X章.Final『彼女が夢見た世界』+後日談

 探し求めていた女性は白い花畑の中にいた。幼い子供を傍に寄り添わせ、慈愛に満ちた微笑みを絶えずその子に向けている。彼女が花冠を作って頭に乗せてやるとその子は喜んでいた。

 だけど、本当は母親の髪飾りの方が欲しかったようで、それに手を伸ばして触れようとしたら咎められた。

 彼女は「これはいちばん大切な物だから、あなたが大きくなったらいつか譲ってあげる」そう言って窘めていた。

 少しだけ不服そうにしていたが、子も母親が心から大切にしているものだと感覚的に理解すると、大人しく聞き入れて手を出すのをやめた。


「さぁ、そろそろお家に帰ろうね」


 我が子を抱き上げて笑いかける。

 そうして、我が家へと帰ろうと歩み始めた彼女を、愛する我が子が止めた。


「ね、待って」


 何かに気付いたのだろう。腕の中でもがき、そうして母親から降ろしてもらったその子は拙い足取りで何処かへと駆け出した。


「どうしたの? 刹那せつな


 母親が我が子の後を眼で追う。刹那と呼ばれた愛児は、誰かの足元まで駆け寄ると、その人物に好奇と期待の眼差しを送った。

 刹那の目線に合わせるように屈み、彼女の頭を優しく撫でる。その滑らかな黒髪に一房の白い髪が混ざっている。刹那は心地良さそうに眼を細めて笑った。彼女にはその人が誰なのか、わかっていたのだろう。

 刹那を抱き上げて、愛おしそうに眼を閉じる。そうしてから『彼』は彼女の母親のもとに歩み始めた。


「……ミハル」

 

 呆然とその名を口にする。その瞳から涙が自然と湧き出る。


「フウラ、会いに来たよ」


 壬晴は愛する人へ、安らかな笑顔を向けた。

 再会を果たした二人は、泣いて笑って、そうして喜びを噛み締めるように互いの手を取る。

 これからの未来と、彼女が望む幸せのために、僕らはこの世界で共に生きていく。

 それが巫雨蘭の、彼女が夢見た世界だ。



【デザイアゼロ/ラストレコード・完】



◇◆◇

【後日談】


 喫茶フェリスは今日も盛況とは言えないが、それなりの出入りがあった。壬晴は巫雨蘭と二歳になる刹那を連れてルシアがいる店を訪れる。知人達へ刹那の紹介と顔見せをしたかったのもあるが、何より彼女が元気に過ごしている顔を見ておきたかった。

 今、壬晴達は喫茶店のボックス席で悠斗と杏の二人と対面している最中である。そこに店員のルシアが傍に立っていて、彼女は刹那に声をかけていた。


「まぁ、かわいい。あなたのお名前はなんて言うの?」

「わたし、せつな……」

「そう、いい名前だね」


 ルシアは拙い話し方で刹那が自己紹介すると嬉しそうにニコニコ笑っていた。


「ねー、刹那ちゃんは二歳になったんだよねー?」

「うん、もうおとな」

「いやいや、まだまだ子供だよ〜」


 杏は先程から刹那を自分の膝元に乗せ、彼女の手を握って遊んでやっている。初対面であるが刹那は杏にとても懐いていて、そんな刹那のことを杏も嬉しそうに可愛がっている。


「ったく、刹那のこと聞いた時はびっくりしたよ。まさか、お前らの間に子供ができてたとはな。それにしても少し早過ぎるんじゃねぇか。二人ともまだ二十歳になってねぇんだろ?」

「それに関しては返す言葉もない。だけど、この子は僕らが責任を持って育てるよ。幸いなことにお金には困ってないし、この子を観てやる時間もたくさんあるんだ」

「……嫁さんが金持ちだといいよな。知らんうちに会社を立ち上げてたうえに軌道に乗ってるとかどんな商才なんだよ。っていうか色々と生き急ぎ過ぎじゃねぇ?」

「ナナセさんやゼロツーみたいな優秀な人が社員になってくれてるし、ミアハのグループと業務提携を結んだり、何かとみんながフォローしてくれるから助かってるよ」


 そう、巫雨蘭は知らずうちに『ルミナスマイルカンパニー』なる玩具メーカーを起業し、数々のヒット商品を生み出していたのだ。

 元々莫大な富を築いていた彼女である。金融機関からの融資やその他諸々を受けることなくすべて自己資金で完結させたうえ、現在も経営の片手間に運用しているFXなどで得た巨額を運営資金に回して工場の増設・改築を行なっている。

