第13話 インターネット最高!!!――1

 子供のころの夢はアイドルだった。


 ステージに立って、煌びやかな衣装を着て、大勢の前で歌って踊る。

 たくさんの歓声を浴びて、たくさんの人に愛されて――それが坂原サカバル英子エイコの夢だった。


 アイドルになれないなら、お笑い芸人になろうと思った。

 面白いネタを披露して、みんなに笑ってもらう。ピンかもしれないしコンビかもしれない、もしかするとトリオかもしれない。なんだっていい。誰かを笑顔にできるなら、それが一番だ。


 まずはアイドルを目指した。中学生のときに買ってもらったスマホで動画サイトを見て、ダンスを覚えた。

 独学で歌も練習した。

 通っていた中学が芸能活動を禁止していたから、高校は芸能活動が禁止されていないところに通った。


 オーディションを受けにT都に行った。しかし箸にも棒にもかからなかった。


 アイドルになるのは別にいいけど、大学には行きなさい、と親に言われた。頑張って勉強して、英子は大学生に入学した。

 まだオーディションを受けられる年齢だった。――だが、英子は焦っていた。


 華々しくステージで踊るアイドルたちは、どれも自分よりも年下の少女たち。二十歳を迎えた英子は、まだ普通の女子大生。

 英子はアイドルのオーディションを諦めた。だが、アイドルになるのを諦めたわけではなかった。


 今はネット全盛期だ。これを使わずして自分がアイドルになる術はない。

 まずは歌を歌った。顔を出し、アイドルのような衣装は持っていなかったので、趣味でやっていたコスプレ衣装を着て歌った。そのコスプレの原作アニメの曲のカバーソングを歌った動画を投稿した瞬間、それが「ぱる子」誕生の瞬間だった。


 ぱる子の人気は次第に伸びていった。同じく活動者の友達も増えた。歌の動画だけではなく、バラエティー系の動画も投稿するようになった。


 だが――ぱる子は満足していなかった。

 チャンネルの登録者数が伸び悩んでいたのだ。ぱる子も気が付けば大学四年生。周りはすでに就職先の決まった同級生で溢れている。有名になったことで複数の案件も貰っていたのだが、正直これで食べていくには厳しい経済状況だった。


 どうにかしないと。このままでは就職を考えなくてはいけない。動画で生きていくには、この伸び悩みを解消しなくてはならない――――


 ――途方に暮れていたぱる子に、一人の男が現れた。

 それは、動画投稿のコンサルをやっているという男だった。SNSのダイレクトメールによると、これまで名だたる活動者のコンサルをやってきたのだという。

 しかし、コンサル代を払えるほどの経済的余裕はない。だから彼の誘いを断ろうとした――が、そこは彼の好意でタダで引き受けると言った。


 彼は、ぱる子の魅力を知っていた。彼女の魅力が世間に知られていないのはこの世の損失ですらある、とダイレクトメール上で熱弁した。

 その熱心な言葉に、ぱる子は藁にも縋る思いで彼と連絡を取ることにした。


 ――――これが、全ての地獄の始まりだった。



 その日から、ぱる子の動画投稿は様変わりした。チャンネル登録者数を増やすためにあらゆるテコ入れを行ったのだ。


 男は言った。


 ――君の動画には足りないものがある。刺激だ。視聴者は、普通では見られないものが見たいんだ。きついことを言ってしまうが、君がただ歌ったり喋ったりしているだけの動画では、視聴者が望んでいるものを届けることはできない。


 男の言葉にショックを受けたのは事実だ。自分の圧倒的な実力不足に打ちのめされた。

 でも、これも自分のため――チャンネル登録者数を伸ばすためだ。彼の言葉を信じて新しいジャンルに踏み込むことにした。


 それが、オカルトや都市伝説だ。

 ぱる子自身もそういった事柄には前から興味があったので、前向きに動画のネタになりそうなものを調査した。


 それから、見た目を変えるように言われた。

 それまでのぱる子は、黒髪ロングに地雷系ファッションに地雷系メイクだった。

 が、それ以降は髪を茶色に染め、メイクや服も流行りの物へと切り替わって行った。

 それには戸惑ったが、これも登録者を伸ばすため、と受け入れることにした。


 チャンネル登録者数は伸び始めた。気が付くと、10万人を超えていた。

 これも全部、コンサルしてくれた男の言った通りだとぱる子は思った。彼の言うことを訊いてさえいれば、自分はもっと人気になれる――そう信じた。


 彼がそう言っているんだから、それまでの友達と関わるのをやめた。仲の良い活動者同士でつるんでるだけじゃ登録者数は伸びないから、と言っていたから。


 彼がそう言っているんだから、コスプレはやめた。昔からコス写を乗せていたアカウントは捨てて、新しくアカウントを作った。


 歌うのをやめた。踊るのをやめた。私は幸せだった。



 登録者数は大幅に伸びて行った。20万、30万。

 案件も増えた。イベントに呼ばれることも増えた。


 活動に対する愚痴を溢すと彼に殴られることもあったけど、それは私が悪いんだから仕方のないことだし。


 生配信での視聴者との交流が好きで、そこで最近見たコアなアニメの話をしたあと、配信終了後に一晩中怒鳴られたりもしたけど、それだって私が悪いんだ。

 彼が想定するブランディングから外れるようなことをした私のせいなんだから。それで以降の配信を禁じられたけど、私は幸せだった。



 登録者が50万人を超えた。

 彼からの提案で、F県淀代市に本拠地を構える新興宗教『救世の会』の潜入調査をする企画を立ち上げた。


 新興宗教に潜入だなんて、怖いに決まっていた。

 オカルトや都市伝説に精通しているぱる子だからこそ、その怖さを良く知っていた。


 その企画に難色を示すと、男はぱる子を殴った。ぱる子の服の下には、未だに消えない痣がいくつか残っている。

 これも登録者数のため。いつか、100万人目指すんだから。

 震える体のまま動画を回す。


『全国のぱる民のみなさん、こんぱる~!

 この世の未知の探究者、ぱる子channelのぱる子でぇす!』


 笑顔を忘れちゃダメ。体は痛いけど、笑わなくちゃ。


『というわけでね、さっそく本題に入るんですけどね、ついにね! 視聴者さんからたくさん来てたリクエストに応える日が来ましたよ!』


 皆にもっと見てもらいたい。

 たくさんの人に認めてもらいたい。

 あぁ、――でも、


『みなさんは《救世の会》ってご存じですか?』


 誰か、この地獄から、私を助けて。

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