第12話 帰ってきたぁ~!

 まばゆい光に包まれた私達が目を開けると、そこはインジャ村の北にある岩の隙間だった。


「ほんとに戻ってきた……。よかったぁ~……」


 見慣れた光景。

 見慣れた村。

 嗅ぎ慣れた土の匂い。

 風の感触。

 木々のざわめき。


 そのすべてが私を安堵させる。


 隣には子供の頃から一緒のゴンザレス、ギグ。

 そして……。


「あんたら……ほんと~にその格好じゃないとダメなわけ?」


 締め込み姿のショウとカイト。

 昨日の私服姿を見たあとだけに、なんというか余計に目のやり場に困る。


「仕方なかろうもん。この格好やないとワープできんっちゃっけん」


「だからってその格好で村の人に紹介するわけにも……」


「っつってもいちいち着替えるの大変やけね。締め込みって一人でつけるの難しいけとよ?」


 ならなんでそんなめんどくさい格好で祭りなんか……。

 異世界人の考えることはよくわからない。


「俺もお母さんに着けてもらっと~! 締め込みってゆるくなったらすぐ『ぼろん』するけん、こう……『ぎゅぎゅっ!』っと食い込ませないかんけんね!」


 そう楽しそうに話す金物屋の少年カイト。


 ぽろん……?

 ぎゅぎゅっ……?

 なにそれ、よくわからない。


「おう、てめぇら? 俺たちのパルの前でなに言ってくれてんだ? あ?」

「禿同。教育上よくないなぁ、そういうのは」


 腕組みしたゴンザレスとギグが割って入ってくる。


「ちょっと、喧嘩はやめてよね? せっかく戻ってきたんだよ? あと! 私はあんたたちのものじゃないから!」


 ガザッ──。


 ん? 今、背後の草むらでなにか動いたような……。


 と思った時。


「あ~~~~~! パ、パルぅぅぅ!」


 物音のした草むらの反対側から現れたインジャ村の少年モップが、私を指さして大声で叫んだ。


「モップ! 俺達もいるだろうが!」

「俺もいるぞ!」


 不満げに存在をアピールするゴンザレス&ギグ。

 私はモップに満面の笑みで告げる。


「モップ、ただいま! 約束通り二人を連れ帰ってきたよ! あと、お土産と……異世界の人?」


 私に紹介されたショウとカイトが頭を下げる。


「どうも」

「あ、異世界人で~す」


 それを見たモップが震える。


「ふ、ふんどし……!?」


「ふんどしじゃなか~! これは締・め・込・み・ば~い!」


 ショウの声が辺りに響き、森の鳥たちがギャアギャアと声を立て一斉に飛び立った。


「あんた、そこほんとこだわるのね?」


「当たり前やろうが! この締め込みは山笠の誇りばい!」


 相変わらずのショウ。

 私はもう、すっかりさっきの草むらの気配のことを忘れ去っていた。



 ◇◆◇◆十老会議◇◆◇◆



「あらやだ~! ビチメちゃんそのお洋服にあうじゃなぁ~い!」


「そう~? ポノンさんも素敵よぉ~?」


 三賢人のうち二人、ポノンばあちゃん&ビチメばあちゃんが上機嫌で私の持ってきたお洋服を着て見せ合ってる。


「あはは~、お気に召していただけたようで~。それで……この村を拡張して阿方の山笠を手伝うって話は……」


「ん~……」

「私はいいと思うんだけどねぇ~……」


 ポノン&ビチメばあちゃんはそう言いながら、そっと三賢人のボス的存在ブルデばあちゃんの顔を盗み見る。


「…………」


 どっぷりと頭からかぶるタイプの派手な上着に金箔の塗った櫛を身に着け、シルクのハンカチ(ぜ~んぶ私の持ってきた特産品)を触りながらブルデばあちゃんは。


「ふんっ……ま、いいんじゃない?」


 と小さく漏らした。


「あ、ありがとうございますっ!」


 私は深々と頭を下げる。


「それじゃあ今後はギグが向こうとこっちの橋渡しをするので……」


「それはダメだ」


「は?」


「ギグはこっちで力仕事をしてもらわなきゃいけない。その山笠の練習の時は行ってもいいけど、それ以外の時はこっちにいてもらわなきゃ困るよ」


「じゃあ……」


「モップもゴンザレスも同じさ。向こうに行って取り次ぎするのは──あんただよ、パル」


「へ……? 私が……?」


「私らはこの土地の精霊に護られて生きてるのさ。先祖代々ね。だから長くはここを離れられない。それはゴンザレスもギグも同じさ。もちろんモップもね。ただ……あんたは余所者の子供だ。だからあんたが行くべきだ、孤児みなしごのパル。あんたがね」


 ブルデばあちゃんから浴びせられるきつい言葉。

 それにショウがキレる。


「ちょっ、ババア! てめぇ、人になんてこと言いやがんだ……!」


「いい。いいの、ショウ。これは私と村の話だから口を出さないで」


「つっても……!」


「お願い」


 真剣な眼差しでショウを見つめる。


「チィ……! わかったよ……」


「これでよろしいですね、長老?」


 ブルデばあちゃんの言葉に、栄養ドリンクを飲み終わった長老様はぷるぷると震えながらいつもより心持ち強く「トンッ」っと杖を鳴らした。


 OKの合図だ。



 ◇◆◇◆馬車の中◇◆◇◆



 インジャ村の男衆三人はこの数日でたまった仕事をするために村に残り、私、ショウ、カイトの三人で近くの街まで人材の調査に出かけていた。


 私は馬に乗って、二人は後ろの屋形に乗って揺られている。


「うおっ!」


 小石を踏んで跳ねた車輪にショウが声を上げる。


「高級な馬車じゃないからね~! 舌噛まないように気をつけて~!」


 ガコンっ!


「うっぷ……! さっき婆ちゃんたちに体触られまくったともあってちょっと体調が悪かばい……」


 乗り物酔いっぽいショウとは対称的に。


「ふぅ~! 異世界ぃぃぃぃ! 俺は今、異世界の馬車に乗っと~とばぁぁぁい!」


 くりくりとした眼差しの少年カイトは、なにが楽しいのか体を乗り出して叫んでる。


「こらぁ、カイトくん! 危ないでしょ!」


「こんくらい平気やって! なにしろ俺は、この異世界で現代知識を活かして無双するっちゃけんね!」


「むそぉ~?」


 そんなもんで無双出来るんならさぞ楽でいいでしょうね。

 まったく、これだから子供は……。


「にしてもあんたたち結構重いのね。二人しか乗せてないのにあんまりスピードが出ないんだけど」


「あぁ~? 別に重くなかぞ?」


「誰かがもう一人乗っ取ったりしてね~」


「そんなわけないでしょ! この馬車には私とあんた達二人しか……」


 そう言いながら振り向いた私の目に映ったのは。


 のは──。



「あれぇ~? バレちゃったぁ~? ってここ、異世界なんだぁ? へぇ~」



 真っ白な顔。

 真っ白な髪。

 痩せたピチピチスーツの男。


「な……なんであんたがここにいるのよっ!?」


 サイコバスホスト──。


 トオルだった。

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