第4話 怪しいバイトにご注意を(前編)――1

某動画投稿サイト short動画

【ネットの怪談チャンネル【エビ象】】

二〇二Ⅹ年五月二日投稿

『行方不明疑惑の動画投稿者』0:15~


 ぱる子。

 都市伝説やオカルトに関する動画を投稿する、登録者数五十三万人の女性動画投稿者。

 二〇二X年三月十日より「『救世の会』潜入レポ」シリーズの投稿を開始したものの、二〇二X年三月二十四日に投稿された動画を最後に動画投稿、コミュニティ、SNSの更新がストップしている。

 何かしらの事件に巻き込まれたか、あるいは新興宗教『救世の会』の情報を外部に漏らしたことで会の人間に消されたとの噂もある。

 尚、三月二十四日に投稿された動画は現在、閲覧不可能となっている。



 五月七日。


 世間には「五月病」と呼ばれる病がある。楽しい連休が終わって、学校や会社に行くのが億劫になってしまうアレだ。

 連休最終日の夜、「明日起きたくねー」と思いながら床に着き、重い体を無理くり起こす朝は誰しも経験があることだろう。


 しかしながら、ゴールデンウィーク明けの教室は、思ったより活気づいていた。

 連休中どこに遊びに行っていたかとか、課題多すぎんだよという愚痴とか、連休など関係なしにゲームの話をしたりしている。


 そんな熱気溢れる淀代高校二年五組の教室の中、箱崎翼は日の当たる窓際の席で机に突っ伏していた。

 五月の午前中。昨日よりは少し気温が下がってはいるが、日の光が当たって温まったこの場所は居眠りにはピッタリの場所だ。


 ちなみに翼がどんな夢を見ていたのかというと、群れを成して迫り来る鬼人種を片っ端から殺して回る夢だった――――。

 連休中、そのほとんどを退魔士の仕事に捧げていたことによる影響だろうか。だが、その表情は驚くほどに穏やかなものであった。


「バサえも~ん。課題が一瞬で終わる道具出してよ~」


 六十二匹目の鬼人種を殺したところで翼は顔を上げる。

 べしべし、と後ろから翼の背中を誰かが叩いていた。振り向くと、クラスメイトの原田明奈が必死な顔で翼に懇願しているところだった。


 学校指定のネクタイも付けず、開いた胸元にはシルバーのネックレスが輝いている。

 短いスカートに金髪と流行りの化粧は、どこからどう見てもギャルの姿だった。


「しょうがないな~あき太くんは~」

 鞄から英語のノートを取り出すと翼は明奈にそれを渡した。

「ありがとうザキえも~ん!」

「下の名前か苗字、いじるのどっちかにしなよ~あき太くん~」

 そう返すと明奈は自分の席――翼の後ろの席に戻って行った。


「翼ぁ、ゴールデンウィークどうだったー? って、ずっとバイトって言ってたか~ちな、あたしはK都に家族旅行してた」

「なんだ? 自慢か?」


 別に労働が嫌なわけではない。遊んだ、という事実が存在しない虚しさが翼の胸の中に大きな穴を空けているだけだ。

 しかしその穴を埋めるのは鬼人種殺しという大好きな労働だ。だから翼は十分幸せだ。


「まぁまぁ、そうキレずに。これお土産ね」

 そう言ってK都駅の文字が入った片手サイズの袋を手渡される。

「何これ? 開けてもいい?」

「ぜひとも!」


 テープで止められた袋を上げると、そこにはもぐもぐうざきのご当地キーホルダーだった。

「もぐうさだ!?」

「翼それ好きだって言ってたじゃん? 見つけて買って来ちゃった」


 もぐもぐうさぎ。通称、もぐうさ。

 SNSで連載中の漫画で、時に可愛く、時にほのぼの、時に熱く、時にグロテスク。そんなスペクタクル溢れるマスコット漫画だ。純粋にキャラクターの可愛さもあって、漫画は知らないがグッズは集めている、という層も広く存在している。


「う、うわ~ありがとう明奈ぁ。課題のお礼になんかせびろうかなって思ったけどこれで全部許した~!!」

「なんかせびろうと思ってたの!?」


 K都の有名なお寺を背景に、綿のはみ出たぬいぐるみのような風貌のうさぎが斧を担いで笑っている。ファンシーなうさぎのぬいぐるみと斧というギャップがたまらない。


「なぁ、いいよな原田さん」少し離れた席で男子の話し声がする。「すげぇギャルなのに俺らみたいなオタクにも優しくしてくれて」

「いいよな。オタクに優しいギャル」

「いい……存在してたんだな……」


 と、クラスのオタク男子生徒がしみじみと会話している。それを遠くから聞いていた翼はなぜか明奈の話なのに誇らしく思った。無意識のうちに腕を組んで壁にもたれかかっていた。


「そういえばさ、今日の放課後空いてる? うち買い物行こうと思ってるんだけどバイトとかあったりする?」

「お、今日?」本日、翼は退魔士の仕事はない。「いいよ! どこ行く?」


 貴重な休み。仕事も大事だが、友達と遊ぶひと時だって大事にしたいお年頃なのだ。

「ちょっと服買いに行きたくてね。あとスタバの新作出たからソレ飲み行こ!」

「いいね! あ、私もぐうさストア行きたいからついでに行ってもいい?」


 なんて、ごく普通の女子高生同士の会話を繰り広げていた。

 こういう、何でもない時間も大事にしていきたい。翼はしみじみと思うのだった――――



 見慣れたはずの路地裏だというのに、その光景はいつもと違っていた。

 横倒しの視界。星のない空は、いつもより遥か遠く感じた。


 使い慣れた得物がないためか、相手の攻撃に対して出遅れた。

 思い切り殴られた腹が痛い。最初の数秒、呼吸が不可能だったが次第に酸素が喉を通過するようになる。


 起き上がろうと手をつくが、即座に足で踏みつけられて再びアスファルトに頬を擦る。


 プライベート用のスマホから救援要請を出して3分。このくらいならなんとか持ちこたえられるかと思ったが――思いの外キツイかもしれない。


「結構粘るじゃん。ただのヒトガキの癖にさぁ」

 頭上から降る声の主の女は、コスプレ衣装を身にまとっていた。

「明奈……っ」

 路地裏の向こう側で、明奈が気を失っている。

 自分がいながら、なんとも不注意だった。


 紅い瞳の嘲笑が、暗い路地裏にこだました。

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