旦那様がくれたもの

2日目 21:30


―キッチンのナイフと仏郷ふつごうが行方不明になった夜―


 宇曽うそ暮田くれた巌内いわないは3人でリビングの丸テーブルを囲んでいた。誰が口を開くでもなく、重苦しい空気がただ流れていた。暮田くれたは一瞬ため息をついて肩を落とすと、顔を上げて2人に告げた。

暮田くれた「…さぁ、夜も遅い。僕たちにできることは全てやった。今日はもう休みましょう。」

宇曽うそ「…本当に…俺じゃない…俺はなにもしていないからな…」

巌内いわない「誰も貴方あなたのせいとはいっていないでしょう。もう休みましょう。私も今日は疲れました。皆様、お休みなさい。」

 浮かない顔をした巌内いわないが先に席を立ち、リビングを出て行った。

宇曽うそ暮田くれたさん…信じてくれ…俺は本当に何もしていないんだ…」

暮田くれた「犯人捜しをしても仕方ありません。仏郷ふつごうくんと比嘉井ひがいくんが無事でいることを祈るだけです。さぁ、君も休みなさい。」

 背中を丸くした宇曽うそが部屋へ戻っていったのを確認すると、暮田くれたは2人分のグラスとワインをトレイに載せ、少量のミックスナッツを皿に入れた。そうして部屋のドアの前でミックスナッツを片手でつまみとると、一粒を口に入れ、残りをパラパラとガラスの皿の上に落とした。

 ベットの横でスーツを脱いでいるとドアをノックする音がした。


―コンコン―


暮田くれたはそっとドアを開けた。心配そうな顔つきの巌内いわないが廊下に立っている。

暮田くれた「おや。どうしたんだい。外はまずいから、一旦中におはいり。」

 そう言って暮田くれた巌内いわないを部屋に招き入れた。

暮田くれた「一人では心細くなったのかい?隣の部屋の方が鍵もあって安全だけれど。」

巌内いわない「はい…色々と不安なことが多すぎて…少しだけ、ここにさせてもらえませんでしょうか。」

暮田くれた「僕は構わないよ…きっとキミは僕のところに来るだろうと思っていたし。少しだなんていわず、朝まで一緒にいたって構わないのだよ。」

 暮田くれた悪戯いたずらに笑うと2つのグラスにワインを注いだ。巌内いわないは少し口をとがらせて赤くなっている。

暮田くれた「ふふ…可愛いサティ。ところで、キミは宇曽うそくんに見つかるのが怖くないのかい?そして、僕が犯人かもしれないと疑ったりしないのかい?」

巌内いわない宇曽うそは臆病なので…朝まで部屋から出ることはないと思います。…それに、私は…!!」

 巌内いわないは語気を強めて暮田くれたを潤んだ目で見つめたが、暮田くれたはにっこりと笑うと右手の人差し指を立てて巌内いわないの唇に当てた。

暮田くれた「その言葉セリフはもっと美しいシチュエーションの時に聞かせておくれ。サティ、僕はこれからバスルームにいってくるけれど、君はどうする?」

巌内いわない「…ええっ!?!?」

 暮田くれたは動揺した巌内いわないを見て、楽しそうに口を押さえて笑いをこらえている。

暮田くれた「冗談だよ。本当に君は素直で可愛いね。この部屋は窓も鍵もないから、上がったら君の部屋で飲みなおそう。あ、レディの前で申し訳ないけれど、ここで着替えても構わないかい?」

巌内いわない「…あ…はい、旦那様のお部屋ですので…わ、私はあっちを向いていますからね。」


 巌内いわないは体の向きを少しだけずらして、目線をはずした。暮田くれたはベッドに腰かけるとネクタイを外し、ワイシャツを脱いだ。上半身があらわになり、カチャカチャとベルトを外す音がする。巌内いわないは更に遠くに目線をやって、生唾なまつばをごくりと飲み込んだ。静かな部屋に響いたその音を聞いた暮田くれたの口元がゆるんだ。


暮田くれた「一緒に入るかい?」

巌内いわない「…!!…い…いえ、旦那様がお先に…」

暮田くれた「ふふ、残念だ。では君はちゃんと鍵をしめて部屋で待っているんだよ。あ、そうそう、サバイバルナイフは物騒ぶっそうだから、明日の朝まで君の部屋の鏡台の中にでも入れておいておくれ。」


 バスローブ姿に着替えた暮田くれたは、巌内いわないの頭から毛先まで両手でゆっくりと撫でると、キスをするかのような距離まで顔を近づけて微笑んだ。一瞬目を閉じた巌内いわないは楽しそうに顔を上げる暮田くれたを見て少しムッとした表情を浮かべた。

 右手を振って部屋から出ていく暮田くれたの後姿を見送ったあと、巌内いわないは椅子の上にあったクッションを壁に向かって投げ、それを再び拾い上げると力強く握りしめてベットに寝転がり、顔をうずめた。


 

2日目 23:00


 暮田くれた巌内いわないの部屋をノックすると、すかさずドアが開いて嬉しそうな巌内いわないが顔を出した。


巌内いわない「お待ちしておりました。」

暮田くれた「困った子だ。相手が誰かも確認しないでそんな簡単にドアを開けてしまっては、鍵の意味がないでしょう。」

巌内いわない「あ…すみません、つい…」


 巌内いわないは風呂上りの暮田くれたをまじまじと見つめる。普段はばっちりと固めたオールバックの黒髪がおろされて、ドライヤーの熱風でふわふわとしている。巌内はつい手を伸ばしてその髪に触れた。


巌内いわない「旦那様、別のお方みたい。新鮮です…」

暮田くれた「こっちのほうが好みかい?」

巌内いわない「…いえ、どちらも素敵です……」

 巌内いわない暮田くれたの髪を触ったまま切なげにその顔を見上げている。暮田くれた巌内いわないの目線に合わせてしゃがみこむと、にんまりとその顔を見つめた。

暮田くれた「サティ、さっき戻ったら僕の部屋のベットが荒らされていたよ。誰の仕業しわざかな?ベットカバーもぐちゃぐちゃ。クッションも放り投げて。家政婦だというのに、キミは一体なにをしていたんだい?」

巌内いわない「…ごめんなさい…。…だって…だって…」


 巌内いわないは今にも泣きだしそうな顔をしてうつむいた。その両手のこぶしが震えている。

 暮田くれたの顔から余裕と笑顔が消えた。


暮田くれた「…………僕だって、こう見えて必死に我慢しているんだよ…」


 暮田くれた巌内いわないを抱き寄せると、激しくその唇をうばい、勢いよくベットに押し倒した。広がった太腿ふともも太腿ふとももの間に暮田くれた身体からだはさまれた。寒いはずの室内は2人の体温で溶けるほどに熱くなる。高鳴る鼓動こどう、絡まる唾液だえき巌内いわない暮田くれたの背中を抱きしめると、その弾みで巌内いわないのバスローブのひもがはだけた。黒と白のゴシック調のレースに包まれたその中身に、その白く柔らかい素肌に、暮田くれた巌内いわない息遣いきづかいを感じながらゆっくりと舌をわせた。











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