第八話 守り人アルム

「びっくりしたよ。まさかキミとゼルガーさんが知り合いだったなんて」

「バルガ・ルーンヴェイルんとこのお嬢ちゃんだな、大人っぽくなったな」

「はい。ご無沙汰しております、ゼルガーさん。直接お話しするのは初めてですね」

 

「あ、顔見知り……なの?」

「当たり前ぇだろ。俺、一応『守り人』なんだからよ。あ、今年からはアルム、お前が『守り人』だからな!明日の正午に大聖堂へ行くのを忘れんなよ」


「そうそう、私もそれをキミに伝えに来たの」


 どうやら剣闘大会の覇者になった僕の『守り人の儀』が行われるらしい。


 ***


 高位神官たちが、ゆっくりと詠唱している。

 その中央で、法皇ローグ・アウラムから宝玉が埋め込まれたブローチを授与される。僕はそれを恭しく受け取ると、別室に移動し、当代の『鍵守』カール・アティスから、『鍵守』と『守り人』の説明を受けた。


 鍵守になれるのは、アウラム家、アティス家、ルーンヴェイル家の一族のみで理由は定かでない。現在、その血筋は現在八人のみであるが、実際は、嫁いでいった者などを含めると世界に多くいる。


 だが、修行しガリア神殿で最終洗礼を受けなければならないため、実質は、やはり八人なのだそう。百年前に『守り人』の選定のために剣闘大会が初めて開催され、以降は覇者が『守り人』となった。そのときの『鍵守』は現法皇の祖父ラグナ・アウラム。そして初代『守り人』の名はダルスと言った。

 

 ――父さん。本当に百年も前に生きていた人なのか……。


 十年に一度、始まりの地に赴き厄災を鎮めるのが『鍵守』の役目であり、その護衛をするのが『守り人』。歴代の『鍵守』中には道中で帰らぬ人となる者も幾人にかいたらしい。その「十年に一度」は、あと二ヶ月あまりに迫っている。


 そんな、小難しい歴史の話しが終わると、『守り人の儀』の一切が終わった。


 ***


「どうだった?生臭坊主の説法は。だるかっただろ?がっはっは」


 大聖堂の外で待っていたゼルガーさんが肩を寄せてくる。

 一緒に待っていたファリンも嬉しそうに話しかけてくる。

 

「さて、今年は大変だよ。厄災を鎮めに行く年だからね!やっぱり一緒に旅をすることになったね」

「若い二人のお邪魔虫になっちまうが、俺もその旅、一緒にいくぜ。一〇年前に一度行ってるからな。道案内は任せとけ」


 ――心強い……が、なんか残念というか……複雑な気持ちだ。


『約束の地』

 この大陸の中央に位置し、険しい山道を幾つも越えた先に、切り立った岩が群となった楯状火山がそびえ立つ。その中腹に『約束の地』は存在する。

 

 山道を登りきると、突如として開けた空間が現れる。そこは一面の岩場で、植物一つ生えていない。ただ、岩場の中央に、巨大な岩の門が佇んでいる。「扉」と称されるその門は、大人の身の丈の四倍ほどの高さを誇り、その存在感は圧倒的だ。

 

 扉の前は五〇メートル四方ほどの広さがあるが、そこは常に分厚い雲に覆われ、太陽の光は一切差し込まない。まるで、この場所だけが世界から切り離されているかのようだ。

 

 岩場の地面は冷たく、空気はどんよりと重い。かつてここで何があったのか、そしてこれから何が起ころうとしているのか。その全てが謎に包まれている。

 

 訪れる者を拒むかのように聳え立つ巨大な扉。その先に何があるのか、誰も知る由もない。

 

 ただ一つ確かなのは、この『約束の地』が僕らを待っているということだ。


 ***


 約束の地への道のりは、距離、高低差、険しさから旅としての難易度は高いと聞く。一度、カルディアの街へ南下し、そこからは東の森、平原と進む。


 馬車に乗り込み、カルディアへ出発する。ゆっくりと馬車を進める街中で、部下二人を連れたランボルトさんと遭遇した。


「おう、アルム。約束の地へ向けて出発か、俺も鍵守として一度行ったことがるが、あそこは……」


 幌からゼルガーが顔を出す。


「お、ランボルトじゃねぇか!決勝みてたぜ。ウチのアルムは強かったろ」


 咳払いをしながらランボルトはゼルガーから目を逸らした。一〇年間負け続けた相手だ。やはり苦手なんだろうな。


「そうだ。ちょっと耳に入れておきたいことがあってな……」


 ランボルトさんは小声で話始めた。

 ここ数日の間に、剣士院の剣士が四人失踪した。しかも、剣闘大会の決勝に残っていた精鋭ばかりだ。失踪した剣士たちは前々から怪しい行動を取ることがあり、ランボルトさんも目を光らせていたらしい。


 「今年は、鍵守や守り人が交代し、今年は厄災を鎮める年でもある。十分に注意してくれ。捜索隊も結成するところだ。もしなにかわかれば教えてくれ」


 今にも雨が降り出しそうな、厚い雲が僕たちの旅立ちを眺めている。

 これから巻き込まれていくトラブルを暗示しているかのように。

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