第28話

 三人と一つの霊は、公園に来た。

「初叶。どこにいるの」

 探し回る初生を真似て、紀斗と修平も公園内を見渡す。

「ピロロン」

 修平の鞄の中から音が鳴った。パソコンを開く。

『逃げたのではないか』

「違う!」

 画面に浮かび上がった文字に初生が叫ぶ。

「なんや、大声出して」

 ブランコがキィッと耳障りな音をたてた。誰もいなかったはずなのに、初叶はブランコに座っていた。

「あれが初叶か」

 紀斗の問いに、初生が頷く。

「もしかしなくても、紀斗くんやろ。想像通り、かっこいいやん。はつなちゃんからよく話してもろうとったんよ。やっと会えて嬉しいわ」

 もっと怖い姿を想像していた紀斗と修平は、笑顔でブランコに乗る関西弁の男に唖然とした。

「そっちのインテリくんは何て名前なん」

「吉田修平君。クラスメイトで、巫覡なの」

 巫覡、という単語にブランコをこぐ足を止めた。

「そう、修平くんは巫覡なん」

 ブランコを降り、初生の元に来る。

「ピロロン」

 皆が一斉に音源を見た。

『お前は何も変わっとらんな。十二年前にも思ったが、老いはないのか』

 初叶は線の目を崩した。

「その物言い。これは、晴臣か!」

 修平は驚きつつも、初叶の迫力に押されて頷く。

「晴臣、ずっと君に謝りたかったんよ」

 初叶の言葉を、修平が画面にタイプしていく。

「ほんまに、ごめんな。……謝ったところで許してくれるとは思ってへん。そんでも言うときたかった。勝手に手紙読んどいて、勝手に憎んで……殺して…………」

『そうか……。書きかけの文を読んでおったのだな。兄上は、お前のことを認めておった。日和さんの気持ちを尊重して、結婚させるつもりだった』

「晴義が。でも、日和が僕を好きになってくれたのは“天津甕星”の力のせいで」

『いや。日和さんに力は働いていなかった。本当に日和さんはお前のことを好いとった』

 初叶は、今や完全に面を手放していた。

『我は巫覡。力を視る者。お前が力で日和さんを手に入れたのでないことくらい、知っておるわ』

 初叶は、静かに泣いていた。

「そうなん、力、使ってへんかったん……」

 “天津甕星”自身は、力を視ることはできない。

 その事を巫覡たちはわかっていなかったのだろう。

 初生は、そっと初叶の手を握った。

「僕、今世界で一番幸せな自信あるわ」

 初叶を抱きしめた。初生の小さな腕でも十分に抱けるほど、初叶の胴は細かった。

「初叶は優しすぎるほど優しい。私がちゃんと、知っているから」

 初叶の頬を離れた雫が、初生の首筋に落ちた。

 苦しいほどに強く、抱き返される。初叶が耳もとに口を寄せた。

「もう後悔なんてない。このまま消えような」

 初生以外には聞こえない声量でささやくと、初生の耳を塞いだ。そのまま、初叶は紀斗のことを真直ぐ見る。

「はつなちゃんのこと、頼むで」

「はい」

 紀斗が口を引き結んでしっかりと首肯する。それを聞くと、初叶は初生から手を離した。

「さぁ、願おうか」

 初生、紀斗、初叶が瞳を閉じる。

 修平は、パソコンの画面を凝視した。力を示す数値がぐんぐん上昇していく。初叶の力を表示していた青の線がグラフの最高値を突き抜け、測れなくなってしまった。

「僕らの願い」


 ―――“天津甕星”が消滅して欲しい!


 消えていた青の線が、再び表中に現れた。その値は急激に下降を続ける。赤もそれに平行して下がる。

 その時、修平は自分の愚かさに気づいた。

 ウィンドウを開いて、晴臣宛にタイプする。

『力を全て失えば死ぬというのは、巫覡も“天津甕星”も同じなのではないですか。晴臣様、知ってらっしゃったのでしょう』

『これで“天津甕星”は消える。御主も松原の娘の敵が取れて、嬉しかろう』

 修平は手を握り締めた。ただでさえ寒さで痛んでいた古傷が開く。

『誰も傷つかない、その中には水無さんも含むべきです!これでは、彼女が皆の傷を背負っただけだ』

 止めなくては、と修平は思った。しかし、絶対なる願いの前では、成す術もなく。

 既にグラフ画面には何も描かれていなかった。

 修平が顔を上げるのと、三人が目を開けるのが同時だった。

 初叶の身体の向こうに、滑り台が透けて見える。そして初生は真っ青な顔で地べたに座り込んだ。

「おい初生、どういうことだよ。消すのは“天津甕星”の力だけで、お前自身が消えるわけじゃないって言ってただろう!」

 紀斗が生気の無い初生を抱きかかえて叫ぶ。その合間にも紀斗に伝わってくる初生の脈拍は遅くなっていく。

「嘘ついちゃって、ごめん……ね」

 空気の抜けるような呼吸音。

 冷たくなっていく身体。

「水無さん、しっかりするんだ!」

 駆け寄った修平の脳裏には、縁子の顔が浮かんでいた。

 二度と会えなくなる。その意味を、辛さを、痛いほど思い知らされたのは、つい十日ほど前。

「死ぬなんて、許さねーぞ!!!」

 紀斗の叫びに返事は無く、瞼が完全に閉じてしまう。

「初生!」

 肩を揺すると、つぅと静かに涙が線を引いた。

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