1章(4)さあ、夢の新居(仮)へ! …いやココは違くない?!

「……、ということが、確かにあったわよね」

 うーん、あった、とルシールは眉を寄せた。


「でも、その話に王子の姿はどこにもないけど?」

 その通りである。だが、ここ最近で、印象的な出来事といえばそれくらいだ。


「なのよね」

 ルシールは突っ込んでから、うーん、思い出す顔になった。


「帰りの鳳大路……、といえば、ベル、誰かを道案内しなかった?」

「ああ? そうだったかしら」

 そういえば? ベルナデットも記憶を呼び覚ます。


 言われてみれば、帰る道すがら娼家の客引きに捕まっていた旅人ふたりを助けてやったような気が。

 その通りはお上りさんを狙って、質の悪い客引きがよくうろついている。わざとひどい方言で話して、断っているのに伝わってない振りをしてなし崩しに旅人を連れ込んでしまうのだ。


 揉めてるようだったし、進行方向にいて邪魔だったので、同じ訛りで「警邏呼ぶわよ」と突っ込んだら、すぐに諦めて客引きは逃げていった。


 彼らも仕事でやっているので、金にならない労力は払わない。

 すでに暗くなり始めていて、ひとりはフードを目深に被っていて男性だったことしかわからなかった。

 道を聞いただけなのにしつこく女を紹介するというようなことを繰り返して困っていたと説明された覚えがうっすらある。


 祭ともなればよくあるトラブルだ。そもそも、遊興目的ソレにやってくる旅人も数多い。間違えられたのは気の毒ではあったが……。


「強引に振り切ればいいのに、やたら穏便でどこかの箱入りが物見遊山で来たのかしらって、そんな会話をしたような気もするわね……」

 実のところ、ベルナデットはガイルムの占いで頭がいっぱいで、そのとき気もそぞろだった。


「確かに、話をした方は王子の従者に似てるような……?」

 え? でもそれだけのことで? 命を助けたわけでもないのに。

「他に……、ないわよね」


「その後はすぐに戻ったし。ああ、ベルがお菓子を渡してやってたかな。ほら」

 せっかく楽しみに来たのに災難だったわね、嫌な記憶で終わるのも何だから、これでも食べて。これで少しは見合うでしょう? って、とルシールはベルナデットの言葉を再生した。


「よく覚えてるわね」

 ため息をつく。そんな、野生動物の餌付けじゃあるまいし……。

「ベルの言ったことならね。何にしても、それで見初めるとは考えにくいよな。それにちょっと……」

 一瞬遠慮して、ちらっとルシールは主人を見やる。


「何よ、変な気使うことないわよ。言いなさいよ」

「頼りないというか、大丈夫かなと……。本当にそれが理由だとしたら。お顔はベルの好みぴったりかもしれないけど、アルノー様がなんとおっしゃるか」


「それよねえ……」

 馬車はちょうど屋敷に到着した。制止する振動を受けながら、ベルナデットは大きく息を吐いた。


(お母様はお顔重視だけど、お父様は腕力重視だもの)

 それが両立する男なんて、一体どれほどいるというのか、というのもベルナデットの縁談を難しくしている要因だといえた。


 が、それはまったくの杞憂だった。


(どういうこと?)

 二日後、首都にある辺境伯の別宅にて、ベルナデットは居心地の悪い思いをかみしめつつ、にこやかに会話するふたりを見ていた。


 笑顔だけは何とか絶やさすにいる自分を褒めてあげたいと心底思った。

 翌朝、首都に到着したベルフォール辺境伯と、さっそく面会を取り付けたノレイア王国の王子のふたりは、年齢差を超えて速攻意気投合してしまったのだ。


 付き合いの薄い相手には寡黙で通す父親が、あんなに朗らかに対応するところをベルナデットは初めて見て、内心かなり驚いた。


 正直にいえば薄気味悪ささえあった。

 しかし、娘を片付けるために必要以上におもねるような父親ではない。

(何がお父様に響いた?)


