第10話 人と鬼――1
配信用プラットフォーム『エックスキャスト』
【ゆーりか】
二〇二X年四月三日配信
『EPEX/そろそろプラチナ帯から卒業したい@2』 02:51:56~
マジでさぁ、F県にいたんよ。ピンクレオタードのオッサン。
いやガチで。妖精さんじゃないって! ガチ実在してたって!
お、味方ナイッスー。この人強っ。えー、キャリーしてもらおっかなー
あ、で、なんだっけ。あ、そうそう、ピンクレオタードおぢね!
いや、あの辺魔境だって聞いてたけどヤバくない? F県民どうなん? えっ、ピンクレオタードおぢ、有名人なの!? 昔はセーラー服おぢもいた!? やば。コスプレおぢしかおらんのか、F県。あ、それは熱い風評被害? すまんすまん。
あー、そう言えばさ、コスプレと言えばさ、ぱる子最近見かけないよね? なんか動画とか全部止まってるし。LINEしてみたんだけど返事もなくてさぁ。
ん? うちぱる子と結構絡みあったよ? あ、これ知ってるのもう古参しかいないのかな。結構初期の頃にね、コラボとかしてたんだけどさ~途中から全然絡まなくなってぇ。
あーそうそう! ぱる子路線変更前ね! 今めっちゃギャルって感じじゃん? 昔はもうちょいサブカル系だったんだけどなんか急にねぇ~ギャルになってからコラボしなくなったし全然遊んでくれなくなってまじぴえんだった。
え、なんでコスプレからぱる子の話って? ぱる子、路線変更前はコスとか結構やってたんよ。うちも一緒によくやってたんだけどね~連絡とれんくなってからもう全然コスの話題聞いてない。あ、ぱる子のコス写、前のアカウントに載せてるはずだよ。まじ可愛いよ。
てかまじでどうしたんだろぱる子。家もさぁ、引っ越す前のしか知らないから見に行くのも無理だしなぁ。こういうのって警察に言った方がいいのかな。
でもなぁうち、ぱる子の本名知らないからそういう届け出って出せなさそうじゃん? こういうとき不便だよねー事務所入ってない活動者同士の繋がりって。
◆
五月八日。淀代高校、昼休み。
昨日と打って変わっての曇り空。日差しの射さない中庭は、昼休みだというのにちょっとばかり肌寒い。
とはいっても、初夏が訪れる前の「年中こういう気候だったらいいのに」みたいな時期なので不快感は決してない。むしろちょうど良い。
中庭のベンチに座ってぼんやりと空を見上げる。白い雲に覆われた空が翼の視界一杯に広がった。
明奈は今日、学校を休んでいる。昨日の夜、あのあとすぐに宮地嶽家の息がかかった病院に搬送された。
明奈の意識はその日のうちに戻った。だが、あの場で何があったのか、彼女は何も覚えていない。
というか覚えてもらっていては困る。あの夜に見たものは、本来表向きには存在していないものだからだ。
平たく言うと――明奈の記憶を消去した。『退魔協会』や『情統局』には、それをできるだけの力がある。
そして大事を取って明奈は自宅療養となり学校を休んだ。本人とその両親には、学校からの帰宅中、貧血を起こして倒れた、という風に説明してある。
……というわけで、今日の昼休みは翼一人での昼食となった。
いつもと同じ量のパンをあっという間に平らげた。二人で食べているときよりすぐに食べ終わった。一人だと、話す間もなく食べるからあっという間に食べ終わってしまう。
昼休みの終わりまでまだ30分以上ある。今から教室戻ってもすることなんて特にない。スマホでアニメでも見て時間を潰そうかな、とポケットに手を突っ込んだ。そのとき。
「箱崎さーん」
どこからともなく、涼やかな声がした。
ざっ、ざっ、と砂利を踏む音がして、翼の目の前に女子生徒が現れた。
グレーの学校指定ニットに、赤いネクタイ。ボブカットの髪は光によっては灰色にも見える。
どんな人間にも好かれるような人はいないと考える翼すらも、「こんな風にほほ笑まれたら誰だってこの人のことを好きになるだろう」と思えるほどの柔和で純真無垢な笑みを浮かべ、女子生徒――水城
「今いいかな?」
「あ、水城さん!」膝の上に置いたままのパンの袋をまとめ、口の周りを指で拭って翼が返した。「いいですよ。どうしましたか?」
「ちょっと頼みたいことがあってね」
在果が翼の横に座ると、箱の空いたお菓子を差し出した。目線で「食べていいよ」と告げる在果に、翼は遠慮なくいただくことにした。
「来月文化祭があるでしょ? 箱崎さん、学園祭の実行委員やってみない?」
笑顔を浮かべる在果に、翼はお菓子を口に含みながらむすっと眉をしかめた。
「それはズルですよ、水城さん」
「んー? 何のことかな?」
気にせず在果は、ずいっとお菓子を差し出す。制服越しに肩と肩がぶつかった。
「先に餌付けして要求を言うなんて、断れないじゃないですか」
「そんなこと言いつつ2個目食べてるじゃん」
いたずらっぽく笑いながら在果が言う。
クラスの優等生。学級委員、生徒会役員を率先して行い、教師からの評判もかなり良い。その姿は本物だ。完璧な優等生の姿。
そんな優等生の殻を脱いだ等身大の、いたずらで小悪魔な側面だ。それはズルだ、さっきのとは別の意味で。
「でも箱崎さんなら、お菓子あげなくても引き受けてくれたよね? これはそういうのと関係なしにおいしかったからおすそ分けってことで」
これはただの私の好意。そういうことにしておいて。と、在果がウィンクする。
「私はうちのクラスでは箱崎さんを推したいなぁ。箱崎さんみたいな人ってこういう仕事向いてると思うから。私も生徒会で文化祭の運営の分担貰ってるから、実行委員の方にも顔は出せるから安心してね」
はいっ、と3個目のお菓子を人差し指と親指で摘まんで差し出した。
「むぅ。そんなこと言われても、残念ながら立候補できませんよー」
ぷいっとそっぽを向いた翼に「あら、それは残念」とあっさり引き下がった。
「最近バイトが忙しくってですねーあんまり委員会の仕事とか参加するの難しくって」
「それはそっかぁ。そう言えば箱崎さん、一人暮らしなんだっけ? お金稼ぐの、大変だよね」
「あれ、私一人暮らしなの水城さんに言ってましたっけ?」
「前に遠賀川先生に聞いたの。『箱崎は一人暮らしだから云々かんぬん』って」
クラスの中心人物の在果だ。教師から生徒の事情なんかも聴かされているのだろう。
「はぁ~そろそろ教室戻ろっか。昼休み、あと十分で終わっちゃうよ」
「あ、もうそんな時間ですか?」
時間を確認しようとスマホを取り出す。その視界の端で立ち上がった在果の影が――ぐらりと揺れた。
「水城さん!?」
反射的に体が動いた。
金切り声のような叫び声と共に、力なく倒れる在果の体を受け止めた。顔にかかった前髪の隙間から見える顔色は蒼白。意識はあるようだが、立って歩くのは困難なのは明白だった。
翼は迷わず在果を抱えると、管理棟の方へと急いだ。
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