X章ep.08『行ってきます』

 戦いが終わり、少しの間気絶していたらしい。誰かが優しく頬を撫でる感触があった。心地良い眠りから意識が戻る。

 眼が覚めると明日香と巫雨蘭の顔が近くにあった。天使が迎えに来たのかと思うような光景だ。だが、死んだわけではない。


「あっ、眼が覚めたよ」


 明日香の明るい声が聴こえた。彼女は回復薬のポーションを手に、壬晴を膝枕する巫雨蘭と共にいた。緑地公園の木影の下で壬晴は二人に見守られる形で休んでいた。戦闘後の疲労で倒れてしまったようだ。特殊PVPのおかげで外傷はないが、失った分の生命力の回復が必要だった。


「戦いは……」


 壬晴はゆっくりと膝元から頭を上げ、明日香に問うた。


「……惜しかったね。でも、すごかったよ。あそこまで粘るなんて誰も想像できなかった。ミハルはとても頑張ったよ」

「やっぱり負けたんだ。それで、ミアハは……?」


 壬晴が周囲を見渡して美愛羽の姿を探した。すると「私は此処よ」と美愛羽の返事が大樹の裏から聞こえた。美愛羽は壬晴の傍にいて、目覚めの時を待っていたようだ。腕を組み、澄ました態度で立つ美愛羽。戦闘後とは思えない余裕っぷりである。


「ミハルくん。あなたはフウラちゃんと共にルシアのもとに行きなさい」


 美愛羽が切り出した言葉に、壬晴は僅かに口を開けた。


「いま、ワタヌキくんを運営のもとに行かせたわ。これで向こうに話はつくはずよ。後はあなた達がルシアのもとに向かい、ゲームクリアの条件を満たすだけ」


 背中を預けていた大樹から離れると、美愛羽は二人に笑いかけた。


「私……あなた達のこと最後まで見届けるようにってみんなから言われたわ。私もね、ノバラやレンタローから足りない分のポイント貰ったの」


 美愛羽は懐から端末を取り出すと、ホーム画面に表記された『女神の謁見』のアイコンを見せた。いままで美愛羽はポイントが1000を超えないよう調節していたようだが、仲間達からの後押しで二人の傍にいて結末を見届けるよう頼まれたらしい。

 それがリーダーとして最後の責務だと、美愛羽は皆から言葉を預かったのだ。


「一度、ルシアに会ったことは伝えていたわね。あの子は残り三枠のゲームクリア者を待っている。私とあなた達二人、これで埋まる。だからね、今日でこのゲームともおさらばになるかもしれない」


 美愛羽は広場の方に待機する仲間達を指差した。

 事情のすべては彼らにも伝わっている。ゲーム世界がなくなれば、彼らとも会う機会が失われるかもしれない。そう思うと壬晴は切なくなった。彼らと繋ぎ合わせたものは、この『Re:the-end game』なのだから。それがなかった世界に戻れば、どうなるのか……。


「……みんなに言い残したい言葉があるなら、今のうちに伝えておきなさい」


 壬晴は立ち上がり、美愛羽に背中を押される形で広場へと歩いて行った。

 

「みぃちゃん……」


 巫雨蘭の呼び声に壬晴は悲しげな笑顔を返す。

 広場に着くと、みんなが壬晴を出迎えた。


「ミハルくん、俺は何も心配してない。キミならきっと大丈夫さ。安心して行っておいで」

「まさか、この土壇場で怖気付いてないわよね? そんなの赦さないわよ」


 蓮太郎と野薔薇が激励を贈る。


「このゲームももう終わりと思うとさみしく感じますね」

「大丈夫ですよ、カエデちゃん。リアルでも会えるじゃないですか。ねっ、ミハルくん?」


 楓の言葉に小百合が応え、壬晴へ同意を求める。

 壬晴は頷いて彼女らに心配いらないと伝えた。


「色々とお世話になりました。もし、リアルでもまた会えたら、その時は話し相手にでもなってくださいね……」

「その時はご主人の傍にあっしもいますので! よろしくです!」


 恥ずかしげに握手を求める聖奈と元気いっぱいのタマモ。

 壬晴は彼女らと握手を交わす。


「ん? おいおい、私にも何か言って欲しいのか? こういうのは苦手なんだが……まぁ、頑張れとしか言えんな。悪いな、私は口下手なんだ」


 葵は決まり悪そうにそっぽを向いていた。

 不器用な言葉だが、勇気を貰えた気がする。


「……ミハル」

「一之瀬くん……」


 そして最後に悠斗と杏の二人。

 親友である二人には本当に感謝している。


「お店、また来てね。大事なお得意様だからね」

「うん、必ずまた行くよ旺李さん。今度はフウラも連れて来るから」

「ありがとう。きっとだよ?」


 杏はそう言って泣き笑いの涙を溢していた。

 壬晴はそれから悠斗へと向き直る。

 悠斗はいつのように屈託のない笑顔を浮かべていた。


「行って来い相棒。お前なら大丈夫だ」

「ユウト……ありがとう。キミにはいつも助けられた」

「親友だからな、当然だろ」


 そう言って、悠斗は壬晴の肩を叩いた。


「また会おうぜ。必ずな」


 仲間達の言葉を受け、壬晴は美愛羽と巫雨蘭が待つ大樹のもとへと歩いて行く。


「ミハル……」


 明日香が壬晴の前に立つ。


「ありがとう……」


 その言葉には色んな想いが込められていた。

 彼女との出逢いが壬晴をこのゲームへと招いた。たくさんの仲間と出逢い、過去との決別をつけ、愛する者と再会できた。

 明日香が始まりだったのだ。壬晴の新しい運命は彼女との出逢いで始まった。


「また、会いに行くよ。あの日のように、キミに……」

「うん、待ってる……」


 彼女を見つけた春の日、あの桜の木の下で。

 約束を交わし、壬晴は先を行く。


「これで、お別れなんかじゃないわ。私達はまた巡り合う。ここで出逢ったように、運命が導いてくれるわ」


 美愛羽はそう言って端末を取り出した。

 壬晴も彼女に倣ってポケットから端末を手にする。


「フウラ……」

「うん」


 巫雨蘭も端末を取り出して、三人が輪になる。

 いまこそゲームクリア条件1000ポイントを獲得し、最終クエスト『女神の謁見』に辿り着いたプレイヤーがその試練に挑む。

 壬晴、巫雨蘭、美愛羽は仲間に見届けられながら、女神のアイコンに触れた。

 彼らは旅立つ。願いが叶う新世界へと。

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