第17話 インターネット最高!!!――5
絶え間なく斬撃を放つ。
首を狙い、受け流されたそこに生じた隙をついて不意打ちを叩き込む。――が、返す一槍で防がれる。
これはちょっと厄介ですよ――と、翼は距離を取った。
直後、コスプレ鬼人種の頭上から白く発光する槍が降る。1、2、3、と、立て続けに突き立つ槍を、バックステップで回避した。
「これも避けられますか……」
三階の窓の桟に乗って、敵の頭上から槍を振らせたレインが歯噛みする。
敵の警戒心が恐ろしく強い。どこから攻撃を放っても、必ずと言っていいほど回避されるか打ち返される。
次の一撃を繰り出そうと、レインが再び手をかざす――が、翼がレインに向けて手を挙げた。「今はまだ撃たないで」と、言わんばかりに。
「いやぁ、昨日会ったときより強くないですか? なんか槍の形も随分変わってますし」
「強くならないといけないからよ。叶えたい願いがあるから、あたしは戦うの」
「叶えたい願い、ですか?」
刀を担ぎながら、コスプレ鬼人種に問いを投げる。
「まぁ、鬼人種の戦う理由なんて私には興味の欠片もありませんからねぇ。そういうのは私の管轄外です。私がやるのは殺すことだけですから」
再びアスファルトを蹴る二つの音。
ぶつかる刃の音が路地裏に響く――かと思いきや、翼が狙ったのは――コスプレ鬼人種の下半身。
接近した一瞬のうちに身を屈め、膝を一閃斬り裂く。体の支えを失い、鬼人種が片膝を付く。がら空きになった首を落とそうと刃を振り下ろすが――槍を構えて一撃を防いだ。
直後悪寒。アスファルトを蹴って後方に飛んだ直後に、弾かれた槍の下からの薙ぎ払いが先ほどまで翼のいた場所の空を斬る。
鬼人種の女が立ち上がった。先ほど破壊したはずの膝はもうとっくに完治していた。
――この女鬼人種は、今夜だけで五人以上殺している。それだけの霊気を取りこんだおかげで高い戦闘能力と治癒能力を持つこととなった。
――そして彼女は、何と言った?
『叶えたい願いがあるから、あたしは戦うの』
――そう語っていた。
鬼人種や人間は、肉体、魂、精神の三位一体によって成立する生き物だ。
三要素のうちの一つ、魂の原材料が霊気だ。魂が肉体に定着すれば、魂を構成する霊気が精神を生み出す。
一つの肉体に宿る魂と精神は、『同じ霊気』という要素で繋がっている。
怒り、妬み、幸福、悲しみ――あらゆる感情により精神が高揚すると、霊気が強化され魂の強度が上がる。魂と精神に釣られて、肉体の強度も上がるのだ。
彼女のように強い願いを持って戦う者は、強い霊気と肉体を持ち合わせる。
量も質も高い霊気だ。一体どんな願いを持てばこれだけの霊気に成長できるんだろうか。
ともあれ、一撃で仕留めるのは無理だ。少しずつ霊気を消耗させて殺すしかない。――のだが、
「……そんなこと悠長にやってたら私のスタミナが切れて下手すると死んじゃうんですよねぇ」
刀を構えながら、じりじりと距離を取った。
「レインさーん! バトンタッチお願いしまーす!!」
「えっ!? わっ、わかりました!!」
窓の桟から飛び降りたレインが、光の槍を携えて女鬼人種と対峙した。
「さぁて……やるしかないですよねぇ」
――張・レインは、特段戦闘が得意というわけではない。
鬼人種であるため、そもそもの身体スペックは高いのだが、それも人間と比べて、の話である。鬼人種同士の戦いでは、勝てるかどうかは相手次第だ。
だが。
――やるしかありませんよね。『情統局』の、そして、
両腕を広げて霊気の槍を展開した。
頭上の九つの槍が女鬼人種めがけて射出される。女鬼人種の槍がレインの槍を薙ぎ払うと霧散した。
「じゃあ、こっちです!!」
片膝を付いてアスファルトに手を突く。地中に送り込んだ霊気が、アスファルトを突き破りながら棘のように連鎖して直進し、女鬼人種を襲う。
女鬼人種は跳躍して下からの攻撃を回避し――吸血器を脳天に振り下ろす。
「ッ!!?」
反射的に右手をかざし槍を放つ。が、当然ながら弾かれて霧散する。
女鬼人種の槍は、レインの脳天を狙ったままだ。
――レインは、急に霊気を大量に使ったせいで消耗して、すぐに立ち上がることができない。敵は、すでに眼前まで迫って――――唐突に姿が消えた。
「へ……?」
急に力が抜けて、アスファルトに尻餅をついた。視線を下げると――翼が、女鬼人種に馬乗りになってその腹を刺し貫いていた。
「翼さん……!」
ゆらりと翼が立ち上がる。女鬼人種の腹に刺さった刀を抜くと付着した血液を振り払った。
「敵は……」
起き上がる気配がない。今のたった一撃で、本当にあの鬼人種は沈黙したというのだろうか。
力の入らない足に喝を入れ、立ち上がって翼の元へと駆け寄った。
標的の女鬼人種は、目を見開いたまま沈黙していた。さっきまでの暴れっぷりからは考えられないほどに。
「え、翼さん、一体どうやって――――」
顔を上げて、そばに立つ翼の顔を見て――レインは言葉を飲みこんだ。
「つ、ばささん?」
――そこに立っているのは、箱崎翼ではない。
そう直感した。してしまった。
その顔も姿も肉体も、間違いなく箱崎翼だった。
だが、その虚ろな表情も、異様なる霊気も、箱崎翼のものではなかった。
光のない冷たい瞳が鬼人種を見下ろし、普段なら笑みを浮かべている口元には感情の読み取れない何かがあった。
「――――」
翼の虚ろな視線がこちらを向く。
その目に射抜かれて初めて――彼女が湛えるソレが純然たる殺意だと気が付いた。
「っ、翼さん、大丈夫ですか?」
震える声でなんとか言葉を紡いだ。
「もう終わりましたから、帰りましょう?」
翼の腕を掴んで、彼女の顔を覗き込んだ。
「――――……あ、レインさん。確かに。あぁ、そうだ。終わりましたね。じゃ、帰りましょっか!」
刀を鞘に納めると、翼は満面の笑みを浮かべて答えた。
「え、っと、大丈夫ですか? 翼さん」
「大丈夫ですよ~怪我とか何にもしてないですから~」
「本当ですか? なんか、ちょっと様子変でしたし……」
「変、って?」
「はい、何と言うか、翼さんが翼さんじゃないように見えた、って言うか……」
「私が私じゃないように、ですか?」
「は……え?」
「へぇ、そうですかぁ。見られちゃったんなら――仕方ないですね」
目を細めて笑う翼に、レインが警戒を強める。
「っ、どういう意味ですか、翼さん」
相手は退魔士の人間だ。それでも一応、いつでも迎撃できるように右手に霊気をため込む。
「……って、嘘嘘! 冗談ですよ~! そんな警戒しないでくださいって~」
「は……はぇ? う、嘘って何ですか!! もうからかわないでください!!」
一体何なんだこの人は……! と思いながら足元の鬼人種の死体に目をやると――――
「あれっ?」
沈黙していたはずの鬼人種の姿が、消えていた。
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