「それはそうと、アデル殿はなぜ娘を?」


 話の性質上、当然出るだろう、そしてもっとも懼れていた質問を聞いたとき、ベルナデットはぴっと背筋を伸ばし、部屋を退出したくなった。


 が、隣りで控えた母がぎゅっと袖をつかんで離さない。

 事情は聞いてるわよ、と母の目が静かに怒っている。


(あー、月琳が報告したわね)

 いや、それで正しい。後からわかるよりはずっとマシだ。

 もっとも、後できっちり締め上げられる事態からは逃れられなくなった。


「こちらに赴いてから所用があり、市井に出たはいいのですが、この通りの田舎者ですから、すっかり迷ってしまい……。その際に、ベルナデット嬢に道を教えていただいたのです」

 こともなげに説明して、にこっと笑う。


(あっやっぱりあのときのお上りさんだったんだわ)

 まずはほっとした。完全なる人違いではなかった。


「ほう? 道を? また娘はどうしてそんな場所に」

 男の笑顔でごまかされはしない。きらっと強い視線がベルナデットを襲う。娘は視線を泳がせた。


 まずい追撃が来てしまった……。


「ああ、どうか。それは、責められぬことかと」

 柔らかくアデルは微笑んで、手にしたカップから一口飲んだ。


「高名な占い師のガイルムが来ているため、貴族だろうと庶民だろうと妙齢の女性はこぞって訪問されたとか。お聞きではないですか?」

 さらりと言われると、首都の流行などには疎い男なので、アルノーは、そ、そうなのか? と首を傾げた。


「やはり女性にとって婚姻相手は、一生を左右する重大事ですから、みな何かしらの手がかりが欲しいのですよ。母君もおわかりになるのでは? 乙女心ですね」


「その気持ちは、私もわかりますわ……」

 話題を振られて、イネスもしみじみ呟いた。自分たちの出会いとなると、アルノーもイネスも他人のことは決して言えた義理ではない。


「それよりも」感心したのは別の件なのですよ」

 アデルは、ベルナデットが市場でエルフの少女をかばったことを簡単に説明した。

 イネスの眉がぴくぴくと痙攣する。そこは聞いていなかったらしい。


(まずい……)

 令嬢にはあるまじき行為だ。


 なのに、アデルは愛おしい者について語るかのごとく熱っぽい口調で彼女を褒め称えた。


(いえ……、そこは一番さらっと済ませて、詳細は伏せて欲しい……)

 ベルナデットはきゅっと唇を噛んだ。胃がきりきりする。


「辺境伯にはご理解いただけると思って、正直に申し上げるのですが、我が国は古来より質実剛健を旨とした素朴で無骨な国風をしております。異境にも間近く、異類との血を交えた国民も存在しているのが実状です」


 アルノーは頷く。

 その辺りの事情は、ベルフォールと大差ないと容易に想像できた。


「妻を娶るにあたり、そうした者への偏見があってはなりませんし、そのような他者を見過ごしてもなりません。とはいえ、数刻手を取り合って踊った程度で、ひとの心根までもわかるものでもないでしょう。その点には不安を感じて首都まで参ったのですが……」

 アデルが優しく笑いかけたので、彼女は椅子の上でもう一度背筋を伸ばした。


「貴女がいらっしゃった。とても、お見事でしたね」


(いえいえいえいえ……)

 アデルの笑顔を控えめに受け止めた後、両親の目を恐れて彼女はするーっと視線を流す。


(大立ち回り寸前でしたすいません……)


「それはそれは……。お恥ずかしいこと」

 ほほほ、と笑いながらもイネスは頬をぴくつかせている。啖呵のひとつも切っただろうと察しがついているからである。


 大丈夫! ご心配なさるほどではありませんわよ、お母様。手は出していません、と小声で弁明したが、無視された。

 娘の自己申告は常に過少ぎみだった経験から信用されていなかった。


「いえ、ご謙遜なさらず。ご両親の良き影響でありましょう。こう表現するのは気恥ずかしいものがありますが、私は胸がときめくのを覚えました」


(よっし!)


