X章ep.09『女神の謁見』
目の前に広がる長く白い回廊。此処は運営本部、その内部である。ゲーム世界に密かに存在しながらも外部から視認出来ず、位置の補足も掴めない絶対不可侵の領域として聳え立つ白亜の城。
この場に足を踏み入れ、彼らを出迎えたのは運営幹部の人間達だった。回廊の奥、そのまた先へと繋がる大扉がある。その手前に向かい合い列を成す七人の姿。ハロ、コノエ、カラスマ、ナナセ、ムツキ、サツキ、ワタヌキ……レイブンを除いた全員が此度の儀礼に備え此処に召集されていた。
壬晴達は無言のまま、彼らが待つ大扉の手前まで足を進める。
「ふぅん……やっぱり来たか。でも思ってたよりは遅いね」
「でも、三人同時よ。私達の時みたいに二人でも珍しいのに、それを超えてくるなんてね。ま、せいぜい頑張ってね」
ムツキとサツキ、双子のコーディネーターが口を開く。
いつもながら生意気で揶揄うような口振りである。
「一之瀬さん。あなたならいつか此処に来ると思っていましたよ」
「カラスマさん」
「私はあなたが来てくれることを密かに望んでいました。よくここまで頑張ってくださいましたね」
「……はい」
アウトローの件で何かと現実世界で縁があったカラスマ。彼は壬晴に対して、人一倍目をかけていたらしい。『女神の謁見』にいつか辿り着くであろうと。
「うふふ。こんにちわ、ハロウィンガール。またあなたに会えてお姉さん嬉しい。親愛の証にハグしてあげる」
「げえっ、黄昏美愛羽!! ちょ、近寄らないでこのロリコン! またハロに変なことする気でしょ!」
「あら、照れ隠し? ほんと可愛いわね。フフフフ……」
満面の笑顔で美愛羽が抱擁を迫ると、ハロは跳ぶようにワタヌキの背に隠れ、青褪めた表情を浮かべて怯えていた。
「ハロ殿、あの時のことがトラウマみたいでござるな。かわいそ」
「うっさい! この裏切りぽんぽこクソタヌキ! 久し振りに帰って来たかと思いきや、女神の謁見やるだなんて急過ぎるでしょ! しかもあんなロリコンまで来るなんて! そういうことはもっと前もって言ってよねっ!」
デスティニーアイランドで美愛羽に受けた恥辱をワタヌキに蒸し返され怒ったハロが彼の両頬をつねったり、頭をポカポカ叩いたりとぎゃあぎゃあ騒ぎ始める。
そんな騒ぎを尻目にコノエが咳払いをひとつ、壬晴が視線を移すとコノエと眼が合う。燕尾服の老紳士、喫茶店にいた店主と相違ない。壬晴が何か口にするより先に、コノエが言葉をかけてくれた。
「ミハルさん。あなたが此処に来てくれて私はとても嬉しいと思います。あなたのことを信頼し、あの子のことを託します。どうかお願いしますね」
彼はいつものように穏やかな微笑みを口許に湛えていた。
「……ありがとう、コノエさん。あなたの言葉には励まされた。期待に応えてみせます」
壬晴は精一杯の謝意を込め、コノエに深々と頭を下げた。
期待に応えたい、その気持ちが壬晴に勇気を与えてくれる。
「(ん……? あれ? 何か私だけ仲間外れになってないか、これ? 何でみんな当然のように一之瀬とかいうプレイヤーと面識あるんだ? イジメか? これイジメか?)」
他の運営幹部らが談話している中、どうすればいいのかわからないナナセは真顔のまま立っているだけだった。とはいえ、此処まで来たプレイヤーのことを邪険にするわけにはいかない。せめて何か気さくな挨拶でも交わした方がいいだろう、と思ったナナセは行動に出る。
「よ、よぉ……一之瀬くん、だったかな? ハハッ、キミは偉い奴だなっ。此処まで来るなんて大した奴だよ。ホント、感心感心ッ!」
