中1 9月③

 お母さんに引っ張られるように、私は学習支援センターの木漏れ日にやってきました。そこには私の意思はありません。向かう道すがらも、お母さんは張り切ってせかせかと歩いて、私は心が弾まず気乗りせず、てくてくトボトボ。そうしていると、「しゃんとして歩きなさい!」とまた怒られてしまうのです。今日はもう何日分ものぞわぞわを抱えました。こんな心模様でしゃんとする方が無理な話なのです。

 

 道すがらにお母さんに聞いた話によると、木漏れ日は閉校した小学校の校舎を再利用しているらしいです。ボロボロなのかなと思っていましたが、予想外にピカピカな建物が目に入りました。きっと、リフォームってやつをしているのだと思います。昔子ども達が出入りしていただろう玄関の上には、学年を表すプレートの代わりに、大きな木の看板が掛かっていました。「木漏れ日」と習字みたいな流れる文字で書いてあって、周りはカラフルに色が塗られています。見渡すと桜の木があったり、花壇の花のまわりをすずめや蜂が飛び回っていたり、体育館の屋根が見えたりしました。そんな様子を見て、一瞬心が弾んだ音が聞こえた気がしましたが、すぐに元のぞわぞわが戻ってきてしまいました。お母さんの電話の様子だと、「社会性がなくて何を考えているのか私も分からなくて」とか、「小学生のときから宿題忘れを先生に怒られてばかりで」とか、いかに私が困った子かを主張していたようでした。一体今から行く場所の人たちに何を言われるのか、どんな問題児に見られるのか、考えただけで心の大地は揺れ動きます。そもそもこの後おそらく勉強することになるのですから。


 お母さんが館長室と書かれた部屋に私を連れて行くので一緒に入っていくと、校長先生くらいの歳に見える優しそうな男の先生と、無表情で怖そうな若い、20歳くらいの女の先生が出迎えてくれました。

「初めまして、岸本穂乃花さんですね。話は聞いています。」

 悪名高い話ばかり聞いたんだろうなと思います。私は手を後ろで組みながら、口をとがらせて、男の先生を見上げます。

「私のことは館長さんと呼んでください。ここの責任者をやっています。堅苦しく聞こえるけど、みんなのいる教室をよく覗きにいくから、普通のサポーターさんと変わらないよ。あ、サポーターさんって言うのは、ここにいる大人のことだよ。」

 先生って呼び方をせずに、サポーターさんって言うのがおもしろいなと素直に思いました。もちろん、そんなことを言ってやる気があると思われたくはないので、私は黙ったままでいます。絶対に喋ってなんかやるもんか。

「こっちは、サポーターさんの……」

 館長さんが、隣の先生を紹介しようとしたその時、

「あの、そんなことは良いので、今すぐこの子に宿題をやらせてください!」

 お母さんが、ちょっと良いですか、と挙手するような勢いで、館長さんに言ったのです。

「いきなり来た場所で、緊張もあるでしょうし、今日は慣れてもらうためにもとりあえず教室に行ってもらって、できそうなら勉強という風に考えていましたが……。良ければお母さん、面談しますか?」

 館長さんがお母さんをなだめようと声をかけます。だけど、その声はお母さんに届いてはいないようです。いつもこうなんです。お母さんは気の済むまで話さないと納得しないのです。案の定今回も、館長さんを無視してまくし立て始めました。

「さっき電話で話した通りです。この子は本当に困った子で、中学生になったのに自分のこともちゃんとできないんです。宿題くらい、私は出されたその日のうちに片付けていた。どうして溜めてしまうのか理解ができない。お恥ずかしいことに、中学生になってから一度もと言って良いくらい宿題が提出できていないんです。何度か担任の先生からお叱りの電話があって、本当に情けない。宿題をやらないせいかテストの点も低くて、ねえ、半分より下だったもんね1学期の期末も!ああ話してたらイライラしてきた。あと部活も行ってるのかどうか怪しくて。今日も……」

「やめてよ!!!!!」

 気付くと私は大きな声で叫んでいました。

「私の悪いところばかりを並べ立てて人に話さないでよ!!!」

 私は顔を上げてお母さんをにらみつけます。なぜか全力で開いた目から涙が溢れて止まりません。

「本当のことを言ってるんでしょ!もっとちゃんとしてもらわないと困るのよ!あんたはビシバシされないとちゃんとできないから、ちゃんと注意してもらえるようにと思って言ってるの!」

「やめてよ!そんなこと言われたら宿題なんかもっとやりたくなくなる!」

「やっぱり忘れてたんじゃなくて、分かっててやってなかったの?本当にあんたって子は!」

「違う!勝手に話を盛らないでよ!」

 お母さんの怒りの火種は収っていなかったようです。さっきと同じくらい大炎上しています。私のぞわぞわぐわんぐわんした悲しい気持ちも、悲しいを通り越して怒りに変わります。ああ、心の中で怪獣が暴れている。火を吹いている。お母さんに反論しようと叫ぶたびに、その火は大きくなっていくのです。

 

「お母さんも穂乃花さんも落ち着きましょう!」

 不意に視界の反対側から大きな声が聞こえました。私たちがにらみ合って叫び合っている様子を見て、見かねた館長さんが制止に入ります。

 「お母さん、とりあえず奥の部屋で申込書を書いてください。利用には絶対に必要な手続きです。お話しはその後ゆっくり聞きますから。」

 館長さんがトーンを落とした、落ち着いた声でゆっくりゆっくりお母さんに言いました。

「あ、利用できないのは困る。……すみません取り乱してしまって。今すぐ書きます。」

 お母さんはそう言うと、館長さんよりも先に、廊下に出て行きました。

「お待ちください!あ、穂乃花さんは落ち着くまでこの先生とお話ししてようか。じゃあ新入りサポーターさん、大事な任務です。後のことは頼みましたよ。」

 館長さんは私にそう声をかけ、私の左隣で呆然としているサポーターさんに指示を出し、お母さんを追いかけて行ってしまいました。

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