 要は、この美形の好みは他人とはちょっとズレている、というわけだ。

 よかった。人違いでも勘違いでもなさそうだ。ふう、と母娘双方の緊張が解ける。

 ベルフォール一家にとって一番の懸念事項は、それだった。


 前夜、イネスとベルナデットは迎える準備をしつつ、「とにかく、お父さまの前で、間違えました、だけは起きないように」と祈っていたのだった。


 直前でひっくり返されては困る。もうゼヴラン第二王子のような期待外れはまっぴらだった。で、あれば縁談を進めるのに支障はなかろう、と辺境伯夫妻は目配せし合った。もとより身分の釣り合いなど条件は申し分ない。


「実は、私の方から提案……、というかお願いがあるのです」

 ん? イネスの顔が曇る。

 さっさとこの困った娘の嫁ぎ先を決めてしまいたい。楽になりたいのに。


「私は、ベルナデット嬢を一目見て好ましいと感じましたが、はたして貴女はどうでしょうか?」

 自信なげに目を伏せる。


 は? え? イネスとベルナデットは顔を見合わせた。

 いや、この人の最重要条件は、かなり高い位置でクリアしてますけど?

 と、賢しい弟がいたら、即突っ込んだであろう。余計なことを言いそうな少年は、本日は外にお出かけさせられている。


「我が国に来ていただくことになれば、生まれ故郷からも遠く離れることになります。今よりも一層に」

「それは、まあ……」

 でも、令嬢の婚姻とはそういうものでは? とイネスは内心考えるけれど、意図をつかめないので黙っている。


「私はこの通り、気の利かない不調法な田舎者でもあります。首都で育った女性には物足りなく感じることも多いでしょう」


(いやいやいやいや!)


 自信なげな態度は、どうやら本気らしい。

 今でこそベルナデットも首都で令嬢教育を押し付けられてはいるが、ベルフォール領は洗練された地方の小都市ではない。


 父親である辺境伯は外見こそ端整だが、その本性はほとんど熊のようなものだし、有力な部下たちも熊、熊、熊、ときどき虎、といった具合である。


「婚儀が済んでから、やはり帰りたい、寂しいと離縁されるのでは、私には辛く、苦しいことになるでしょう……」


 それはない。ないない。

 絶対ナイ。保証する。


 母娘は同時に内心突っ込んだけれども、さすがに口には出せなかった。

 親バカの父親の方は、「確かに、娘は父親っ子で甘えん坊なところが……」などと幼い日の幻覚を見て納得している。


 え、誰の話? とイネスの目が見開いた。

 失礼、とアデルは立ち上がり、ベルナデットのソファの前で膝をつき、彼女の手を取って小首を傾げた。


「私は、貴女に結婚を申し込みたい……。それが貴女にとっても幸せなものであって欲しい……。だから、一度我が国に来て、飾りのない本当の姿を見定めて欲しい。私の国は王国といっても、決して大きな国ではない」


(ここ、前のめりにイエスって十人が十人返事をしちゃうところじゃない?)

 ベルナデットはくらくらしていたが、イネスの方はやはり冷静だった。


「それは……、嫁入り前の令嬢が婚前旅行をすることになってしまいますが……」

(え? それ、お母さまが言う?)


 母の心配は一見もっともだが、少女の頃に結婚相手を探しに出奔した女に言われたくはない。それでも、娘の悪評が強まる可能性を懸念していることは、ベルナデットも理解はできた。


 選ばなければ、掴み取れない。

 ガイルムの言葉を思い出す。


(ここが、決めどころかも)

「いえ、構いませんわ」

 ベルナデットは王子の手を軽く握り返した。


 この縁談を逃せば、これ以上の話はないだろう。それだけは間違いない。

 彼女にとってあるかどうかもわからない、あやふやな名誉を優先して蹴ってしまうことはできないし、実際、国土も見ずして遠方に嫁ぐというのは不安要素が大きい。


 なにしろ、まるで知らない国だし、気候風土もまるで知識がない。

 それに、これでさらによくない噂が立ったとしても今更ではなかろうか。


(そうね)

 余計な箔がついたせいで望まぬ結婚になるくらいなら、一生嫁かず後家として実家でのらりくらり居候した方が遙かにいい。リュカは嫌がるだろうけども、知ったことではない。


(断然マシだわ)

 毅然と、だが、彼女はそんな計算はおくびにも出さなかった。


「母上のご心配はごもっともですけれども、私の身に不名誉なことは微塵でも起きはしないでしょう。きっとアデル様がお守りくださると、私は信じます」

 強い決意のこもる瞳を見て、王子の心も震えたようだが、その意味合いは少し違っている。


(そうよ、どっちに転んでも自分に損はない!)