 初めは事務所規模の小さな会社だったが、業績が軌道に乗ると競売にかけられていた数億円のオフィスビルを一棟買収、サービスの幅を増やすため社員数と部門を増やし、更なる飛躍を遂げんとしていた。

 特にAI搭載型言語学習機能付きの喋るペットロボや空を飛べるエアボード、立体映像型カードゲームなどは最先端技術が盛り込まれた画期的な発明とされ世界でも名を轟かせていた。

 因みに完全週休二日制で残業ほぼゼロ、ボーナスは年二回で月給の約三倍、手当も厚く、年休125日以上で有休消化率も100%。採用は人格重視。社内は人手が常に足りているので産休と育児休暇も手軽に申請できるし、従業員のハラスメントは皆無。言うなれば超絶ホワイト企業である。

 ……長くなったがそんな会社を二人で、というよりも巫雨蘭がほとんど一人で意思決定して動かしているのだ。壬晴は巫雨蘭の強い勧めにより大学に通いつつ、仕事を手伝うサポーターとして裏方に回っていた。


「で、お前らちゃんと同窓会には行くんだよな?」


 悠斗はそう言って壬晴と巫雨蘭に指を差す。

 先日、美愛羽から招待状が届いたのだ。ゲーム時代の仲間達を集めて近況を報告し合おうと。場所と時間の指定はされている。今日がその日で、そして待ち合わせは『例のあの場所』だ。


「もちろん行くよ。久々にみんなに会えるんだろ? 楽しみにしてたんだ」

「私もミアハさんやみんなに挨拶したいな。この子をみんなに見せてあげたいの」


 当然と言った風に応え、壬晴は運ばれて来た珈琲を一口啜る。痛烈な酸味と後味の悪さが口の中に一気に広がった。

 理解し難いものを飲まされ、壬晴は給仕したルシアを横目で見た。彼女は何か言いたげな壬晴に対し「えへへ」と笑って誤魔化すだけである。遠くからその光景を見ていたコノエと視線が合うと、彼もただ諦めたように首を横に振るだけだった。依然変わらず不味いままである。


「じゃあ、俺ら準備とかもあるから先行くぜ」

「そうそう。今から特別ゲストのお迎えに行かなきゃなんだし」


 二人は席を立ち上がり、代金をテーブルに置いていく。


「特別ゲスト?」

「まだ、内緒だってさ。ミアハさんからの約束」


 杏は人差し指を口元にあてる。

 そうして、彼女は刹那に手を振って暫くの別れを告げると悠斗と共に店を出た。


「同窓会かぁ。あなた達もこの世界で仲間達と再会できたんだね」


 二人がいなくなってもルシアは壬晴達の傍に残っていた。彼女はいつの間にか刹那を抱っこして甘やかしている。


「まぁね、ゲーム世界のプレイヤーは脱落者以外みんな記憶を保持してるみたいだ。この世界の構築には不確定な要素が多かったけど、結果としては良い方向に進んだみたいだね」


 壬晴はそう言って珈琲を一気に飲み下した。空の器をルシアに渡し、代わりに刹那をこちらに引き渡してもらう。

 時間もそろそろだったので壬晴はルシアに別れを告げた。


「じゃあ、また来るよ。エドさんにもよろしくね」

「ルシア姉さん。さよなら」


 二人はルシアに珈琲の代金を渡して席を立つ。ルシアは店の外まで見送り、彼らに手を振る。刹那は壬晴の肩越しからルシアに「またね」とヒラヒラ手を動かしていた。


「(しかし……私が作った理想の美男子と自分のクローンが……なんか複雑というか変な気分というか……いや、いいんだけどね。何て言えばいいんだろうこの気持ち)」


 とルシアは愛想良く見送りながらも内心のモヤモヤを隠しきれずにいた。無理もないことである。これに至っては不確定な運命の結果なのだろう。

 


