第十話 トリステ村で

 トリステ村に着くと、エドガーさんが温かく迎えてくれた。長旅の疲れが一気に吹き飛ぶような、安堵感が全身を包み込む。まるで、家族のもとに帰ってきたような感覚だ。


「アルム、よく帰ってきたな!無事で本当によかった。剣闘大会の活躍はこの村にも届いてるぞ。」


 エドガーさんは、アルムの肩を力強く抱き締める。その優しさに、アルムは思わず目頭が熱くなった。この人は、本当に自分のことを家族のように思ってくれているのだと、改めて実感する。


 マーサさんも、涙を浮かべながらアルムを抱きしめる。

 ――恥ずかしい///


「アルム、あなたが帰ってくるのを待っていたのよ。もう、心配で心配で……あぁ、もっと顔をよく見せてちょうだい」


 マーサさんの優しさに、アルムは喉が詰まる思いだった。自分を心から愛してくれる人がいること、どれほど幸せなことかを痛感する。


 その日は、師匠も家に招いて大勢で食事を楽しんだ。マーサさんの手料理は、いつも以上に豪勢で美味しかった。村の特産物を使った料理の数々は、まるで祝宴のようだ。


 皆で団欒しながら、旅の話に花を咲かせる。兄弟子ランボルトさんの話をすると師匠も笑顔で美味そうに酒を煽った。久しぶりの平和な時間に、アルムは心から幸せを感じていた。


 しかし、そんな穏やかな時間も長くは続かない。『約束の地』への旅の続きを考えなければならないのだ。僕たちは、あの剣士を避けて『約束の地』に向かうための相談を始めた。


「陸路は危険だ。あの剣士に再び遭遇するかもしれない。あれは人間じゃねぇ。まさに狂剣士だ」


 ゼルガーさんが、真剣な面持ちで言う。師匠もあの剣士の話を聞くと驚いていた。


「馬を貸してやる、迂回ルートを取るというのはどうだろう?大きく迂回すれば、その狂剣士という奴に遭遇する可能性も低くなるんじゃないか?」


 エドガーさんが提案するが、アルムは首を横に振った。

 一同は暗い表情になる。


「海路が一番安全だろう。追跡も難しいはずだ。海は得意だしな」


 ゼルガーさんが言う。


 一行は、船で『約束の地』に向かうことに決定した。エドガーさんが、知り合いの船主に交渉を行い、出発の手はずを整えてくれた。万全の準備をして、再び旅立つ時が来たのだ。


 ***

 

 次の朝、一行は港に向かう途中、不意に襲撃を受けた。


「な、なんだ!?」


 アルムが身構える。と、目の前にあの狂剣士が立ちはだかっている。


「ま、まさか……っ!」


 ――まさか、ここまで追ってくるとは。


「お前タチ、『約束の地』……行カセナイ」


 狂剣士はたどたどしい言葉を発し、剣を構える。その目は、狂気に満ちていた。


 アルムたちは、驚愕し、恐怖を感じながらも、剣を抜いて応戦の構えを取った。背水の陣だ。逃げ場がない。


「くそっ、こいつ、やっぱり普通じゃねぇ……!一体何なんだ!?」


 ゼルガーさんが、歯ぎしりしながら呟く。その表情は、怒りと焦りに満ちていた。


「師匠も気をつけてください!」


 圧倒的な力を前に、アルムたちに勝算はあるのだろうか。絶望的な戦いが、今、始まろうとしていた。


 アルムは、全身の力を込めて剣を握り締める。恐怖に震える手を必死で抑えながら、狂剣士に向かって踏み込んでいく。


「来いっ!化け物!」


 アルムの叫びを合図に、壮絶な戦いの火蓋が切って落とされた。


 ***


「剣士院に行方不明者がいるそうだな。魔道士院からも高位魔道士が数名消えたと聞く」


 大聖堂に立つ法皇ローグ・アウラムの前で片膝を折るランボルトと、魔道士院の魔道士長。


「は!依然行方はわからず、捜索隊を結成した所です」


 ランボルトの返答。少しの静寂の後、法皇が話始めた。


「実はな……。シュナンの行方もわからんのだ。謀反でも企てているのかとも考えたが、この国を誰より想うシュナンが謀反とは考えられなんだ」


「とにかく、捜索隊をすぐに動かしなさい。なんとしてもシュナンと失踪者を探し出すのだ」

「は!」


 法皇の強く握った拳は震えていた。

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