第四話 鍵守とガリア神殿

 ケハイデス教団の御三家は現法皇のアウラム家のほかにアティス家、ルーンヴェイル家の家系が『鍵守かぎもり』の役目を担う。十年に一度訪れる『厄災ディレンマ・テンペスト』は一度世界に発生すると七日間で世界を破壊してしまう。この厄災が世界に発生しないようにするのが『鍵守』である。


 十年に一度、御三家の血統の一人が『鍵守』として厄災を鎮めるために『始まりの地』にある扉へ赴く。ケハイデスの歴史の中、多くを輩出してきた家系がファリンの一族で、先代の鍵守はファリンの祖父であった。


 年に一度行われる剣闘大会は、鍵守が始まりの地に赴く道中の『守り人』を選ぶための大会で、現在の守り人は十連覇している凄腕の剣士。


 今年ガリア神殿で最終洗礼を受ける鍵守候補は三人。一族の期待を背負いなんとしても鍵守になることがファリンの願いだった。


「さすがに夜は寒いね。そろそろ寝ようか。明日はガリア神殿、しっかり護衛よろしくね。アルム君」


 ***

 

 ――護衛二日目


 ガリア神殿が眼下に見える。苔むした大きな石のブロックで建てられた神殿は、重ねた時の長さを感じさせる。


 神殿から出てくる長身の男と複数人の護衛の剣士が歩いてくる。

 ファリンが駆け寄り話しかけた。

 

「シュナンさん!最終洗礼はどうでした?」


「お前には無理だ。やめておけ」


 男は視線も合わせずにそのまま通り過ぎていく。

 ――感じ悪いヤツだな。


「おいファリン。なんだよアイツ」

「法皇の息子……。同じ鍵守候補。昔は優しかったんだけどナ……」


 

 微妙な空気の中、ガリア神殿への入った。

 

「わ。暗っ」

「ちょっと待ってね」

【Ω≈åß∂¬ƒ˚∆∑ø¬˚ß˚ƒå∑ø・ƒƒ∂˙ø˚å∂ƒ∆】

聖なる光ホーリーライト

 

 ファリンの近くから順に通路の奥までの魔導蝋燭が光を灯す。


 ――すっげー。魔法すっげー。

 魔法の万能性に心の底から羨ましいと思った。

 

 通路を進み、突き当りの階段を下り折り返す。

 魔導蝋燭にファリンが光を灯し、また階段を下りて折り返す。

 地下三階の道を突き当りまで行くと、少し開けた場所に出る。

 中央の床には古代語の様な文字が円形に彫刻されていた。


 【Ω≈åß∂¬ƒ˚∆∑ø¬˚ß˚ƒå∑ø・ƒƒ∂˙ø˚å∂ƒ∆】

聖なる光ホーリーライト


 光はファリンの体をすっぽりと包み込み、床の文字が呼応するように光りだす。

 すると、正面の壁が光を帯びた。


「この先で最終洗礼を受ければ終わりだから、ちょっとここで待っててね」


 そう言うと、ファリンは光る壁に入っていく。

 まるで、水面にゆっくりと浸かるように姿が消えた。


 二時間くらい経ったのだろうか。

 暇で仕方ない。モンスターでも出てくれれば暇つぶしになったのにな。

 剣で素振りをしながら時間を潰していると、光る壁からファリンが出てきた。


「お!戻ってきた。終わったか?」

「……ダメだった……アルム君、帰ろう」

「え?どうして?」

「私には……できない」


 暗く淀んだファリンの表情にそれ以上声を掛けないほうがいいとも思ったが、一先ず神殿を後にする。


「もうすぐ日が暮れるし、今日は神殿の近くで野営にしよう」

「……うん」


 ずっと項垂れているファリンの代わりに、今日は僕が料理をする。

 器に料理を取り分けてファリンに渡すと、ゆっくりと口に運んだ。

 

「っ……何?これ」


 断言できる。はっきり言って料理にはまったく自信がない。


「干し肉茹で戻し根菜山菜混入りスープパスタ〜柑橘果実を添えて〜だ!」

「うふふ。なにそれ。すごく……素材の味がケンカしてるし」

「あはは。昔から料理がダメなんだ。料理するのは好きなんだけどな」


「……私ね、昔は魔法が全然ダメだったの。でも、魔法の光はとっても綺麗で好きだった。すっごく努力したんだよ?お父さんも厳しかったし。何度も逃げ出そうと思った。……でもね、好きだったの。魔法の光が。うまくいくとみんな、喜んでくれたし」


「じゃ、俺の料理と一緒だな。努力して、そのうちとびきり美味いもの食わしてやるよ」


 暫くの沈黙の後、ファリンの瞳に力が入る。


「……うん!私、もう一度、最終洗礼受けることにした!」


 ***

 

 ――護衛三日目


 朝早くから神殿に向かうと、最終洗礼の間の古代文字の床に立ち目を瞑るファリン。

 ――覚悟は決まったようだ。

 静かに詠唱を始め光が全身を包む。

 相変わらず綺麗な光だ。


 光る壁壁に入ってから一〇分ほど経つと、ファリンが戻ってきた。


「早かったね。どうだった」

「――うん。無事、最終洗礼を受けたよ」


 強い意志を感じさせるファリンの眼差しは、何かを悟ったような風にも感じた。


「さ!教団都市マディアに行こう!私の護衛は療養中なんだから、アルム君、しっかり護衛してね」

 

 僕たちはカルディアの街で馬車に乗り換え、教団都市マディアへと向かった。

 

 ***


 ――活気のある街並み。石畳を往来する人や馬車の群れ。

 

 教団都市マディアは一週間後に控えた剣闘大会もあり、普段より賑わっている。普段は無い屋台も、ずらりと道の両端に並んでいる。剣闘大会に出るらしき厳つい男たちもちらほらと睨みを利かせながら酒を飲んでいる。いつ乱闘が起きてもおかしくなさそうだ。

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