第2話 『放置区域』――2

『鬼人種』

 人を喰らう、人の形をした怪物。

 この街にいるのは、そんなバケモノだ。


 通常時であれば、見た目だけでは鬼人種と人間の区別はつかない。だが――目の前にいるこのチンピラたちは、鬼人種が持つ一番わかり易い身体的特徴をしていた。


 まるで真っ赤なLEDのように、発光する瞳。

 好戦的な意思を持つ鬼人種の本能的な現象だ。


「わざわざそちらから出向いてくれるだなんて、ありがたい限りですね」

 街灯もない暗闇の中、翼の目にはチンピラの鬼人種の顔は見えないが彼の口元が愉悦に歪んだのが見えた。


 無惨に捨てられたこの肉片たちは恐らく彼らの残飯だろう。

「それはこっちも同じだぜお嬢ちゃん。活きの良い飯がそっちから来てくれるだなんてなぁ」

 リーダー格と思しき男が言うと、その背後にいる六人のチンピラたちも笑い声を上げる。


「ふぅむ。無理やり鬼人種にされた可哀そうな被害者の皆さん、といった風には見えませんがねぇ」

「ハッ。俺たちは望んでこの力を手に入れたんだ。哀れみなんか必要ないぜ」


「なぁるほどですね」鞘から刀を抜きながら、翼はチンピラたちに歩み寄る。「これはぶち殺しにしても何の問題もなさそうですねぇ~!」

 こちらは一人。相手は七人。リーダー格のチンピラの男は、そんな無謀な翼を前に鼻を鳴らす。

「おいおいお嬢ちゃん。まさか一人でやるつもりか? 勝てるわけないじゃん」

 けらけらと笑う男を前にしても、翼は無邪気な笑顔を崩さない。


「いいえ勝てますよ。だって――おにーさんたち、絶対雑魚ザコですもん」

「ほう?」

「鬼人種って、強いヤツは本当に強いんですよ? おにーさんたちがそんな鬼人種だったら、私はとっくに三十七回は殺されてます。そんな鬼人種がよってたかって十六歳の美少女退魔士一人、まだ殺せてないんですよ~?」

「はぁ~そうかそうか」頭を掻きながら男が翼に歩み寄る。「戦う前から随分とデカい口を叩いてくれたもんだなぁ、このクソガキ」

 背後でチンピラたちが武器を構える。が、リーダー格の男は逸る彼らを片手で制した。

「手ぇ出すんじゃねぇぞお前ら。まずはあの舐め腐ったガキをわからせる。俺一人でなァ」

「お口がデカいのはそっちも同じようですねぇ。ゴタクはいいんで、さっさとかかってきたらどうです?」


 翼が言うと同時に、男はアスファルトを蹴り上げる。

 男のつま先型に陥没したアスファルトは、男の蹴りと共に破裂し、突風を伴って周囲に撒き散らされる。たった一蹴り。それだけで男の身体はロケットのように速度を上げる。ロケットと違うところと言えば、ソレは地面と水平に直進し翼をミンチに変えんとしているところだろう。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ドップラー効果を伴いながら男が渾身の手刀を繰り出して翼の腹を貫こうとする。

 無論翼は、何もしないわけがない。左手に持ったままの鞘を投げ捨てると刀を両手で持って構え、後ろに向けた刃を横なぎに振り抜いた。


 ギンッ、と音を立てて交わる刃と手刀。巻き上がった砂埃が落ち着くと、そこに立っていたのは二人――刀を振り抜いた翼と手刀と突き出した男。

 翼の白い頬が赤く一線、鮮血が流れ落ちる。


「へぇ、俺の速度に付いて来られるとはなぁ。口がデカいだけのガキじゃないようだな」

 振り向いた男が乱れた前髪を整えようと右手を頭に伸ばした直後――「え?」と素っ頓狂な声を上げた。

 前髪に手が届かない。なぜなら、男の右腕は彼の足元に転がっているからだ。


「は……? な、何で」

 唐突に切り落とされた自分の右腕を見ながら狼狽える男の体がバラバラと崩れ落ちていく。左腕、右足、左足、そして頭が細切れになってアスファルトに散らばり、物言わぬただの肉塊に成り果てた。


