本音は何処に

◆◆◆


 3日目 11:30


 かかりつけ医の比嘉井ひがいの消息が不明になり、次に執事の仏郷ふつごう、そしてキッチンの包丁が消え、鏡台にあったサバイバルナイフが消えた。宇曽うそは1人で2階にいる暮田くれたは鏡台の引き出しに手を掛けたまま、もう一度ゆっくりと巌内いわないたずねる。

暮田くれた「ここにあったナイフがどこへいったか、知らないかい?」

巌内いわない「いえ、知りません。」

暮田くれた「昨日ここにしまってから、この部屋の鍵をずっと持っていたのはサティ、キミだよ。」

巌内いわない「わ…私が犯人だとでも言うのですか!?旦那様だって、この部屋にいたではありませんか。それに、旦那様なら屋敷のマスターキーを持っていたって、不思議じゃありませんし…」

暮田くれた「僕が犯人だとでもいうのかい。では、動機は何だと言うんだね。」

巌内いわない「そんな事…旦那様は昨日、おっしゃっていたではありませんか。【僕がこれからすることを許してくれるか】って…」

暮田くれた「あぁ。確かに言った。だがそれはサティも一緒ではないのかい?君は言ったね。【旦那様の手をわずらわせるまでもない】と…。サティ、真実を教えておくれ。」

巌内いわない「旦那様の方こそ…ずっと宇曽うその事ばかり気にされていらっしゃいましたよね?真実を教えて頂けますか?」

 2人は立ち上がり、少し距離を取って対峙たいじする。互いに互いの目の動きを、一瞬たりとも見逃さないようのぞき合う。

暮田くれた「……いずれにせよ、結果は一緒じゃないのかい。僕たちの気持ちは同じはずだ。宇曽うそ君の部屋を見に行ってくる。」

巌内いわない「それではまるで私が犯人みたいではありませんか。私も行きますよ。」

 暮田くれた巌内いわないはバタンをドアを閉めると、足音が響かぬよう、そっと、地面に足をるように静かに2階へと昇って行った。刻一刻こくいっこく宇曽うその部屋へと近づいていく。その一歩一歩が、二人にはまるで時が止まったかのように長い時間に感じられた。先頭に立つ暮田くれたは周囲を警戒しながら、手前の部屋から一部屋づつドアを開けていく。2部屋目のドアノブに手を掛けた暮田くれた巌内いわないの方に向き直って小声でささやいた。

暮田くれた「サティ。もし万が一、中から誰かが出てくるようなことがあったら、僕の命はないかもしれない。その時は、すぐに屋敷の外へ逃げるんだよ。わかったね?」

巌内いわない「そんな事…できるわけありません。私は一生、旦那様と添…」

 暮田くれた巌内いわないの顔の前に手を差し出すと、唇に指をあてる。

暮田くれた「今じゃない。最高のタイミングで聞かせておくれ。」




◆◆◆




3日目 12:30


 宇曽うその部屋のドアノブに暮田くれたが手を掛けた。


 静かに開いたドアの向こうの絨毯じゅうたんが、真っ赤に染まっていた。暮田くれたは込み上げた声を飲み込むように口を押さえると、顔をそむけてドアの外へ出た。その様子を見た巌内いわないは青ざめて思わずあとずさる。

巌内いわない「だ…旦那様、まさか…」

暮田くれた「見ない方がいい。下に戻っていなさい。僕が片付ける。」

巌内いわない「ですが…私も…真実を知る必要があります…」

 青白い顔のまま、暮田くれたを押しのけて部屋へと踏み入る巌内いわない。足元に広がる血の先を辿たどっていくとその主は包丁を突き刺され、床に倒れていた。凄惨せいさんな光景を目の当たりにし、過呼吸を起こして体を痙攣けいれんさせる巌内いわない暮田くれたは慌てて巌内いわないをベットに座らせると、反対を向かせてその背中を抱き、感情のままにさすった。

暮田くれた巌内いわないくん、落ち着くんだ。ゆっくり息をいて。」

巌内いわない「はっ…はああぁっ…うぐっ。……はぁ…はぁっ……おぇっ……」

 引き千切ちぎれんばかりに激しく、巌内いわない暮田くれたのシャツを引く。きつく抱き寄せた巌内いわないの胸の鼓動が、ドクドクと暮田くれたの手の中で激しく脈打っている。暮田くれたの胃がキリキリと痛んだ。

暮田くれた「……すまない。僕はとんだ誤解をしていたようだ…。でも、僕じゃないんだ…本当だ…。」

 巌内いわない暮田くれたの手を強く握ったままベットに横になり、体中で布団を掴む。悲しみか、苦しみか、喜びか、怒りか。暮田くれたには巌内いわないの涙が何を意味しているのかはわからなかった。ただ、うめいている巌内いわないをそのままにしておくことはできずに、寄り添ってその背中をさすり続ける。赤ん坊を寝かせるように、子守歌を唄うように、暮田くれたは静かに優しく声をかけた。

暮田くれた「サティ。僕がついている。大丈夫。ゆっくり吸って、いて。」

巌内いわない「………ふぅっ……かはっ!!!!げほっ……はぁ…はぁ…」

 しばらくそうしているうちに、激しく上下していた巌内いわないの肩が徐々に息の動きと合ってくる。時折驚いたように体を震わせる巌内いわないの頬に、暮田くれたはそっと自分の頬を乗せる。

暮田くれた「サティ、僕は今、君がどんな気持ちでいるのか全くわからない。宇曽うそ君がどんなに乱暴で野蛮やばんなやつだったとしても、きっと君は、彼に対してじょうが全くないわけではなかったのだろう?」

 目を閉じ、ヒクヒクと肩を動かす巌内いわないの頬には、一筋ひとすじの涙がつたっている。

暮田くれた「サティ、今は僕のことを信じられないかもしれない。でも、僕は君を信じている。そして、僕は君を愛しているし、守りたいんだ。僕は宇曽うそ君とは違う。暴力で人を支配しようだなんて、言語道断ごんごどうだんだと思っている。誤解を恐れずに言おう。僕は今、君を不安と恐怖におとしいれるものが減って、正直ほっとしている。こんな僕を、君は嫌いになってしまうかい。」


 巌内いわないは軽く体を起こすと、頬を寄せている暮田くれたの背に手を回し、抱き起こした。頭の後ろに手を回すと、息もままならない自分の口に、暮田くれたの口を押し付ける。しばらくの間そうして唇を重ね合った後、巌内いわないは目に涙を浮かべて暮田くれたに言った。






「……やっと…自由になれた……。」






「それは、君の本心かい。」








 巌内いわないは涙をボロボロとこぼす。

「旦那様、ありがとう………」






「君がそう思いたいなら、それでいい。僕は君が幸せなら、それでいいんだ。」






 暮田くれたはようやく落ち着いてきた巌内いわないのスカートをたくし上げ、その中に手を伸ばす。整ってきた巌内いわないの息が、また乱れ始める。




 「あぁ、悪い子だね、サティ。本当に、君という子は。でもそんな君が、僕はたまらなく大好きなんだよ。」




 暮田くれたは目を細め、いびつな笑みを浮かべた。










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