吐(つ)いた嘘


◆2日目 11:45



 暮田くれたはガタガタと震える宇曽うそを引き連れて廊下へ出た。1階の廊下には人の気配はない。遅れて歩く宇曽うそ視野しやに入るように壁伝かべづたいに歩き、常に後ろに気を配った。2人はリビングから出て左に進み、広いエントランスホールの階段を登り、二階の奥にある執事の仏郷ふつごうの部屋の前で止まった。


―コンコン―


暮田くれた仏郷ふつごうくん、用があって下に集まってもらいたいのだが、中にいるかい。」

 中からは返事がない。暮田くれた宇曽うその方を振り返る。宇曽うそ暮田くれたに隠れるように身をかがめながら、眉毛をハの字にしてゆっくりとうなずいた。

暮田くれた「失礼、急用なので開けさせてもらうよ。」

 ドアを開けたが仏郷ふつごうの姿はない。暮田くれたおくする様子もなく、クローゼットの中からベッドの隅々まで確認する。

宇曽うそ「お…おい…どうなってるんだ…仏郷ふつごうさんはリビングにいないときはいつも、部屋で過ごしているはずだよな…」

暮田くれた「何をおびえているのですか。ただ、仏郷ふつごうくんが部屋にいなかった、それだけのことです。ほかの部屋も探しましょう。」

宇曽うそ「ま…まってくれ…少し休みたい…心臓に悪い…」

暮田くれた「いいですよ。そちらの椅子にお掛け下さい。」

 宇曽うそ仏郷ふつごうの部屋の椅子に震える体で腰かけた。

暮田くれた「………君が恐れているのは本当に”殺されること”ですか?」

宇曽うそ「ほ…他になにが…あるっていうんだよ…」

暮田くれた「いえ、ちょっと気になったもので。さぁ、行きますよ。」

 暮田くれた宇曽うそは奥から手前に向かって順番に部屋を開け、2階を一通り探し回ったが、仏郷ふつごうの姿はなかった。

暮田くれた「では、1階に行きましょうか。巌内いわないくんの部屋から行きましょう。」

宇曽うそ「…お…俺は後でいいから…暮田くれたさんがドアを開けてくれねぇかな。」

暮田くれた「…はい?貴方あなた内縁ないえん奥様おくさまですよね。僕が先に入ってよろしいのですか?」

 暮田くれたとぼけた顔で宇曽うそに返した。

宇曽うそ「…あ…あぁ…ほ、ほら!暮田くれたさんよぉ、もうあいつに近づくなって言ってただろ?だからさぁ。」

暮田くれた「確かに言いましたが…理由は本当にそれだけですか?…それとも、何か巌内いわないくんにうらまれるような事でも?」

宇曽うそ「あ…あるわけねぇだろ…!!俺たちは…お互いに愛し合っているんだ…。」

暮田くれた「…はぁ。そうですか…。まぁ、わかりました、では僕が先頭でいきますね。」

 暮田くれたはわざとらしく首をかしげると、どこともない場所に目をやって軽くニヤリと笑った。


―コンコン―


巌内いわない「はい…」

 ドアを開く音とともに普段通りの落ち着いた表情の巌内いわないあらわれた。宇曽うそはその様子に安堵あんどしたのか、廊下の壁際にもたれかかって大きく息をいている。

暮田くれた「あぁ、巌内いわないくん、良かった。実はちょっと気になることがあってね。仏郷ふつごうくんを見かけなかったかい。」

巌内いわない「いえ…朝食の後ずっと部屋におりましたので…」

暮田くれた「そうか、では3人で1階と外も探そう。」

巌内いわない「え…まさか今度は仏郷ふつごうさんが…!?」

暮田くれた「いや、ちょっと話があるのでリビングに集合してもらおうと思って。」

巌内いわない「そうでしたか。では私もご一緒させて頂きます。」

暮田くれた「ありがとう。」

 暮田くれたは後ろの巌内いわないを気遣いながら外へ出るていを装い、ドアの外にいる宇曽うそに見えないように、体の後ろに手を回し、ポケットから取り出したサバイバルナイフをこっそり巌内いわないに手渡した。

巌内いわない「…え!?」

 巌内いわないは驚いて暮田くれたの顔を見るが、暮田くれたは一瞬だけ目を合わせた後小さく首を振り、自身の口を押さえながら小声で言った。

暮田くれた「…しーっ。いいから持ってて。」

 巌内いわないは小さくうなずくと自室から出てかぎを閉めた。3人は巌内いわないの部屋からエントランスまで全ての部屋を確認し、さらに屋敷の外も一周したが、仏郷ふつごうは見当たらなかった。

 


◆2日目 12:30



 暖炉だんろの前の丸テーブルを囲うように3人は座った。

暮田くれた巌内いわないくんに伝えないといけないことがある。キッチンにあった包丁が朝食のあと行方不明になっているようなんだ。」

巌内いわない「…えっ!!??」

宇曽うそ「いや、待て。俺じゃねぇからな。俺は朝食の時は当然使ったが、洗って包丁立てに入れたんだ。間違いねぇ。誰かが持って行ったんだ。」

暮田くれた「そのような言い回しはよろしくないですね。現段階では包丁が紛失したということがわかっているだけです。」

巌内いわない「ほ…本当に!?朝は間違いなく使ったのですか?実は別の場所にしまったとか…。」

宇曽うそ「…あぁ!?なんだてめぇ、俺を疑うってのか!?俺がないっていったら、ないに決まってんだろ!!」

 宇曽うそはカッとなって立ち上がった。巌内いわないは慣れた様子で動じない。暮田くれたはそれを見てがっくりと肩を落とし、大きくため息をついた。

暮田くれた「……宇曽うそくん……」

宇曽うそ「あ…やべぇ…すまねぇ。つい…」

暮田くれた「それにしても、これで2人目ですね…一体どうなっているのでしょう…」

巌内いわない「とりあえず、包丁を探しましょう。どこかいつもと別の場所にあるだけかもしれません。私はキッチンの周りを入念に調べます。」

宇曽うそ「…おい!!そこキッチンは俺のエリアだ!!勝手に立ち入るな!!」

巌内いわない「最後に使ったのは貴方あなたです。貴方あなたにこのまま疑いがかかっているのと、どちらがよろしいですか?」

暮田くれた「…失礼ですが、僕も念のためキッチン周辺を改めて確認させていただきますね。」

宇曽うそ「くそっ…あぁ、わかったよ!!勝手に調べろよ!!」


 立ったままキッチンに背を向けて腕を組んでいる宇曽うそを横目に、暮田くれた巌内いわないたなというたなを入念に調べ始めた。









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