第十五話 約束の地
――次の日の朝。
「今から約束の地に向けて出発よ。厄災の扉は夜八時に開くわ」
「いまから出発したら昼には着いちゃうんじゃねーか?」
「多分……。シュナンさんが待ち構えているはず。戦うことになると思う」
「そうか……。でも、残りの剣士は一人。僕とゼルガーさんがいればなんとかなるさ」
「そうだろ?ゼルガーさん!」
「おえぇぇぇ。だめかも。二日酔いだ……」
「だから飲みすぎるなって言ったのに。このおっさんは……」
「いい村だったな。温泉も、料理も。また来ような。」
「……」
ファリンの目が悲しく約束の地の方向を見ている。
――あ。地雷だった。
厄災を鎮めたら、ファリンは……。
向かう途中の茂みという茂みで吐きながら約束の地へと向かった。
山道を登りきると開けた岩場が現れた。中央には巨大な岩の門が佇んでいる。
案の定、扉の前にシュナンと剣士、神官が立っていた。
「はやりお前らか。どうやら狂化魔法を施した剣士でも勝てないらしいな。羨ましいよ。ファリン。強い守り人がいて」
「シュナンさん。もう諦めて。私が……」
「アルム君。君はファリンと一生の別れになっても良いのか?」
「いいわけが無いだろう!もちろん嫌だ」
「ならばファリンを説得してくれないか。力ずくでもいい。ファリンを連れて帰ってくれればよいのだ。後のことは私が引き受ける」
「なあ、ファリン。僕……シュナンにまかせてもいいと思う」
「キミは優しいね。でもね、聞いて。もし、厄災を消滅させられなかったら世界が滅んでしまうの。私ね、この世界が好きなんだ。今回も、五〇年後も、一人の鍵守の犠牲で世界が平和を保てるなら、私はそれでいい。それが私の私たち御三家の運命だから」
「……」
「説得できないか。それならば守り人を殺すまでだ。アルム君、ファリンを想うなら大人しく殺されてくれ」
シュナンが詠唱を始める。
【ßø∫¬ßø˙¬˙åwoøå˙ߥ∑ø∫∑˚∆øå∫ß…¬˚ƒå∑∫߬∂ø«π】
「私の狂化魔法の効果は高位神官のそれとは比べ物にならないぞ。せいぜい藻掻いてみろ」
剣士の肉体は、まるで地獄の業火に焼かれるかのように、禍々しい変貌を遂げていく。筋肉は蠢く大蛇のように隆起し、髪は獰猛な獣の逆立つ毛並みのようだ。その存在感は、まるで悪魔が実体化したかのように、圧倒的な畏怖を呼び起こす。
「グガガアアアア」
正気を失い、恍惚とした表情を浮かべる狂剣士が襲いかかってくる。僕の顔面を鷲掴みし地面に叩きつけた。気が遠くなっていく中、思う。
――反応できなかった。いやこれでいいのかも。このまま僕がやられてしまえばファリンは……。
力なく立ち上がったところに、狂剣士の追撃が来る。攻撃を避けない僕に容赦なく直撃したのはゼルガーさんの拳だった。追撃はゼルガーさんが防いでいた。
「おい!アルム!いい加減にしろ。このガキ!お嬢ちゃんが覚悟を決めているのに、お前がそんなだったら意味がねぇだろ。まあいい。すっこんでろ。二日酔いのおっさんパワーを見せてやるぜ」
狂剣士の剣が、電光石火のごとくゼルガーさんに迫る。だが、軽やかに身をひるがえし、その攻撃を紙一重でかわす。かわされた剣は、大地を抉り、土煙を上げる。
ゼルガーさんは、その隙を見逃さない。彼の剣が、まるで風を切り裂くかのように狂剣士に向かって放たれる。しかし、狂剣士もまた、驚異的な反応速度で剣を振るい、ゼルガーさんの攻撃を受け止める。
激しい剣と剣のぶつかり合いが始まる。狂剣士の力は圧倒的だ。彼の剣からは、まるで獣の咆哮のような気迫が伝わってくる。それに対し、ゼルガーさんは卓越した技で何とか対応している。彼の剣捌きは、まるで水の流れのように滑らかで、狂剣士の猛攻を巧みにかわしていく。
二人の剣戟は、激しさを増していく。周囲の空気が、剣の激突する音で震えている。
ゼルガーさんの額に汗が光る。狂剣士の攻撃は、一撃一撃が重く、ゼルガーさんの体力を着実に奪っていく。だが、ゼルガーさんの目は、決して諦念の色を見せない。
ゼルガーさんは、一瞬の隙を見つけ、全身の力を込めて剣を振るう。その一撃は、まるで稲妻のように狂剣士の懐に飛び込んでいく。
だが、狂剣士もまた、その攻撃を予期していたかのように、身をひるがえし、ゼルガーさんの剣を受け流す。そして、その勢いを利用して、逆にゼルガーさんに斬撃を放つ。
ゼルガーさんは、咄嗟に身を屈めて、その斬撃をかわそうとする。だが、狂剣士の剣は、ゼルガーの左肩を捉えていた。鮮血が、ゼルガーの肩から流れ落ちる。
二人の剣士は、まるで時が止まったかのように、その姿勢で静止する。ゼルガーの剣が、狂剣士の喉元に食い込んでいる。
張り詰めた空気が、戦場を支配する。まるで、この一瞬が永遠に続くかのように。
そして、次の瞬間、狂剣士の身体から力が抜けていく。ゼルガーさんの剣が、狂剣士の命を奪ったのだ。
ゼルガーさんは、左肩から流れ出る血を気にも留めず、剣を引き抜く。狂剣士の身体が、力なく地面に崩れ落ちる。
ゼルガーさんは、大きく息をつくと、僕の方を振り返った。彼の顔には、勝利の笑みが浮かんでいる。
「どうだ……二日酔いでもこれだけ戦えるんだぜ……」
だが、その笑みは、すぐに苦痛の表情に変わり、ゼルガーさんはその場に倒れた。
「剣闘大会一〇連覇は伊達じゃないな……。恐れ入ったよ。計画が台無しだ」
シュナンがこちらに歩いてくる。
「ゼルガー殿はまだ息があるな。守り人は彼にやってもらおう。アルム君、君には予定通り死んでもらうぞ。」
シュナンが詠唱を始める。
【ßø∫¬ßø˙¬˙åwoøå˙ߥ∑ø∫∑˚∆øå∫ß…¬˚ƒå∑∫߬∂ø«π】
「対厄災用なんだがな。こうなったら仕方がない。」
シュナンの体が変貌していく。自らに狂化魔法をかけているのだ。
「シュナンさん、やめて!狂化魔法は剣士の強靭な肉体があって初めて成立するのよ」
シュナンの肉体は、まるで悪夢の具現化のように禍々しく変貌していく。裂けた法衣から露わになる身体は、魔獣を彷彿とさせ、その存在感は圧倒的だった。膨れ上がる筋肉、赤く輝く瞳、そして全身から漂う邪悪なオーラ。まさに、世界を滅ぼす厄災の化身のようだった。
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