「私の可愛い美少女フェイスに一撃入れられたことだけは褒めてあげましょう。まぁ、もう聞こえてないみたいですけど」

 頬の血を拭いながら一瞥をくれてやると、残された六人のチンピラの方へと視線をやった。

「さーて、次にミンチになりたい人は誰ですか~? あ、ご所望なら三枚おろしでもいいですよ~」

 闇夜、紅い光を滾らせる六匹のバケモノを前に、少女は悪魔のように嗤った。


「……ッ!」

 頭を失った烏合の衆は、目の前に現れた少女の形をした『死神』に戦慄する。

 生唾を飲みこむ音が聞こえた。


 ――お前らがいればどこにだって行けるよ。

 そう――居場所のない俺たちに言ってくれた頭は、惨たらしい姿で転がっていた。


 誰もが恐れおののく。足がすくむ。

 力を手に入れたはずの自分たちが、あんな小娘に圧倒されている。


 ――だが。

 誰一人としてその場から逃げ出しはしなかった。


 ――そうだ。仲間が殺されてんだ。

 ――ここで逃げ出したとして、俺たちは一体どこへ行けと言うんだ?


「行くぞッ!!」

 誰ともなく、誰かがそう叫んだ。

 堰を切ったように少女へとなだれ込む。敵討ちだ。

 ――あのガキは絶対に俺が殺す。

 恐れなど微塵も抱かない。各々の殺意を胸に、六人の男が雄たけびを上げながら駆け出す。


「あっはは、元気がイイですね」

 六匹の敵を倒すために翼が取った戦法は――逃亡だった。無論、怖気づいたわけではない。一対多数でこの開けた場所は不利でしかない。だから、今の状況に適した場所に彼らを誘い込む。


 翼が飛び込んだのは、入り口が開け放たれた店舗だった。すでに廃業した小さな薬局だ。商品こそ一つもないが、棚や会計カウンターだけはそのまま残されている。


 一般的なコンビニエンスストアの三分の一ほどの広さしかない店内に入ると、棚の影に隠れる。最初に店の中に入って来たチンピラが、翼の姿はどこかと周囲を見渡した。

「鬼さんこっちら~!」

 棚を覗き込んだチンピラの足元から飛び上がるように刀を突き上げ、彼の顎から脳天を刃が貫いた。


 次の敵が扉から侵入しようとする。刃を男の頭蓋から引き抜くと、崩れ落ちる男の肩の辺りを掴むとドアから身を乗り出したチンピラに投げつけた。遠心力を利用した投げつけにより威力を増した死体。1人分の動かぬ男の体重に押しつぶされて男が倒れた。

「とどめっ!」

 覆いかぶさった男の死体の上から、下敷きになった男の心臓を刺し貫いてその生命を刈り取る。


 残り四匹。引き抜いて、血がこびり付いた刀を上着の袖で拭った。

 たった一つだけしかない出口。開業時はガラス張りだった一面もシャッターが降りているせいでガラスを割って入ることもできない。

 伊達にこの街で退魔士をやっているわけではない。この『放置区域』も、どこにどんな建物があるのか、全く把握していないはずがないのだ。


 続けて突っ込んできた三人目を袈裟斬りにして始末する。

 今度は二人同時に飛び込んできた。翼は背後に飛んで店内に逃げ込む。

 狭い店内は、遮蔽となる商品棚、狭い通路、と、集団戦には向かない空間だ。

 棚と棚の間のスペースに人間が二人横並びできるほどの広さはない。結果、チンピラは翼と一対一で戦わざるを得ない。


 男が鉄パイプを振りかぶった。翼は男の脇に滑りこみ、男が鉄パイプを振り下ろす直前、斜め上から刀を振り下ろした。刃は男の右肩に直撃。切断するほどの威力はなかったものの、男の右肩を粉砕した。

 痛みに悶絶しながら崩れ落ちる男の右肩を、ダメ押しとばかりに踏み台にして跳躍。背後にいたもう一人を猿叫でも上げようかという勢いで頭蓋をかち割った。

 息も絶え絶えな右肩粉砕済みのチンピラにトドメを指す。静かになった店内だが――一つ忘れている。

「残りの一人はどこですかねぇ?」


 ぐるりと首を回すと、扉の前でがくがく震えるチンピラが一人いた。

「はっけ〜ん★」

 満面の笑みで指を指した翼。逃げるチンピラ。だが――50メートル走5秒台の翼の俊足は彼を難なく捕まえるのだった。

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