五話

「これで、終わりと」

 蓮人は、片手にパンパンになったレジ袋を持ちながら、家に続く道を、のんきに鼻歌でも歌いながら歩く。

 だが、そんなのんきに歩いている場合でもなかった。

「なんだ……ッ!?」

 蓮人は思わず目をつぶる。

 突然、進行方向の街並みが赤い光で包まれたのだ。

 次いで、耳をつんざくような爆音と、凄まじい衝撃波のようなものが蓮人を襲う。

「ぃ……ッ」

 蓮人は反射的に腕で顔を覆ったが——無駄の抵抗であった。

まるで大型台風の中心にいるような風圧に身体がふわりと宙に浮き、数メートル後方へ飛ばされてしまう。

「いてて……ッ、なんなんだ……」

 幸いにも頭は強く打たなかったものの、チカチカする目をこすりながら身を起こす。

「え——」

 蓮人は、間の抜けたような声を出し、唖然とした。

 なぜなら、現実とは到底思えないことが、目の前で起きていたから。

 崩れ落ちるビル。亀裂が入っている地面。

 そして——血まみれの、地面。

 さっきまで普通に歩いていた人が、目の前では倒れていた。


 そんな中——二人の少女だけが立っていた。

 全てが夢か幻かとしか思えない光景。

 けれど蓮人は、そんな異常な光景を、ただ、呆然と眺めるだけだった。

 ——徐々に息ができなくなる。まるで、首を絞めつけられるような感覚。


 どんどん視界が悪くなっていく中、微かに見える。

 服がボロボロになりながらも、その二人の少女と葛藤をしている男を。

 男が右手を伸ばしたかと思うと、さらに首が締め付けられる感覚に襲われる。

「ぃ——」

 かすれた声しか出せない。

 ——もう限界だ。

 そう思った瞬間、視界が真っ暗になり、全身の力が抜けた感じがする。

「——蓮人!」

 名前を叫ばれる。

 だが、蓮人はもう何もできない。

「ぅ……」

 微かに目を開ける。目の前には、真っ黒い奇妙な装飾が施されたドレスを身にまとった少女の背中が見えた。

「レ……ァ」

 やや長い空色の髪をなびかせながら。

「蓮人……しっかりして」

 凛とした表情で、こちらを見る。

 その眼は、悲しみのような、怒りのようなものが見えた気がした。

「ここで——終わらせる」

 男の方へ顔を向け、静かにそう言い放った。

 次の瞬間、重々しく大きな破裂音が蓮人の耳を襲う。

「——くそッ」

 見ると、レアの右手には古式のピストルのようなものが握られていた。

「レア!これ以上、ここにいはいられない!早く逃げないと!」

 すると、もう一人の少女がそう呼びかけてくる。

「でも――」

 その少女がこちらに近づいてくる。

 そして、レアの両肩をガシッと掴んだ。

「でもじゃない!もう、魔力が限界なんでしょ!?」

「……そう、だけど」

「だったら、なおさらでしょ!?」

「…………」

 目を合わせ、静かに言う。

「——フェアリー。このままには、できない」

 カチャリ、とピストルのハンマーを降ろす。

「あいつには、攻撃が効かないの!だから、逃げないと!」

「……彼を、このままにしておけない」

「えっ?」

 そう言って指をさす。——蓮人と、目が合う。

「あ……え?」

 困惑したような表情。

「うそ……生きてたなんて」

 こちらに駆け寄り、手を差し伸べてくる。

「ぁり、がと……」

 その手を取り、何とか立ち上がる蓮人。

「レア、ホントにいいの?」

「ええ」

 徐々に、男がこちらに近づいてきているのが確認できる。

 いや、それだけじゃない。——黒い怪物が数えきれないくらいに、その男の後ろに並んでいた。

「もう終わってよ——ッ」

 右手に持っているピストルを、その男に向け引き金を引く。

 その瞬間、もう一度、大きな破裂音が耳に響く。

 ——けれど。

 その男に、銃弾は効いていなかった。

「危ない——ッ!」

 蓮人を助けてくれた少女、フェアリーが叫ぶ。

 これ以上ないほど目を見開き、息を詰まらせた。

 その男は、真っ赤な炎のようなものをこちらめがけて発射してきたのだ。

「ぅ、うわぁぁぁぁぁ——ッ!」

 たまらず、叫び声を上げる。

 だが——数秒経っても、熱いような感じは無かった。

「え……?」

 呆然と声を漏らす。

 数メートル先から放たれた炎が、レアの目の前で、見えない壁のようなものに阻まれたかのように静止していた。

 フェアリーが、小さく息を吐く。

「こんなところで、力を使いたくないのに……っ」

 言ってフェアリーが、右手を前に出す。

 すると、その炎がみるみるうちに消えて無くなった。

「………っ」

 それを見た男が、少しひるんだようにも見えた。

 だが、攻撃をやめようとはしない。またすぐに、炎が放たれる。

「——っ」

 なんとも奇妙な光景だった。

 彼女たちが何者なのかは分からない。そして、あの男も何者なのかは分からない。

 これだけを見て分かることは、どちらも同じくらいの力なんだなということが分かった。

 フェアリーが男の力を止めている間に、レアがピストルを使って黒い怪物を、次々と殺していく。

 何度も、何度も大きな音が蓮人の耳を襲った。

 それと同時に、普段はほとんど見ることがない大量の血が、地面に流れる。

「——もう無理だよレア!」

 そう叫ぶフェアリー。

 そのすぐ後、風が甲高い音をあげた。

「うわ……ッ!」

 すさまじい衝撃波があたりを襲い、蓮人はもちろんのこと、彼女たちもそれによってバランスを崩す。

 

「お前らを……ここで、終わらせる」


 気が付くと。

 彼女らの目の前に、服がボロボロになった男が立っていた。

「く……ッ」

 レアが声を漏らす。

 それに次いで、レアの服がみるみるうちに消えて無くなっていく。

「……ここまでか」

 力尽きたかのようにそう言い、膝から崩れ落ちるようにして倒れた。

「レア——ッ!」

 フェアリーが叫ぶが、レアはもうピクリとも反応を示さなかった。

 男がフェアリーの首を掴む。

「……ぃ……っ」 

「さあ、これで終わりにしてやる」

「ぅ……ぁ……ッ」

 必死に男の手をほどこうともがくが、無理だった。

 今まで感じたことのない力。それを上回れるほど、フェアリーの能力は高くない。

「……ん?」

 と、その男と蓮人の目が合う。

「人間……ふん……っ」

 すると、その男はフェアリーを解放した。

「……計画が、台無しだ……ッ。いいか?またお前の前に現れて、今度こそ殺してやる——ッ!」



 

 





 



 

 

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