 招待状の指定場所はゲーム世界の拠点として構えていたあの西洋館だった。我らのチーム、エスペラントは美愛羽の家が持つ別荘をアジトにしていたらしい。道理でこの場所を同窓会として指定出来たわけだ。相変わらず煌びやかな内装で、室内に塵ひとつもなく清潔だ。

 先に来ていた悠斗達に案内され、いつものようにサロンルームで待機していると美愛羽がやって来る。彼女は以前のようなツインテールから髪をおろしたスタイルに変え、大人びた気品を漂わせていた。だが、刹那の姿を目の当たりにするや否や豹変を見せる。


「あーら、こんなところにカワイイ子がいるじゃない! 誰の子かしら? 私の子? 私の子かしら? なんてね、うふふふ!」


 満面の笑顔を浮かべた美愛羽が刹那を抱っこして、たかいたかいする。刹那は美愛羽に抱え上げられて「きゃは、きゃは」と楽しそうに笑っていた。


「久し振り、ミアハ」


 壬晴が美愛羽に声をかけると刹那を胸元に抱っこし直した。

 彼女は壬晴と巫雨蘭の二人を見渡すと穏やかに微笑む。


「ええ、久し振りね二人とも。元気そうでよかったわ」


 美愛羽は刹那を巫雨蘭に返して、彼女の頭を優しく撫でた。


「もう少しだけ待っててね。そろそろみんなが来る頃だから」


 彼女がそう言うと、ちょうど部屋の扉が開いて何人かが室内に入って来た。


「お待たせしましたぁミアハ様。暁月聖奈とタマちゃん、ワタヌキくん到着です」

「こんにちわ〜、皆の者。ワタヌキでござるよ」

「タマモもいますので」


 エスペラント最年少の暁月聖奈とその友人である忍者組の二人が姿を現した。あれから二年が経ったので彼女らも少し身長が伸びたりと成長を見せていた。


「わぁ、やっぱり変わらないね。あの世界のまんまだよ」


 その後ろから明日香が姿を見せる。聖奈と途中で出会ったらしく、一緒に此処に来たようだ。彼女は室内をキョロキョロと見回して、変わらない懐かしい景色の思い出に浸っていた。


「おや、一番乗りじゃなかったみたいだね。早く来たつもりなのに、俺が最後かぁ」


 相変わらず黒っぽい服装にピアスなどのアクセサリーを身につけた夜凪蓮太郎が最後にひょっこりと扉から頭を覗かせた。ゲーム世界のように瞬間移動で唐突に現れない彼の姿はある意味新鮮である。


「やぁ、マイフェアレディ。久し振りだね。今日も一段と綺麗だよ」

「いきなり抱き着こうとするんじゃないわよ。この変態」


 彼は美愛羽を見付けるや否や抱擁を迫り、彼女から鋭いビンタを見舞われていた。いつもながらのやり取りにチームメイトは苦笑いを浮かべている。


「騒がしいと思ったら、もうみんな集まってんのか」

「おお、エスペラントの皆さん勢揃いだねぇ」


 賑わいを聞いて別室から悠斗と杏が姿を見せた。二人は既に此処にいて、食事などの用意をしていたらしい。今回はこのチームと縁が深い杏も特別に参加している。


「さぁて、みんなが集まったことだし特別ゲストをお呼びするわよ」


 チーム全員が出揃ったのを確認できた美愛羽は、手を打ち鳴らして皆の注意を引き付けた。そういえば悠斗が特別ゲストを迎えに行くと言っていた。今、室外にゲストを待機させているようだ。

 美愛羽が扉に歩み寄ると、その奥にいる人物に声をかけて、中に入るよう促していた。美愛羽は「びっくりするわよ」と悪戯めいた笑みを浮かべる。

 サロンルームに入って来たのは艶やかな長い黒髪に優しげな瞳を持つ大和撫子といった女性だった。あどけない表情に微笑みを浮かべた、あの世界での明日香と同じ容姿をした人物、その名も一之瀬真昼……彼女が皆の前に姿を現した。


