X章ep.21『姉妹達からの手紙』
明日香から渡された手紙の中にはチケット、それから『ここに来て』という一文が書かれた短い便箋だけがあった。
チケットは植物園の回数券だった。場所はバスを乗り継いですぐに着く近郊にある。壬晴は『フェアリーガーデン』と銘打たれた看板が貼り付いたアーチ状の門前に立つ。そこを通った先にある小さな料金所で回数券を見せると一枚だけ切り離され、園内パンフレットを代わりに差し出された。
「こんなところに植物園なんてあったのか……」
壬晴はパンフレット片手に園内を散策していく。
ここに来て、と言われても何処に向かえばいいのかわからない。取り敢えず気が赴くまま園内を見て回り、手紙の主と会えるならそれでいいと壬晴は胡乱げに思うだけだった。
植物のことは詳しくなかったが、こうして緑の風景を見ていると心が洗われるようだった。季節の花々からサボテン、水生植物のエリアなど順番に訪れた壬晴は、それから歩き疲れてベンチに腰かける。
水路のせせらぎが聴こえる休憩場で壬晴は、ぼぉっと景色を眺めながら過ごす。春休みとはいえ平日、利用客は疎らだった。カメラを携える御老体や遠足の学童達がいる程度、心地よく静かなものである。
「……結局、何処にいるんだろうな」
そうひとり呟いていると、壬晴の真横に人差し指が近付き、彼の頬をぷにぷにと突いてくる。驚きはしなかったが、迷惑そうに眉を顰める壬晴。こういう類いの悪戯は孤児院でよくあったから慣れている。
しかし、孤児院はもうないしちょっかいをかけてくる者も心当たりがない。不思議に思い、真横を向くとひとりの少女と眼が合った。
「むふふ〜、ようやく気付いたぁ?」
ベンチに上体を預け壬晴の顔を覗き込んでいるのは白銀の長い髪をツインテールに纏め、白いワンピースを着た幼い顔立ちの女の子。その容姿は見慣れたもので、安易に誰の関係者か想像がついた。
「キミは……」
壬晴が答えるよりも早く、その子は名乗った。
「ボクね、ゼロファイブっていうの! 初めましてお兄ちゃん!」
両頬に指を立てたあざといポーズで自己紹介するゼロファイブ。一人称がボクで、妙に可愛い子ぶった元気いっぱいの、属性要素の強い女の子である。
「さては萌えキャラだな。キミ」
「可愛いは正義だよぉ。これ常識」
そう言いながら抱きついて甘えてくるゼロファイブ。彼女が何者かは説明されなくてもわかった。生まれることのなかったルシアアルターのひとり、その心臓を壬晴が口にしたせいであの世界では会うことが望めなかった存在だ。
「ねぇ、ゼロファイブ。お姉さん達が何処にいるか知らない?」
「んーっ? お姉ちゃん達に会いたいの? ここでボクとずっと遊んでてもいいと思うよ?」
「それも悪くないけど、ゼロワンから手紙を預かったんだ。会いに来てほしい、ってさ。だから何処にいるか案内してほしいな」
そう告げるとゼロファイブは壬晴から離れ、敬礼の真似事をする。
「りょーかい! ゼロファイブが案内してあげるね!」
ゼロファイブは早速、壬晴を立たせると彼の手を取り、機嫌良く鼻歌を歌いながら園内を歩いていく。二人が温室から外に出ると、広々とした薔薇園が出迎えた。香りが濃厚で、見目麗しい光景。圧巻の一言である。
「こっち、こっち!」
「そう引っ張らなくてもいいよ」
ゼロファイブは無邪気に壬晴の手を引っ張りながら道を進んでいく。薔薇園の中を歩いていくと、開けた場所が現れた。そこには二人の女性がいて、園芸鋏で草木の手入れをしてるゼロツーとホースで水を撒いているゼロワン、両者の姿があった。
相変わらずケセランパサランの擬人化を思わせるような白くて美肌美人である。背を向いていて、まだこちらに気付いてないようだ。何も思ったか悪戯な笑みを浮かべたゼロファイブがこそこそと足音を消して二人に近付くと「ばぁっ!」と大声を出して驚かせた。
「キャッ! 何なに? 驚かさないでゼロファイブ!」
「何をするのですか。いつもいつも悪戯ばかりして……」
と、振り返りゼロファイブに怒る姉妹。得意げに胸を張る彼女と、その視線の先に壬晴がいるのを見た二人は荒げる声を抑えて、眼を見開いた。
「あっ、ミハルくん……来てくれたんだね」
「お久し振りです。如何お過ごしでしたか?」
壬晴は二人のもとに歩み寄る。ゼロワンの片眼に眼帯はなかった。聞くまでもないが、肉体の方も新しく受肉を果たしているようで、悩まされていた肉体の寿命と劣化から解放されているみたいだ。
「うん、元気だよ。お姉さん達も元気そうで何より」
にっこりと壬晴は二人に笑顔を向ける。
「それは良かった。あなたのことね、アスカから聞いてるよ。色々あったみたいだけど、もう大丈夫になったんだね」
「まぁね、今の僕は何の力もないひとりの人間さ。もう悪夢を見ることもないし、この世界で失ったものも取り戻せた。普通に生きていけるようになったんだ」
「うん、わかるよ。何だか前よりも清々しい顔付きになってるから」
二人が話していると、果樹園のビニールハウスから籠を抱えた二人組がやって来た。ゼロスリーとゼロフォーである。
「おーい、姉様。収穫済んだから販売所行って来るぜ。って、おおん? なんか見たことある顔がいるじゃねぇか。ケッヒヒ」
「……久し振り」
ルシアアルター、姉妹達の集合だ。この空間の白率が半端ではない。自分だけが浮いているように思えた。
「ああ、久し振り二人とも。大荷物だね」
「採れたての野菜と果実を売りに行くんだよ。近くに無人販売所があってな。ほら、喰うかよ兄ちゃん」
「トマト……リコピン豊富」
「ありがとう。戴くよ」
二人から差し出されたトマトを齧る。厚みのある果肉と濃厚な味わい。極上の仕上がりだ。これなら何処に出しても恥ずかしくない。
「この植物園ね、ゼロツーが株やFXで荒稼ぎした資金を投じて作ったんだ。土地代高かったし、費用もばかにならなかったけど、みんなで協力した甲斐があったね。ね、ゼロツー?」
「まあ、私にかかればこんなのは造作でもありませんが」
「だってさ、フフ。すごいでしょ?」
ゼロワンはにこりと笑みを溢す。
この施設は言わずもがな私営らしい。一からここまで立ち上げるとは何たる計画性と資金繰りか。巫雨蘭もそうだが、人工天使の彼女らの天才頭脳には舌を巻く思いである。
「本当にすごいね、お姉さん達は。ところで手紙送ってくれたのは此処を紹介したかったから?」
壬晴がそう言うと、ゼロワンはふるふると首を振った。
「それだけじゃないよ。あなたに会わせたい人が二人いる」
「二人……?」
壬晴は不思議そうな顔をした。
「ふふん、多分すっごくびっくりするよ。お兄ちゃん」
さっきからずっと腰に抱き付いているゼロファイブがにへらと顔を緩ませた。
どうやら手紙を送ったのには別の理由があったらしい。壬晴に会わせたい人物、それはきっと壬晴が追い求めていた『彼女』のことに違いない。
【次回・デザイアゼロ/ラストレコード最終話『彼女が夢見た世界』】
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