X章ep.20『悪意の監視者』

「どうやらこの世界は平和そのものみてぇだな。櫻井のこともお前が因縁を精算して解決……んでもって、ゲーム世界もなくなったからマリスもいなければ、俺らの『呪い』もねぇ。メデタシ、ってわけか?」


 明日香と別れた後、壬晴はとある人物に遭遇した。都内の建物と路地裏を隔てる境界––––身分的には犯罪者である彼は、あまり人前に出るわけにもいかず路地裏の影に身を潜ませて、陽の表側にいる壬晴と言葉を交わしていた。


「すべてが丸く納まったわけじゃないよ。この世界にも争いはもちろんある。人の心が存在する限りそれは消えないものだから」


 壬晴がそう応えると、路地裏の人物は一枚の結晶板をコートのポケットから取り出して壬晴に手渡した。それはゲーム世界で存在していた異能を操るアイテム『アトラクトフレーム』だった。


「これはあの世界の名残か? 二つの世界が融合を果たして無に還ったものもあれば、そのまま残ったものもあるってんだろ? これがあるとまた争いの火種になるぞ? ミハル」


 壬晴はフレームを観察し終えると、路地裏の人物に返した。


「それは新たな『女神システム』だよ。元々の世界では地球の寿命を伸ばすために『刻印』っていう人類からエネルギーを吸収する寄生木ヤドリギみたいなものがあったんだ。地球にかかる負担をそれで解消しようって女神が考案したものだけど、ゲーム世界ではアイテムとして活用するためフレームに封印させた」

「新しい世界じゃ地球の寿命問題が残されてるってことだな。つまり、これは生態エネルギーを吸収して自動変換する装置ってわけだ。『女神システム』うまいことやりやがる」

「フレームは誰でも使えるわけじゃない。適性がないと力は発現しないさ。だからそれを使って悪用だなんて簡単には出来ない。聞くが、キミはそのフレームが使えるのか?」


 壬晴がそう質すと、彼は「いや……」と濁した言葉を返すだけだった。


「まぁ、完全に平和といかねぇか。都合が良すぎるのも奇妙なもんだしな」


 そう言って彼が路地裏の壁から背を離す衣擦れの音が聞こえた。何処かに立ち去ろうとする動作を壬晴は咄嗟に止める。


「待ってくれヤクモ。キミはこれからどうするんだ?」


 八雲、そう名前を呼ばれた赤髪の少年は振り返ることなく告げる。


「別に、今まで通りのらりくらりと過ごすだけだ。俺はこの世すべての悪意を赦さねぇと言った。今度はこのフレームを悪用する奴がいねぇか見張るだけだ。俺の戦いはまだ終わらねぇよ」


 八雲は鷹揚に手を振って応える。

 壬晴は止めることはしなかった。八雲が光の世界で生きていけないことはよく理解していたからだ。それにフレームの問題は確かにある。今この世界では『アトラクトフレーム』の存在が認知され、取引の材料として扱われている話もある。

 フレーム適合者が悪事に手を染めてしまうケースもゼロではなかった。


「……気が向いたら顔を見せに来てやってもいいぜ、お兄ちゃんよォ」

「馬鹿言え……勘当ものだ、この不幸者。……元気でいろよ」


 突き放すようでいて口端には八雲を案ずる気持ちを隠しきれなかった。壬晴は暗闇の奥へと姿を消していく彼の後ろ姿を見送る。

 次に会うのがいつになるのか、それとも二度とないのかもしれないが、せめて元気で生きていることを願うばかりである。

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