第12話 人と鬼――3
黄昏時の東区、『宰都特殊警備』事務所にて。
「――以上が、『情統局』が得た情報だよ」
「へぇ……『救世の会』ですか」
古賀が情統局から聞いたという、昨晩のチンピラから得た情報について伝えられると、翼は唸った。
「何か心当たりとかある?」
「うーん、まぁ与太程度に受け取ってほしいんですけど、オカルト系の動画投稿者さんが『救世の会』に潜入したっきり行方不明になってるっていうのを見まして」
「行方不明……」
古賀が呟く。そして翼も、「行方不明」という単語が頭の中に残り続ける。
行方不明、というのは、所在がわからないこと。この世のどこにいるのかわからない状態だ。
行方不明者というのは――その大半がすでに死亡している、ということになり得る。どこを探してもいないのだ。その理由は、すでにこの世からいなくなっているからに他ならない。
だが淀代という街で言うなら――行方不明者は生きている可能性がある。ただし、バケモノとなって。
すでに人間だったころとは心も姿も別物に変わり果て、帰るべき場所へ帰れない状態。それは、人としての「死」を迎え、バケモノとして生まれ変わっている状態とも言える。
「そういえば、
「6月の頭くらいに淀高祭ありますよ」
「じゃあ、しばらく準備でこっちに来れそうにない感じかな。シフト調整しておくよ」
古賀の気遣いに翼は苦笑いで「いやぁ、その」と返す。
「別に仕事があるわけでもないんで……当日は友達がバンドやるらしいんで見に行きますけどそれ以外はほぼ参加しないんで、何も問題ないですよ」
「参加しないの? それは勿体なくない? 高校の学祭なんて一生に一度しかないでしょ」
「いや〜でも、私は今退魔士の仕事する方が好きなんで!」
「そっか」翼の言葉に古賀は一度口をつぐみ、再び開く。「今はそれで良いんだとしても、未来で後悔するかもよ?」
「未来、ですか? うーん、でも私は今が楽しい方がいいので……」
「翼ちゃんは若いからまだわからないと思うけど、今は『今』でも、いつか『今』は過去になって、未来が『今』になるときが来る。そのときの『今』に後悔が残らないようにしたいと思わない?」
難しそうな顔をしながら聞く翼に、古賀は「要はさ」と続けた。
「僕は後悔してるわけ。そのときにしかできなかったことをしてこなかった自分に」
含みのある笑みのまま、古賀は呟く。
「後悔、ですか」
「そうだよ。周りの大人が口酸っぱく言う『後悔するぞ』って言葉を、その意味もわからず無視し続けた結果がこれだからね。後悔塗れの人生なんだ。僕の言葉の意味、多分今はわからないと思うけど大人になればわかる日が来るよ。……まぁ、気付いたときには大体もう遅いっていうのがオチだったりするんだけどね」
古賀の言葉に翼は「ふぅん」と唇を尖らせた。
「よくわかんないですけど、大人は大変だってことなんですね」
「悪いことばっかでもないから安心してね」
翼に対して古賀が笑顔でフォローを入れた。
「ま、古賀さんがそこまで言うんなら、ちょっとくらいは参加してみましょうかねぇ。そう言えば、実行委員に誘われてたんですよね」
「いいじゃん。やってみたら? シフトの方はこっちで調整するから安心してね」
文化祭なんて、学生だけの特権だ。卒業してしまえばこんなお祭りに参加できる機会もそうそうないことだろうし。
退魔士としても働きたいが、学校生活を満喫するのもまた年頃のJKの務めだろう。
◆
夜。淀代市東区『放置区域』。
二人の鬼人種――白パーカーと今日はチャイナ服を着たコスプレ鬼人種が、放置された廃墟に各々持ち込んだアウトドア用の椅子に腰かけていた。
「さすがに、昨日片腕持って行かれたのは痛かったね、『アラクネー』」
退魔士に両断されたコスプレ鬼人種――『アラクネー』の右腕は、今日の夕方頃に復活した。
霊気を総動員させて、何とか腕を元に戻した――が、慣れない霊気の活動に体力がついていってないのか、彼女は今日一日中立ち上がる力もなかった。
「鬼に成って日が浅いとそうなっちゃうよね~ほら、これ飲んだら?」
口を開いた白パーカーが、血液の詰まった輸血パックを差し出した。
「……正直、鬼に成ったからってこういう食事は気が引けるのよね」
「そんなのすぐに慣れるよ。血が飲めない、人の肉が食べられないって鬼人にとっては結構致命的だからさっさと乗り越えちゃいなよ」
「わかってるわよ」
ストローを刺し、眉をしかめながら中身を吸い上げた。
体の奥底、乾いていた物が潤っていく感覚がした。走り抜けてカラカラに乾いた喉や体をスポーツドリンクが潤すかのような満足感――だが、その渇きを満たしているのは誰の物ともわからない血液だった。
隣でスマホを弄りながら同じように輸血パックで血液を飲んでいるこの白パーカーも、同じように右腕を失っていた。――彼女の場合は自ら切り落とす、という見るからに狂った過程だったのだが。
しかしながら、彼女はどう見たって元気だった。学校で一度気を失った、と語っていたが、学生だったことにまず驚いた。
「やっぱ一晩休んだだけじゃ体持たないか~私ももっと鍛えないとだね」
「産まれたときから鬼でも、一晩では霊気不足になるものなのね」
「そこは変わらないよ。体の霊気のキャパシティには限界があるんだから」
「じゃあ、あたしとアンタの腕が治るスピードの違いは一体なんなの」
「それは私の霊気が特殊だからかな。他の生まれつきの鬼でもここまで早くはないんじゃないかなぁ」
「特殊?」
「うん、まぁ色々あって他のヒトとはちょっと違った特性を持たされてるって感じ」
「……アンタって何者なの? この地の退魔士のことに詳しかったり、『教祖』の近くにいたり。ただの学生が鬼人に成っただけには見えないけど」
「んー? 私は本当にただの学生の鬼人だよー? 今はね?」
含みのある言い方に、『アラクネー』は舌打ちをする。
「そう言うぱる子さんだって何者? 鬼人に成ってまだ三か月くらいだよね。それで『吸血器』まで扱えるようになるなんてさぁ。すごいじゃん」
「あたしだって何者でもないわよ。ただ気合で乗り切ってるだけ」
『アラクネー』――元動画投稿者ぱる子は、血液を飲みながらゆらゆらとアウトドア用の椅子を揺らす白パーカーの鬼人種――水城在果に吐き捨てた。
『アラクネー』、元「ぱる子」はそれまでの自分を捨てた。
ただの夢を渇望するだけの弱い人間から、夢を自らの手で掴む存在に生まれ変わったのだ。
血液を吸うストローを前歯で噛む。
――絶対に、あたしはあたしの夢を叶える。
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