第14話 インターネット最高!!!――2
五月八日。夜。
『大変です! 大名町周辺で民間人五名が死亡しているとの連絡が警察の方からありました!!』
連絡を寄こしたのは張・レインだ。
警察からわざわざ我々に連絡が行くということは、鬼人種絡みであると彼らが判断したためだろう。
人の犯罪を取り締まる警察では、人ならざる鬼人種の対応など不可能。
果敢にも鬼人種と相対した熱き正義感を持った警察がこれまでに何人も殉職していることを考えると、警察側も余計な犠牲を出したくはない、と鬼人種関係の事件は退魔士や『情統局』に任せることにしたのもうなずける。
「死体の状況はどんな感じですか?」
『失血多量による死亡と断定されています。ですが、周囲に大量出血をした形跡は全くなく――』
「あー『吸血器』で零さず吸われた的なヤツですか?」
『そっ……そうです。そのように考えられます』
鬼人種がその霊気を元に生成する武器――『吸血器』は、刃を刺した対象の体から血液を吸い取る機能が備わっている。だから「吸血」器なのだ。
翼は、古賀の運転する車に乗りこみながらレインから送られて来た地図に視線を落とす。
「『放置区域』に誘い込んで殺すでもなく、人気の少ないただの路地裏で殺すだなんて、珍しい鬼人種もいたものですねぇ」
よっぽど血が欲しかったのか。
そして『吸血器』持ちの鬼人種となれば――
「やっぱ、あの昨晩のコスプレ鬼人種ですかね?」
『かと思われます。周辺の監視カメラにも、それらしき人物が映っていましたので』
「昨日吹っ飛ばした腕はどうなってました?」
『すでに復活しています』
「なるほど。つまりその鬼人種は、昨日吹っ飛ばされた腕を修復するために――――」
『修復のための霊気を確保するために、五人の民間人を殺害したものと思われます』
「ちょっと私のセリフとらないでくださいよぉ!!!」
『翼さんだってさっき私のセリフとりましたよね!?』
「え、どの部分の話ですか?」
『「『吸血器』で零さず吸われた的なヤツですか?」の部分です!!』
とにかく、とレインが会話を仕切り直す。
『私もすぐに合流します。翼さん、今どの辺ですか?』
「今、西通りに入ったところです。もうすぐ合流地点ですね」
『承知しました。では、また』
大通りから南淀代駅、そこから伸びるアーケードより続くその通りは、居酒屋やバーの並ぶ薄暗くてややアングラさを持った通りだ。
東区第二のメインストリートと呼んでも差し支えない通り途中で曲がると、あちこちにパトカーが停まっているエリアにたどり着く。
「お疲れ様です」
車を降りた古賀が警察に声をかける。最初は怪訝そうな顔をしたが、古賀の上着に書かれた『宰都特殊警備』の文字を見ると「お待ちしておりました」と顔つきを変えた。
警察からも話を聞くと、犯人の女は今から十五分前にこの通りを南側へと逃走したそうだ。ここからは、退魔士の仕事だ。
「翼さん!」
「お、レインさん。お疲れ様でーす」
遅れて到着したレインて軽く手を振った。
「先日みたいに勝手に先行しないでくださいね」とレインが釘を刺しつつ、周囲の防犯カメラの映像を手元の端末に共有した。
「じゃ、僕はここで待機してるから」
「え、古賀さんは行かないんですか?」
「僕はほら、担当の監視官が今いないからさ。万が一戦闘が発生した場合、監視官なしじゃ対応できないからね」
「それは確かにそう……ですね」
「うん、ほんとうにね、翼ちゃん」
「アッはい」
退魔士は、『情統局』の監視官の監視のもとでなくては戦闘が行えないのだ。
ちなみに昨晩戦闘を行った櫻子たちだが、彼女たちにも専属の監視官がいる。しかし昨晩は不在であったため臨時でレインが監視官として櫻子たちに着いてきた。
これは退魔士と『情統局』の間で決められたれっきとした取り決めだ。監視官の目のないところで行われる退魔士の戦闘など、本来あってはならない。
古賀はここで待機、ということで場が収まりそうになったそのとき。
「おや、ではワタシが臨時といたしましょうか?」
登場した男の声の主に、古賀が「ゲッ」の声を上げた。
「不動特別監視官。こちらにいらしたんですね」
「ご苦労さまです、張監視官」
やって来たのは、ジャケットを着た長髪の男。眼鏡をかけ、柔和にほほ笑んでいた。見知らぬ男だが、そのただならぬ雰囲気に「誰ですか?」と古賀に視線をやると――古賀の目がなぜか死んでいた。