「こんにちわ、一之瀬真昼です。今日の特別ゲストとしてお呼ばれしました。多分、私のことは知ってる人は知ってるかな?」


 そう言って真昼は、壬晴と巫雨蘭に視線を向けた後、にっこりと明日香に笑いかけた。


「こうして会うのは初めてだねアスカちゃん。あなたに会えるの楽しみにしてたよ。いやぁ、やっぱりよく似てるね私達。元病弱っていう境遇もそうだけど、顔立ちなんてホラ、特に目元とか私に似てるだけあってカワイイよね」

「えっ? ああ、うん、そうだね……えへへ。そうかも」


 真昼はそう饒舌に語り、おどおどしている明日香の両肩に手を乗せて楽しそうに笑っていた。明日香は前の世界で真昼の肉体を借り受けていたが、こうして見比べてみてもよく似ている。

 真昼は積極的に明日香にスキンシップを図り、親睦を深めようとしていた。二人は奇妙な間柄ではあるが、それを抜きにしても仲良くありたいと思う真昼の気持ちが、明日香が胸に懐く罪悪感や緊張を解きほぐしてくれた。


「マヒル……」

「あっ、ミハルだ。久し振り、元気……って聞かなくても大丈夫そうだね。ようやく辛気臭い顔がなくなって、さっぱりしたような柔らかい顔になったね」

「うん、キミのおかげでもあるよ。本当にありがとう」

「そんな、私は当然のことをしただけだよ」

「それでも感謝してるんだ。本当にありがとう」

「もう……ほんとうに大袈裟だね」


 そう笑い飛ばして真昼は何でもない風に言うのだ。それでも彼女があの世界でしてくれたことが壬晴の心を救い続けてくれた。感謝しても足りないくらいの恩がある。


「マヒル……」

「あ、あなたはあの時の……」


 巫雨蘭が真昼のもとに歩み寄る。

 ゲーム世界で一度だけ出逢ったことがある両者だが、互いのことを覚えているようだった。自然と握手を交わして、笑顔を向け合う二人。そして、真昼は彼女の腕の中で抱かれている小さな女児を見遣ると、不思議そうな表情を浮かべた。


「それで、この子は……?」

「うん、私とミハルの子だよ」


 それは真昼にとって爆弾発言だろう。

 

「ええーっ!! 子供ぉ!?」


 然もありなん。是非もなし。


「何で!? あなた達、流石にこれは早過ぎるっていうか! もうちょっとこういうのは計画的に……というか! ああ、もう!」


 真昼は大仰に頭を抱えて嘆くや、壬晴と巫雨蘭の二人を指差して告げる。


「あ、あなた達、いいから早く一之瀬家に挨拶に来なさい! 私の両親に婚約を知らせて許しをもらうの! そうじゃなかったらこんなの不誠実よ! これは一之瀬家としての命令だから! 絶対に守ること!」


 と真昼は顔を真っ赤にして早口で捲し立てるのだった。

 余談ではあるが、その後、壬晴達は一之瀬家に一時的に帰省し義理の両親から許しを得ることができた。会社経営が軌道に乗っていることや、刹那の存在が大きかったのだろう。意外とすんなりとあるがままを受け入れ、自由に生きていくよう、たまには実家に顔を見せに来てほしいと伝えられた。こうして壬晴は長きに亘る一之瀬との確執も修復するに至る。


「ふふ、賑やかね。やっぱり仲間はいいものだわ」


 美愛羽は彼女が大切に築き上げた仲間達が仲良く賑やかに過ごしている風景を見て心から笑った。

 そうして幕を開いた同窓会は最後まで賑わい楽しい時間となった。

 終わるのは少しさみしかったが、こうしてまた会えたのだから何も心配はいらない。この世界に生きている限り、我々はいつだって繋がっているものだから。


「さぁ、僕らの家に帰ろう」


 壬晴は微笑み巫雨蘭に手を差し伸べた。


「うん、一緒に」


 彼女はその手を取って笑う。二人の間に挟まれ、刹那はいつまでも楽しそうにはしゃいでいた。



【後日談・完】

『デザイアゼロ/終の神託と殻の天使』エンディング派生作品『デザイアゼロ/ラストレコード』の物語これにて完結。ご愛読ありがとうございました!

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