第九話 狂剣士

 あれから雨が降り続いている。馬車の中に閉じ込められ、ゆっくりと干し肉を頬張りながら、うるさい雨音に耳を傾ける。狭い寝床で寝返りを打つたびに、体のあちこちが痛くなってくる。背中や腰、肩など、痛くない場所を探すのが難しいほどだ。


 そんな中、大いびきをかいて熟睡しているゼルガーさん……いったいどんだけ図太い神経をしているんだろう。まるで、この状況が全く気にならないかのように、平然と夢の中で冒険を続けているようだ。


 ようやくカルディアの街につくと、一行は街の宿屋に宿泊することにした。長旅の疲れが一気に押し寄せてくる。湿った衣服を火の前で乾かし、温かい食事をとる。


 久しぶりのまともな休息に、アルムは心の底から安堵の息をついた。柔らかなベッドに身を横たえ、雨音を遮断する屋根の下で、ゆっくりと目を閉じる。この瞬間ほど、幸せを感じることはないだろう。


 しかし、そんな平穏もつかの間、翌朝、馬車を確認すると、そこには惨殺された馬の死骸が横たわっていた。首筋から大量の血を流し、うつろな目を開けたまま息が止まっている。何者かに命を奪われたかのようだ。鮮血に染まった地面が、不吉な雰囲気を醸し出している。


「くそっ、新しい馬を買わないとな」


 ゼルガーさんが舌打ちをする。長く可愛がってきた馬の死に、ファリンは泣き崩れている。


 確かに馬は高価だ。旅の途中でこんな無駄な出費は痛手だ。しかし、先を急ぐためには仕方がない。時間がない中で、良い馬を見つけるのは容易ではないだろう。それでも、なんとか工面しなければならない。


 手持ちの金を確認し、一行は街の馬屋へと向かった。値段交渉に時間を要したが、なんとか良さそうな馬を手に入れることができた。新しい馬を調達し、一行は再び旅路についた。街を離れ、山間の道を進んでいく。


 道中、アルムは馬の死について考えを巡らせていた。一体、誰が、何のために馬を殺したのだろうか。あの傷口は剣によるものだ。あまりに異常な光景だった。何か、この先に待ち受ける危険の予兆なのだろうか。不安が頭をもたげるが、今はただ前に進むしかない。


 そんな中、谷間地形の場所で、一人の剣士に遭遇した。男は薄暗い影の中に佇み、じっとアルムたちを見つめている。その佇まいは、どこか不気味で、人間離れしていた。


まるで、人間の皮を被った別の生物のようだ。アルムは思わず、馬の死と重ね合わせてしまう。

「あんた……剣士か?」

 

 アルムが問いかけると、剣士は無言で剣を抜いた。その瞬間、アルムは背筋に冷たいものを感じる。この男は、普通の剣士ではない。まるで、人の形をした別の何かのようだ。殺気が漂っている。

 

 戦いが始まった。二人の剣が激しくぶつかり合う。金属のきしむ音が、谷間に木霊する。しかし、男の動きは尋常ではなく、あっという間にアルムは劣勢に立たされてしまう。まるで、人間とは思えないスピードと力だ。

 

「くっ……強い……!」

 

 アルムは必死に食らいつくが、剣士の剣捌きは異様なまでに速く、力強い。まるで、人間の身体能力を超越しているかのようだ。アルムは自分の力の限界を感じずにはいられない。


 やがて、アルムの剣が弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。ぼろぼろになった身体を起こすことができない。敗北を悟ったアルムは、恐怖に目を見開く。男が剣を振り上げ、止めの一撃を放とうとする。

 

 その時、ゼルガーさんの怒号が谷間に響き渡った。


 「アルムッ!」

 

 ゼルガーさんが、全速力でアルムに駆け寄ってくる。男が放った一撃をゼルガーさんが弾き返した。


 ――すごい。あの攻撃を片手で。


 ゼルガーさんの前蹴りが男を吹き飛ばす。


「一旦逃げるぞ!」


 ゼルガーさんは、僕を荷台に放り投げると、馬車を全速力で走らせる。馬が汗で濡れている。それでも止まることを許さず、走らせ続けた。どうにか剣士からは逃れられたようだ。


 馬車を引く馬が足を引きずっている。どうやら悪路を全力で走ったせいで骨折してしまったようだ。


「だーーーー!くそっ!またかよ!」


 ゼルガーさんが怒りを爆発させ吠える。


「ゼルガーさん、ごめん。僕が足手まといになっちゃって」

「いや、そんなことはない。見てみろ」


 ゼルガーの肩が脱臼している。


「あれ、なんなんだ?」


 現在地からカルディアに戻るには相当な時間がかかる、どちらかと言うとトリステ村の方が近い。僕たちはトリステ村へ向かうことにした。もしかしたら、馬も借りることが出来るかもしれない。

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