「監視官――ってことは『情統局』の?」
「はい。先週淀代に赴任してきた者です」
人の良さそうな柔和な笑み。――だが、そこはかとない胡散臭さがあった。
「足は多いに越したことはありません。我々も行くとしましょうか」
「はぁ……わかったよ」
ため息交じりに古賀が答えた。
翼とレインは現場から南西の南淀代駅に繋がる高架付近を、古賀と不動は現場から南東の繁華街を捜索することとなった。
◆
「あなたは、『救世の子』に何を願いますか?」
白いローブを纏い、顔を隠したカウンセラーはぱる子に問いかけた。
目元は隠れていながらも、笑みを湛えた口元は露わになっている。
『救世の会』入会のカウンセリング。
相談窓口は、かつてコンビニエンスストアだった空きテナントを改造した場所だった。白い壁に区切られ、プライバシーのきっちり守られた部屋。焚かれた香の匂いに頭がくらりと揺れる。
「私の手に」
カウンセラーの声は若い女の声だ。差し出された掌は瑞々しい若さを持っている。二十代前半か、ともすれば十代とさえ思ってしまう手だった。
その手に、ぱる子は手を置く。
「なぜ『救世の会』に? 何か悩みがおありで?」
噂通りのカウンセリング。ぱる子は、あらかじめ彼が用意しておいた嘘の悩みを口にしようとし――――
「嘘はいけませんよ」
「え」
ぱる子の嘘を刺すような声に、思わず弾かれたように手を離す。
「私に嘘は通じないと思っておいた方が良いですよ」
さぁ、と、もう一度手を差し伸べられる。ぱる子は、言われるがままにおずおずとそれに自分の手を重ねる。
「さて――なぜあなたは『救世の会』に?」
「私、は……」
言葉に詰まる。
自分と同じように、潜入と称して入信する人間は他にもいることだろう。だから全部、本当のことを言ってしまおうか――――
「あなたは――何に苦しんでいるのですか?」
覗く口元は柔和なまま。
「私は……もう、どうしたらいいのか、わからないんです。結果は出てるのに、苦しくて、しかたないんです」
「――では、その苦しみを取り除きたい、と?」
はい、と力なく、涙混じりにぱる子は答える。
「なるほど、もう少し詳しくお話いただけますか?」
カウンセラーの言葉通りに、ぱる子は全てを語った。
子供の頃からの夢、挫折。それでもしがみついてここまで来たこと。
声をかけてきた自称コンサルの男も、その経歴は真っ赤な嘘だと勘付いていた。
ただのぱる子のリスナーの一人で、自分の思い通りにいかないぱる子を操ろうとしていたことにも。彼の言うとおりにして成功して、もう引き返すこともできない。
彼もこの潜入には着いて来ている。彼がカウンセリングでどんなことを話しているかはわからない。
ぱる子は、あの男がどんな人間なのか、どんな経歴を辿ってここまできたのか、何も知らない。そんな相手と一緒に仕事をしていたのだ。もう、なりふり構っていられなかった。
「なるほど。では――あなたの望みは」
「もう一度最初の願いを叶えたいです」
アイドルになりたい。
その願いを、もう一度。
それから、『救世の会』に潜入しつつ動画投稿も継続することになった。
共に潜入した彼に「映像が無理なら音声だけでもつけて編集しろ」と言われたのだ。
それに――ここで投稿をやめてしまったら、きっと視聴者から忘れられてしまう。そんな不安があった。
動画投稿は水物だ。流行りは次から次へと移り変わる。人気をキープし続けているのは、どれだけの濁流だろうと決して流されることのない巌のような人気を確立した活動者か、流れに抗いながらも数字を出し続けている活動者か、そのどちらかだ。
ぱる子は後者だ。定期的にコツコツと成果を出し続けなくてはならないのだ。どんなことがあっても投稿は続けなくてはいけない。視聴者から忘れられないように。
最初の一週間は、空き時間に打ち合わせをしつつ『救世の会』の内情をまとめて動画の台本を作った。少しずつ時間をかけて視聴者の興味、好奇心を煽り、動画を制作していくつもりだった。
そして事件が起きたのは、ぱる子たちが『救世の会』に潜入してちょうど一週間が経過した日だった。
ぱる子が教祖に呼び出されたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます