第3話
梢に連れられ、チガネはある場所に向かう為に長い広緑歩いていた。
いつも着用している軽装な着物とは違い、今身に着けているこの上質な生地が使われている着物は、歩くたびにきつく締められた帯が腹周りに食い込み、チガネは時折、苦しく感じた。
無地の薄紫色に下半身のみ蓮の花が描かれている。
この着物を着るのは決まって、この屋敷の主である母親に会う時だ。
屋敷で一際華やかな襖の前でチガネ達は歩みを止めると、ゆっくりと梢が引手に手をかける。
襖の先には大広間があり、左右一列に使用人が縦に並び、こちらに首を垂れている。
その奥の上段の間には高座に座る女性が一人居た。
チガネは女性に向かい既に首を垂れている梢の斜め後ろで、自身も腰を落とし、正座すると、両指先を少し畳に触れさせながら、女性の方に真っすぐ視線を向けた。
「母上様、ご機嫌麗しゅうございますでしょうか」
女性は目を細め、チガネを一瞥する。
「……チガネ、作法が板についてきたな。
庭先で泥遊びをしていると耳にしてな、心配していたのだ」
「……お目付け役である梢のご助力あってのことです」
チガネがそう言うと、梢が息を飲み込む音がした。
女性は感心した様な表情をすると、梢に「面を上げよ」と言った。
「梢、お主の家には多めに褒美を送ろう」
「あ、ありがとうございます! 当主様!」
梢が大層嬉しそうな顔をし、もう一度深く首を垂れた。
本当のことをいうと、すべてが梢のお陰ということではない。
梢には口酸っぱく言われてきたが、この礼儀作法は実際にチガネに教えながら、やってみせてくれた椿のお陰なのだが、梢にはいつも迷惑をかけているのをチガネは自覚している為、そう答えたに過ぎなかった。
「チガネ、あと幾日かでお主も十三になる。
あれ程に病弱だった幼き頃が懐かしいな」
まるで用意された台詞を言っているかのように声色に感情がない。
チガネはぐっと唇を噛むが、すぐに口角を上げた。
「母上様に言われた通り、清き身体のままで十三を迎えることができます」
「今日お主を呼んだのは、儀式の日が決まったからだ。
承知だろうが十三になり次第、お主に一人目の婿を用意する。
その婿と婚姻後、すぐに夜に床入りせよ」
「……」
「不安がるな、一人目は手練手管の者を私自ら用意している。
お主は只、床に伏せていれば良いのだ」
「……ありがとうございます」
チガネはそう言うと、深く頭を下げた。
チガネはこの世に生を受けた時から運命が決められていた。
十三を迎えた夜に名も知らぬ、屋敷の外から迎えられた
そして………
大広間を後にしようとしたチガネの背に、女性は言葉を投げかけた。
「必ず女子を孕め」
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