 とにかく、一番の窮地はこれで脱せるはずだ。

 準備に数日はかかるだろうからと、段取りの相談を後日に回して王子はすっと立ち上がった。ベルナデットも立ち上がる。


「今日は、この辺でお暇しましょう。私は、まだ婚約者とも名乗れない身ですから」

 いえいえいえ。自称していただいて一向に支障はありませんが?

 またもや母娘の思いはシンクロしたけれども、ベルナデットは無難に、はい、と目を伏せた。


「そうだ。いただいたお菓子、素朴でおいしかった。我が国にはないものだったから」

 これ以上何かしていた? イネスの頬がぴくぴくと痙攣する。


「お、お恥ずかしいことですわ……」

 ベルナデットは初めて真っ赤になった。

 屋台売りの駄菓子を王子に、しかもついでっぽくあげて、ドヤ顔なんて、さすがにちょっと……。いくらなんでもみっともなさ過ぎた。

 地元で、子供たちにお土産としてあげるのとは話が違う。


「こちらの名物なのかな? 貴女も作れたり、する?」

 まさか。軽く頭を振って否定する。

「そうか……。じゃあ、買って帰ろうかな……」

 独り言のようにこぼして、彼はにこっと笑った。そうすると意外にも素朴な表情になって、それも魅力的だった。


 外見からは想像できない面もあるのかもしれない……。思ったよりも可愛らしい面が。

 なんとなく、ベルナデットはそう感じた。


 ベルフォール家に否やはないので、話はとんとん拍子に進み、一週間後にはベルナデットは婚約者(仮)であるアデルと共に出立する手はずになった。


 さすがに一人で行かせることはできないので、お付としてルシールが同行する。本来ならもっと多人数で、としたいところだが、それは王子たち一行がよい顔をしなかった。

 信用していないと思われるのはという種類の不興ならわからないではないが、どうやらそういう話でもないらしい。


 何か隠している?

