十話
「——蓮人」
「は、はいッ!?」
突然名前を呼ばれ、蓮人は上ずった声を出してしまった。
「……れ、玲華か……なんだ?」
そちらを見ると、そこには少し不機嫌そうな玲華が立っていた。
「なんだ、じゃない。朝のアレは、なに?」
「う……っ」
そう言われ、言葉が詰まる。
たしかに、それについて問われることは予想していた。
朝食を食べている時にも、「そう聞かれたらどう返したらいいか」とずっと考えていた。
けれど、朝学校に登校しても玲華から何も聞かれなかったので、てっきり忘れ去られたんだと思っていた。
帰りのホームルームが終わったと思った瞬間——今になって問われたのだ。
玲華は少し目つきを鋭くさせ、こちらの返答を待っている。
「え、ええと……」
どう答えたらいいか分からない。
いっそのこと本当のことを話そうか、とも思ったが、それを聞いて「蓮人の頭がおかしくなった」とか思われそうだ。
「ここじゃあ話せないこと?」
「そ、そういうわけじゃ……ない、と思うけど……」
連人の声が徐々に萎んでいく。
「分かった。じゃあ、二人きりになれる場所に連れてってあげる」
「え、ちょ……っ」
そう言うと、玲華は蓮人の右手を掴み教室を出ていく。
「玲華、どこに行くんだよ……っ?」
蓮人がそう言うも、玲華は無言のまま階段を上り、施錠された屋上の扉の前にやってきた。
そして、玲華がようやく手を離す。
下校する生徒たちの声が随分遠く聞こえる。
「話して」
意味が分からないまま視線を泳がせていると、こちらをジッと見ながらそう言った。
「話して、と言われても……理解されるかな」
「蓮人の話すことなら、理解する」
何も表情を変えずにそう言う。
「そ、そうか。なら、言うけど」
「うん」
「あの子は——妖精なんだ」
「…………」
蓮人がそう言うと、玲華は微かに眉を動かしたような気がした。
「なるほど」
玲華は小さくそう言う。
蓮人は、てっきりびっくりするだろうなと思っていたが、そんなことはなかった。
ただ一言、そう呟いただけだった。
玲華の事だからひどく驚くと思っていたのだが……。
続けて、玲華は唇を動かした。
「昨日、黒い怪物を見たでしょ?」
「あ、ああ……」
「絶対に、他の人に言わないで」
「……え?」
蓮人が首肯すると同時に、玲華が少し口調を強めて言ってきた。
その口調に押され、蓮人はこくこくと首を前に倒す。
「それと、どうして蓮人の家に妖精がいるの?」
「それは、だな——」
妖精と出会った経緯、魔人と戦っている光景などを玲華に言う。
「それで、助けてもらったお礼として、俺の家に住まわせてあげたんだ」
「ふーん……」
腕を組みながらそっけない感じでそう言う玲華。
「ま、とにかく。怪物もそうだけど、妖精にも気を付けてよ」
「え、あんな女の子に気を付けろ、だって?」
「うん」
あんなかわいい子に気を付けろだなんて、どういう事だろうか。
「あの子、ああ見えて、怪物を殺す力も持ってるから」
「…………」
そう言われ、身の毛がゾッとした。
「と、というか、なんでそんなこと知ってるんだよ?」
そう。一番不思議なのは、なぜ妖精のことを知っているのかということ。
「あー、今はその時じゃないし。まだ言えないな」
「その時って……」
色々と聞きたいことがあるが、そろそろ下校しないと先生に怒られてしまう。
蓮人はそれ以上何も聞かず、こくりと頷いた。
その会話を最後に、玲華は蓮人から視線を外し、階段を下りていった。
「なんだったんだ……」
蓮人は玲華の背中が見えなくなってから、壁に背中をつき座り込む。
ただ話をしただけなのに、重い何かがのしかかってくるような疲れがあった。
「妖精に気を付けろ——か」
一言そう呟く。
魔人、妖精、<ベスティア>……色々なことがありすぎて、頭がパンクしている。
「……結局、俺は何をしたらいいんだか……」
妖精は<ベスティア>を。魔人は妖精を。——蓮人は、何を?
そして、魔人は何のために蓮人がいる人間界へ?何のために<ベスティア>を?
考えれば考えるだけ疑問点が出てくる。
「…………」
はぁ、と小さくため息をついてから立ち上がり、階段を下りる。
その時だった。
「いやあぁぁぁぁぁ——ッ!」
廊下の方から、女子の悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんだ……っ!?」
慌てて階段を下りてみると、廊下には数名の生徒が集まっているのが見える。
そしてその数メートル先には、真っ黒い毛で覆われた怪物らしきものが牙をむき出しにしていた。
「う、嘘だろ……ッ」
「なにアレ……っ」
呟くと、近くにいた女子生徒が尻餅をついていた。
「ど、どうしたら……」
そう口では言うものの、蓮人にできることは何もないのが現状だった。
魔人が作り出した、おぞましい怪物——<ベスティア>
「に、逃げろみんな!」
一人の男子生徒がそう叫ぶ。
それと同時に、そこにいた生徒たちはいろんな方向へ逃げていく。
「…………っ」
だが。
蓮人だけは、その場にいた。
なぜか、身体が言うことを聞かない。
逃げたいのに。この場にいたら死んじゃうのに。頭では逃げろ、と指示を出しているが、身体が氷のように固まったような感じ。
「——うわぁぁぁぁ!」
「——ッ、危なかった」
ものすごい勢いで、そいつが襲い掛かろうとした時だった。
何者かが、そいつの頭を吹き飛ばす。
「……まったく。怪我は?」
「あ、あぁ……ない、けど……え?」
蓮人を助けてくれたのは——まさかのレアだった。
真っ黒いドレスのようなものに奇妙な装飾が施されている。
「なんで……レアが」
「たまたま近くを通りかかってね。叫び声がして何事かと思ったら、まさかこいつだったとは」
その怪物の残骸に近づき、そう言うレア。
「と、とにかく……ありがとう」
「いいの。あんたに怪我がなくてよかった」
そこで思う。なぜ学校に<ベスティア>がいたのか、と。
「こいつの処理は後でやるとして……蓮人。家に帰ったら、少し話をしましょう」
こちらを振り向き、そんなことを言う。
「さあ、帰ろ」
「お、おう……」
スタスタと廊下を歩き、階段を下りるレア。
「……<ベスティア>……」
その残骸に一瞬目を向けた蓮人だったが、すぐにレアの後を追った。
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