第15話 インターネット最高!!!――3

 星のない空を見上げた。

 腹の満ちるような幸福感に包まれ、ヘソの奥から熱のこもった霊気が噴き出そうになる。


 手に握った槍――『吸血器』が、茨のような装飾に包まれている。霊気が高まっている証拠だ。


 もう何人も殺し、数多の人間の霊気を吸収した。

 着実に鬼として強くなっているのを実感する。


「いいですねぇ。霊気が高まっているのを感じます」

 そこに立っていたのはオールバックの男だ。彼とは、ぱる子が『救世の会』に入ってから知り合った、ぱる子と同じ『使徒候補』の鬼人種だ。



 その日ぱる子は、『救世の会』――否、この世界の裏側にあるを知ることとなった。



 呼び出されたのは、地下にある巨大な聖堂だった。


 それまでぱる子たちが使っていた会議室を改造した礼拝堂のような場所ではない。

 それこそ、「荘厳」という言葉がふさわしい空間だった。


 西洋の教会を彷彿とさせながらも仏教的な色彩を放つその空間は、まさに天上の国があるとすれば、ここはその入り口だ、と錯覚してしまいそうだった。

 まさか、地下にこんな場所があるだなんて、とぱる子は息を飲む。


 ぱる子以外にも、何人かの信者たちが呼び出されている。年齢も性別もバラバラだが、その全ての信者の服には黒いリボンが付いている。カウンセリング後に貰った服についていた色分けだ。


 一体何が始まるのか――誰もが落ち着かない面持ちで聖堂の正面に視線をやった。


 そこへ、フードを纏った集団が現れる。

 黒いローブに身を包み、大きなフードで顔を隠した者たち。その者たちが聖堂の壇上に一列に立つと――――


「一同、礼拝」


 顔が隠れているせいで、そのうちの誰が言ったのかはわからない。

 だが、壇上に立った男の声に、呼び出された信者たちはゆっくりと膝を折り、指を組んで祈りの姿勢をする。


「教祖様、御入場」


 男の厳かな声とともに、白いローブを纏った人物が現れる。

 長身の、相変わらず見えぬ貌。

 そろりそろり、と、摺り足で壇上を進むその姿に、信者たちは息を飲む。


 ある者は恍惚とした表情を浮かべ、ある者はまるで神に逢ったかのように祈りを捧げ、またある者は恐怖に慄く顔を見せた。


 ぱる子も、初めて見る教祖の姿に息を飲んだ。人であるはずなのに、そこに立っているのは人の気配を纏っていない。直感的に、そう感じた。


 しかし――すぐに頭を切り替えた。

 所詮は新興宗教なんだ。神の奇跡なんてものは眉唾だし、あの教祖も何かしらの演出のせいで私たちは神秘体験をしている錯覚に陥っているだけだ。

 そう考えて意識を取り持つ。


 それに、この件は動画のネタにもなりそうなんだ。しっかり観察しておかないと。と、動画投稿者としての領分も忘れずにいた。


「直れ」


 黒ローブの声と共に、集められた信者たちは膝を折ったまま祈りの指を解いた。


「これより諸君らに告げるのは、我が『救世の会』――いや、この世界に秘められた真実だ。ごくありふれた、平和な日々を謳歌していた諸君らにはにわかには信じがたい話ではあるが、これは紛れもない真実である」


 そう言って、黒ローブが語り始めた。


 この世界には、歴史の表舞台から抹消された歴史が存在する。

 それこそが「鬼」と呼ばれる支配階級による人類の統治だった。

 人より強靭な身体、人より長い寿命を持つ彼らは、家畜である人間の上に立っていたと言う。


 ――ぱる子はそれを聞いたことがあった。都市伝説として伝えられる、旧支配種が今もこの世界に残っているのだ、と。度々ネットではその話題が持ち上がり、果ては陰謀論者がそれらの存在を利用することまであった。


 ぱる子はオカルトや都市伝説に興味を持ってはいるものの、その実在までは信じていなかった。

 あくまでも「噂」としてそれを楽しんでいた。だから、本当に存在するかのような振る舞いを見せる人間のことは、冷ややかな目で見ていた。


 ――この組織もその噂に乗っかるタイプか……

 呆れながら苦笑いを浮かべた。


 人は鬼に生贄を捧げ、鬼は人を喰らって力をつける。そんな旧文明が存在していた、が、家畜たちは知能を付け、鬼は人食いのバケモノとして迫害され、人間が人間を統べる世界が生まれた。


