とボロボロね。大丈夫?」

 涼しそうな顔をしながら、腕を組んで女が歩み寄って来る。


「っるさい……」

「え? なぁに?」

「うるさいって言ってるのよ……!!」


 叫んだ瞬間、『アラクネー』の視界が潰れた。遅れて、アスファルトに頭と体を打ち付けた痛み。


「ぎゃあっっ!!???!??」

「喚かないでもらえる? もう夜も遅いんだしさぁ」

 一体、何が起こった?

 遅れてやってきた目元の痛みで、眼球が潰されたのだと気が付く。


「い、痛い、痛い、っ、いたっ……痛いいいいいいぃぃぃぃ!!!!!!!!」

 もう光の届かない目を押さえながらのたうち回る。

 どっちが上か、下か、右か、左か。

 何もかもわからないまま、アスファルトを転げまわった。


「はー、ちょっとは大人しくしろっての」

 ザンっ、と、背中から腹を何かが貫いて、『アラクネー』の体がアスファルトに縫い付けられる。


「な……なんで……? あたしたち、おんなじ『使徒候補』なのに……」

 腹を貫かれた痛みに悶えながら、切れ切れに言葉を発した。

「は? ふっ、ふふ。あははははははははは!!!!!!!! バッカじゃないの!? 何がおんなじ『使徒候補』よ。あいつら言ってたでしょ? 強力な鬼になれって。別にみんながみんな『使徒』になれるわけじゃないのよ? たくさんいる候補の中から上位の鬼が選ばれるってワケ。みんな仲良くお手手つないでゴールじゃないんだって」


 笑いを堪えきれない真白が、足元に転がった『アラクネー』の頭を踏み鳴らしながらそう口にする。

「あっはははははははは!!!!!!!! なんだっけ~アイドルになりたいんだっけ~? あははははっ!!!! もうこの足じゃあ無理だねぇ!!!」

「っ、い、いや、まだ、血を飲めば、また、足は――」

「無駄な足掻きだなぁーてかさ、アンタ本当にアイドルになりたいわけ?」

「あ――当たり前でしょ……!! あたしは、夢を叶えるために、全部――――」

「いやいや、無理っしょ。だってアンタ」

 衣擦れの音。真白の息の音が、『アラクネー』の耳元に届く。


「何人殺した?」


「え――?」


「だぁかぁらぁ、人殺しがアイドルは無理でしょ!! 誰がアンタみたいな人殺しアイドル応援すんの? 誰がアンタみたいな人殺しと握手したりチェキ撮ったりしてくれんの?」

「だ――だって! 生きていくには――強くなるには人を殺さなくちゃいけなくて――」

「それはまぁしょうがないけどさ、アンタまさか、忘れちゃった? 一人だけ、自分の殺意で殺したヤツがいんじゃん」

「ッ――――!!」


 右手に蘇る、眼球を貫いた感覚。

 何も見えないはずの目に、あの男の死に顔が映ったような気がした。


「で、でも、まだ一人しか殺してないんだから、いいでしょ!?」

「いいわけないっての!! あははっ一人でも殺しは殺しなんだってば! もうダメじゃん完ッ全に人殺しの頭になっちゃったねぇ!!」


 高笑いを繰り返しながら、真白が刃を振り下ろす。

 その穂先は、『アラクネー』の頸椎を貫いた。喉から飛び出た刃は、今度こそ『アラクネー』の鼓動を止めたのだ。



 男は、ふらつく足取りで大通りを歩いていた。

 息はあがり、血走った目で周囲を見渡している。

 通行人たちは怪訝な視線を彼に送りながらも、関わってはいけないとばかりにすぐに目を逸らす。


 ――あぁ、これが観衆だ。

 奇妙な何かを見つけても、自分には関係ないとばかりに自身の道を急ぐ。


「クソ……クソ……!」

 強い鬼にならなくちゃってのに、あんなヤツらに良いようにされるだなんて、男のプライドが許さなかった。


 ふと、あの退魔士たちが追ってこないことに気が付く。さすがに大通りで交戦するのはまずいと判断したのだろう。男は、ほくそ笑みながら短刀型の吸血器と出現させる。



 男は、かつてとある事業を起こした。周囲からの反対もあったが、それすらも押し切って男は成し遂げた。――が、不況により会社は倒産。大量の借金だけが手元に残った。

 男が起業するときに、反対していたうちの一人が手を差し伸べた――がその手に縋った男をあざ笑うかのように彼は男から大量の金をだまし取った。


 弱ったところをつけ込むのが、彼らのやり方だった。

 もう、何も信じることができない。世の中金だ。それだけが全てなんだ。だというのに、それすらも奪われた。


 皆、自分だけが幸せならそれでいい。自分を騙したヤツらも、自分をあざけったヤツらも、――自分自身も。


『救世の会』に入信したのはその直後だった。何もなくなった自分にできることは、『救世の子メサイア』に縋ることだけだった。


 そして気が付けば『使徒候補』とやらに選ばれた。

『使徒』になればどんな願いだって叶えると、ヤツらは言った。

 ――ならば、願いはたった一つ。自分をここまで貶めたヤツらを見返す。それだけだ。


 そのためならば、私はどんなことだってする。無辜の命だって奪ってやる――――!!!!


 通りがかった通行人の腹を、吸血器が刺した。

 黒い刃が深々と、そいつの腹に食い込む。刃を抜くと、通行人は音もなく倒れた。


 女の通行人の悲鳴が上がる。そこで何が起こったのか、恐怖が周囲に伝播する。


「ははっ……あははははは!!!! おい!! そこの下等生物!!! 私に殺されたいか? 殺されたくないか? ははっ、死ぬのが嫌なら跪け、頭を垂れろ!!!」


 私は普通の人間とは違う。鬼なのだ。かつての、支配者なのだ。

 ならば人の命をどうこうしたって罰はない。全ては私の手の中なのだから!!!


 ……が、繁華街に突如現れた頭のおかしい殺人鬼を前に、彼の言うことを聞くような通行人は一人としていない。――代わりに、無数の無機質な目が男を向いていた。


「……なんだ、お前ら、なんでそんなモノを向けている……!!!」

 男を取り囲むのは、スマホのカメラを構えた通行人たちだった。


 え、やば。人死んでんじゃん。

 うっそ、あの人が殺したん?

 ねー誰か警察呼んだー?

 うわ~結構イケメンなのにもったいな~

 これヤバくない? 救急車とか呼ばなきゃじゃない?

 警察って119だっけ? 110だっけ?


 ひそひそと言葉を発しながら、通行人たちはカメラを男に向けていた。

 その無機質な視線に耐えかねて、男は手近なところにいたカメラを構える男の方へと歩み寄るとその腹を吸血器でめった刺しにした。倒れた男に馬乗りになって、その胸、喉、顔にひたすら刃を振り下ろす。


 しかし――どうやら男はそのスマホでライブ配信をしていたらしい。頑として男が手放さなかったスマホのレンズには、必死の形相でナイフを振り下ろす殺人犯の顔が映っていた。

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