 ルシールは、王子たちを少し胡散臭いと感じていた。

 ベルナデットは主人としてはいい部類だし、自分としては大切な相手だけども、一目ぼれされるようなタイプではないとわかっている。


 本人は隠しているつもりだけれど、少しやり取りするとガサツな性格がにじみ出る。外見に反して、夢見られるようなその辺のお嬢様ではない。


 そこが自分は好きだけど、と心のうちでもルシールはフォローしてしまう。

 とはいっても、王子の態度にそつはなく、裏のあるような人物にも見えない。穏やかで優しく、丁寧で……。だからこそ余計に疑問でもある。


 何故、そんな人が婚活を? 前大公妃の血縁なら何かしらの縁談が持ち込まれるだろう。その上あの外見である。

 何にしても自分がいれば、万一があっても問題ないだろう、と彼女は結論した。

 腕には覚えのあるルシールだ。


 晴天の朝、辺境伯の仕立てた馬車に乗り込んで、ベルナデットと側仕えは一路ノレイア王国に出立した。


 その姿を一番喜んだのは当然ながらリュカだった。なんならそのまま嫁入りしてくれてもかまわない。むしろ、帰ってこなくてよかった。


「弟君は泣きださんばかりだけれど、実のところお寂しいのだろうな」

 アデルは思いやりに満ちた声でそうベルナデットに言った。


 兄弟はいないというアデルは少しばかり幻想を持っているようだったので、誤解はそのままにしておこう、とベルナデットとルシールは頷き合った。


 幸い、リュカは生意気なその口を閉ざしたままでいる。失言で破談になったりでもしたら、彼にとっても大変な惨事になるので、そこはわきまえている。


 首都での半月ほどの逗留を経たアデルたちにとっては、やっとの帰郷の途になる。

 目になじんだ白亜の街並みを抜け、数百年前に整備された古い石畳の街道を北西に向かう。春が進んで初夏に向かっている、旅にはよい季節だ。


 それから首都近郊にある、有力貴族たちの狩場である幾つもの森の間を抜けていく。管理された森は大人しく、ときおり動物が顔を見せては引っ込む。

 この辺まではベルナデットも父のお供で来たことがあった。


(お父様が仕留めた鹿、見事だったわねえ……)

 捌いた手際も味も含めての懐かしい思い出である。アルノーはいつも野外用にスパイスと火種を持ち歩いているので、即席の宴会になった。


 風景は次第に鄙びていく。

 近隣領主の支配地への出入りのため、手形の確認を幾度か行って、さらに道を往く。


 街道はだんだんと古く荒れた風情のものに変貌し、周囲も山がちになってきた。緑も、もはや人間の手から離れている。

 わざわざ外を眺めなくても車輪の振動がそう伝えてくれた。


(わかっていたけれど、遠いな……)

 まだ郷愁はない。ないけれど。

 馬車内と馬上とはいえ、余計な感想が聞こえてはいけないので、ふたりは目で会話し合う。

 

 途中で二泊ほどして、さらに北へ。

 周りは完全に山岳地方のそれになっていた。同じ国内であっても言葉も少し違っていて、休憩のときに聞く響きが異国情緒を高めた。


 空気も多少冷たい。気候が涼しいのだ。

 目的地に着いたのは、出立から三日目の夕方、薄暗くなり始めた頃だった。

 馬車がきゅっと止まり、アデルが話しかけてきた。


「行きに使った道が一時閉鎖になってしまったもので、遅れました」

 お疲れになったでしょう、と気遣うアデルの手を取って、ベルナデットは馬車の扉からそっと身を乗り出す。


 いいえ、と社交辞令を口にするものの、長時間の悪路は正直とてもしんどかった。これなら騎乗した方がましだったかもと思うほどには。


(次の機会があれば、馬でお願いしようかしら……)

 途中から道も悪くなって酷い揺れに悩まされた。

 そこから解放されるのは、とにかくありがたい。ひとまずは身体を休めることができる……。


 ほっとしながら頭をあげたベルナデットの前で、アデルは空いた片手を広げて、さあ、あちらでお休みください、と今宵の宿を示した。


「まあ……」

 どのような館であっても、控え目であっても、必ず! 確実に! 褒めるようにとイネスに大きな釘を深く刺されていた彼女はすうっと息を吸って、定番のセリフを唱えようとした。


 壮麗なら、大きなお屋敷ですこと!

 小ぶりなら、瀟洒な建物ですこと!

 古びていても、伝統を感じますわ、とか、垢抜けなくても、温かさがありますのね、とか。


 ありとあらゆるパターンを道すがら想定してきた。

 その成果が発揮されるときだった。


「とても……。すてき……」


 すてき……。


 すてきな……。


 彼らの目前に鎮座するのは、大きくて立派な…… 茅葺の家屋だ。


「……。カントリー調の、おうちですこと……」


 ベルナデットはかろうじて、言葉をひねり出した。


 燃えるように真っ赤な夕焼けのなか、宮廷画家の描いた一枚の絵画のごとく、それは静かに佇んでいる。どうひいき目に見ても、地方の大地主が住まう広大な古民家である。


 見回してもほかに屋敷などはない。手入れされた敷地にぽつんと一軒家。

 ルシールも目を丸くしている。


 ちょっ……? えええ?

 大きい。確かに立派。この規模はない。でも。


(これ、農家じゃーん!!!)


 どういうことなのー?!

 ベルナデットの声なき叫びは、暮れなずむ山稜に溶けていく。


 夕陽が、美しい。


 アデルの嵌めた紅鋼玉の指輪のように深く濃く、ゆったりと闇に堕ちていった。

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