 人間社会の裏で、鬼たちは息を潜めて虎視眈々とその日を狙っている。――再び、支配者として返り咲く日を。


 とは言え、鬼は地球上に生きる種の中でも少数派。さらに、鬼の中にも「鬼は鬼として、表社会に出るべきではない」と唱える者もいる。


 鬼を迫害する人間、鬼の存在を抹消しようとする鬼。再び鬼がこの世界の支配者として君臨するには、彼らとの闘争は避けられない。


『救世の会』は、全ての人間を救う教団だ――支配者として。


「我々は戦わねばならない。そのためには、『剣』となる『使徒』が必要不可欠だ」

「諸君らは選ばれたのだ。『使徒候補』に」

「諸君らには選択肢がある。『使徒』となるか、『使徒』の道を降りるか。無論――何の見返りもなしに『剣』となれ、というわけではない。当然、『使徒』となった者には褒美を与える。教祖の御力により、願いを一つ叶えることを約束する」


 信者たちがざわめく。

 与えられた二つの選択肢。『使徒』になるか、ならないか。

 彼の言葉が真実であれば、それはつまり兵士になれ、と言っていることになる。


 ぱる子は息を飲んだ。それが過酷な道であることに違いはない。そう簡単に選べるものではないことは重々わかっていた。


 だけど――


 ――これは絶対に特ダネだ。『救世の会』の裏の裏まで、その全部を見ることができるかもしれない。


 オカルト、都市伝説系動画投稿者として、この上ないチャンスだった。


「『使徒』になることを望まぬ者は戸を出よ。残った者は全て『使徒候補』と見なす」

 黒ローブが言う。動くものは誰一人としていない。当然だ。ここにいるのは、各々悩みや願いがあって『救世の会』に入信した者たちだ。『使徒』になれば願いを一つ叶えてくれるというのだ。この期を逃す手はない。


 ここに、『使徒候補』が揃った。

『使徒』になるために与えられた条件は一つ。強力な霊気を持つ鬼となることだ。



 その後、各々別室に連れて行かれ、何らかの薬品を注射された。

 赤い色をしたそれを打たれたあと、一日三錠飲むように、とショッキングピンクの錠剤を渡された。

 この一連の出来事をコンサルの男に話した。当然、動画化することになった。



 ぱる子の体に異変が起こったのは、三月二十四日。

 その日投稿すべき動画を投稿し終え、三月三十一日投稿予定の動画用の台本が仕上がった頃だった。


 異様なまでの渇きに襲われる。どれだけ水を飲んでも渇きは収まらない。一日三錠分渡されていた錠剤を飲めば、その渇きは落ち着くようになっていた。


 何が自分の身に起こっているのかわからない。でも、これがただの体調不良ではないことくらいわかっていた。

 少しずつ少しずつ、ぱる子の体は鬼になっている。この渇きは鬼としての本能だ。そしてこの錠剤は、人を喰らう鬼の渇きを癒す――その正体が何なのか、考えなくともわかっていた。


 完成した台本を男に見せた。台本に目を通した男は、さっそくあれこれダメ出しをした。――というか、ここ数日間、飢餓感に襲われていたせいで碌な台本が書けていない。だから当然と言うべきか、いつも以上に酷い罵倒交じりのダメ出しを喰らった。


 共有スペース。机と椅子が並ぶ空間に、二人だけ。ぼんやりとした頭で男の言葉を聞く。


 だけれども、どれだけぱる子を罵る言葉が飛び出そうとも、彼女の心には何も届かない。ただ、うるさいな、邪魔だな、としか思えなかった。


 この男を黙らせるには、どうしたらいいのか。


 ――手っ取り早い方法があるじゃないか。

 修正用に持って来たボールペンを握りしめる。


 がたっ、と、大きな音を立てて椅子を引いた。ボールペンを片手に、自分を見下ろす女を、男は怪訝そうに見上げ――


 ぱる子はその目にボールペンを振り下ろした。

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