第三話 カルディアの街と少女

 食堂で話しかけてきた少女はファリンと名乗った。

 さすが都会は可愛い子がいるんだな。

 耳朶が熱を帯びていく。


「い、いや。剣士院ではないよ。なんで?」

「その剣の鞘……ケハイデス教団の紋章だから」

「あ、このマークか。これは、ぼ……俺の師匠から譲り受けたものなんだ」


 ――ああ。初めて自分のこと『俺』って言った。


 ふふっと微笑むと、ファリンは僕の目の前の席に座る。

 村にいた三年間、女性といえばマーサさんや近所のおばさん。若い子といっても近所の子供たちくらいだ。同世代の女の子と話すことが無かった僕にとって、この眼前に輝く可愛さは、師匠と真剣勝負をするより酷だ。心臓は盗賊たちと対峙してた時より速い鼓動を首筋に伝える。


 一緒に食事をしながら、お互いの身の上話をした。要約するとこうだ。

 ファリンはケハイデス教団の高位神官で、その中でも御三家と呼ばれる一族で、重要な役目を担う神官の候補だ。御三家から一人ずつ選ばれた候補たちは『最終洗礼』という儀式を受けるために、この街から程遠くないガリア神殿に行く必要がある。


 ファリンもこの『最終洗礼』を受けに行く途中だったが、ガリア神殿に向かう途中、護衛の剣士院の剣士がモンスターに襲われ重傷を負ったためこの街に引き返して来たそうだ。期限内に最終洗礼を受けるためには教団都市マディアに戻っていられないために替わりの護衛を探している。

 ――とのこと。


「だからね、アルム君。私の護衛になってくれないかナ?」

「え、あ、いや。ぼ……俺、剣闘大会に出るからなぁ」

「大丈夫よ。ここからガリア神殿に行って帰るまで三日だけだから。しかも!その後は馬車でマディアまで送ってあげるよ。だから、ね!三日間限定でさ」


 その上目遣いは反則だ。

 なんなら、この子と三日間も一緒にいられるなんてご褒美じゃないか。

 僕の首は縦に振る動作しかできない機構となっていた。


 「じゃぁ決まりね!野営をすることになるから、今から買い物をしましょ」


 女の子と二人で野営……。

 神様って本当にいたんですね!ありがとうございます。ありがとうございます。


 食堂を出ると、ファリンの馬車が停めてある場所へ行き、買い物リストを作る。

 テントなどの野営道具の準備はあるとのことで、必要なのは、 食料、ポーションなどの薬の類。あとはファリンの好物のお菓子だそうだ。


 ***


 ――護衛一日目


 ガリア神殿は街道沿いではなくガリアの森の真ん中に位置する。従って馬車ではいけず、徒歩で行かなければならない。大きな荷物は必然的に僕が背負うことになるが、重りを担ぎ山を走り回る修行を日課としていた僕にとっては昼飯前だ。

 

「ここらへんからモンスターが出るから気をつけてね」

「モンスターってどんなやつ?」

「私たちが襲われたのは、ワーベア」

「ふーん。強い?」

「キミ、ワーベアを知らないの?普通の人は出会ったなら、生きることを諦めるくらい強いよ」

「ぼ……俺、モンスターがいない村にいたから」

「キミさ、一人称、『僕』でいいわよ。毎回言い直されたらこっちが恥ずかしくなっちゃう」

「///」

 

 ――ん?人間でも獣でもない臭い。森の木々を揺らす風に乗って鼻に感じる。

 初めて嗅ぐけど、モンスターってこんな臭いなんだな。


「ファリン、下がって。モンスターだ……たぶん」

「え?キミ、わかるの?」

「小さい頃から鼻が良いんだ」

 

 それは、生い茂る木々の影から唸り声と共に飛び出してきたが、身構えていたおかげで対処が出来た。振り下ろされた図太い上腕の先に生える長く鋭い爪を躱す。

 モンスターと言っても所詮は熊だ。――大きさは2倍以上ありそうだけど……。


 ***


「師匠……今日も山ダッシュですか?はぁはぁ」

「そうじゃ。この辺りは熊が出るから体力を残しながら全力疾走するんじゃぞ」

「体力が残らないから全力なんじゃないですか……はぁはぁ」

「息切れするのが早いのう。まだ走り始めて一時間しか経っておらんじゃないか」


 ガサガサ


 「ほれ、熊が出たぞ。気をつけて倒せよ」


 ***


 師匠との修行が懐かしい。あの時の熊は怖かったなぁ。

 それに引き換え、目の前の大きな熊みたいなモンスターにそこまで恐怖を感じない。

 上腕を振り下ろす爪での攻撃、一度止まって噛みつく、噛みつきが成功すると両方の上腕で抱え込む。


 ほらな。うん。

 ――倒せるな。


 ワーベアは威嚇の仁王立ちから、上腕を振りかぶる。

 それを大きく後ろにステップで躱し、剣を振り下ろすとワーベアの鼻の辺りを切りつけた。

 嫌がって顔を背けた反対側に回り込み、脇の辺りに剣を突き立てる。


 心臓だか、核だかはわからないが狙い通りの場所に深く刺さると同時に唸り声を上げながらワーベアは事切れた。


「ふぅ。これ……食えるのかな」

「食べたら魔素中毒になっちゃうよ!というか、キミ!強いんだね」

「いや、ちょっと大きな熊と変わらないし。剣士なら誰でも倒せるでしょ」

「私の護衛の剣士……精鋭だったんだけどナ」

「規格外か!キミは」


 !痛たた。

 避ける間合いを見誤ったか。

 左の太腿から血が出ている。


「前言撤回。あのモンスターやっぱり強いや」

「あちゃー。傷、浅くないね。ちょっとそのままにしていてね」


【∫˚ß˙∆¬∫å˙¬∆ƒ∫¬∆®∫ƒ∂∆……åøå˙ƒå∆】

回復ヒール


 傷口がグズグズと小さく動き、組織同士が繋がっていく。徐々に薄れていく痛みと同時に傷口は何もなかったのように塞がった。


「すげぇぇぇ!なにこれ」

「回復の魔法だよ。こう見えても高位神官ですから。私」

「でも、治っていく途中って、結構グロテスクなんだな……」

「そんな事言うなら、次から治してあげないんだから」


 ***


 街から程遠いこの場所は灯りが無いことの引き換えに散らばる星たちが輝いている。

 今日はこの星たちがみえる少し開けた場所で、野営をする。テントを2つ設営し薄手の毛布を押し込む。焚き木に火をつけると、ファリンがシチューを作り始める。


 食後、焚き木の前に座りカルディアの街で買ったお茶を淹れた。


「私ね――」

 

 ファリンが話始める。遠くを見つめる瞳には星が映って、なにか悲しそうに見えた。

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