引き攣った笑顔を浮かべ、気さくに手を上げながら壬晴に話しかけるナナセ。
「……? はぁ……どうも、こんにちわ」
「…………」
後悔した。いきなり初対面の人間に横柄な話しかけられたら微妙な反応をされるのは至極当然。ナナセは苦虫を噛み潰したような苦悶の顔を浮かべる。
それに同情したのか、彼女の顔を覗き込んで「どんまい」とフォローにもならない言葉をかける巫雨蘭がいた。ナナセはそうして何事もなく横切っていく巫雨蘭の背中を見て、疑問を口にする。
「おい、みんな。なんかお姫様に似てる奴いるけど? あれ何だ?」
「あー、フウラ嬢はルシア殿の生き別れの姉妹でござるよ(嘘)」
「え、マジ? 姉妹いたの? 知らねぇー、私」
ワタヌキの方便に言いくるめられるナナセ。巫雨蘭の正体を知っているのは運営幹部でも極僅かである。
幹部らの前を通り、そうして三人は大扉の前に立った。
「この先にルシアが……?」
「ええ、それともうひとり、護衛としてレイブンが側に控えています。彼女の情緒は未だ安定してません。お気をつけて」
壬晴はカラスマから忠告を受ける。レイブンはとある出来事から『穢れ』の影響を受けている。精神汚染の進行により心が不安定な状態らしい。
「ご心配なく。私がいる以上、邪魔はさせないわ」
「まぁ…………でしょうね」
美愛羽が会話に横入りし、ヒラヒラと手を仰ぐ。カラスマは一度、美愛羽にボコボコにされた経験がある。彼女の言葉に苦々しい反応を見せたのは彼だけでなく、ハロとワタヌキも同様であった。彼らは美愛羽に軽くあしらわれた過去がある。
「私どもは此処で待ちます。ルシアの意思がなければ、中で何が起きようが介入は不可ですので」
最後にそう付け加えてカラスマはムツキとサツキ、二人のコーディネーターに目配せをする。双子の兄妹は両開きの扉の把手を掴み、三人を中に招き入れる準備に入った。
「覚悟はできたかな?」
「気合いは充分かしら?」
その問いかけに壬晴は頷く。
「くれぐれもルシア様に失礼ないようにねっ」
「某は皆の者の武運を祈るでござるよ〜」
噛み付くように指を差すハロと、陽気に手を振るワタヌキ。
「ま、ルシアのことは頼んだぜ。ちなみに私の夢はこの世すべてのブラック企業を淘汰することだ。そこんとこよろしくな皆の衆」
と、ナナセは聞いてもないことを言いながら見送る。
扉が開かれ、三人を先へと誘う。
「あなた達に幸あらんことを……」
コノエは最後に彼らを送り届ける言葉を残した。
「…………」
そこは玉座の間というよりかは神殿と呼ぶに相応しい場所だった。一面が白に覆われた穢れなき空間、天井から提がる瀟洒なシャンデリアに、ドーリア式の円柱が幾本も建っている。装飾の類などそれぐらいだ。広い空間にはあまりにも殺風景に映る。
「…………」
ルシアがそこにいた。玉座に座り、俯く白貌の美女。糸の切れた生気のない人形のようでありながら、垂れ下がる前髪の隙間から覗くその瑠璃色の瞳には底知れぬ闇が渦巻いている。
そして、彼女の傍に佇む紫紺の髪の女性レイブン。彼女は敵愾心も露わにこちらを睨み据えている。露出したその肌に黒い模様が、特に顔には稲妻に似た複雑な線が刻まれていた。それは『穢れ』の侵食を表す刻印。彼女はあれから少しずつ『穢れ』に蝕まれていた。
「ルシア……」
壬晴は彼女の名を呼ぶ。
ルシアはゆっくりと顔を上げ、それから儚げに笑った。
「どうしてここにきたの……」
その透徹した声音には微かな失望の想いが秘められていた。
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