第24話
帰り道。
もし初生の行動を一部始終見ている人間がいたとすれば、その人の目には初生が変人に映っていたことだろう。一人で辺りをきょろきょろと見回しながら、同じところを何度も行ったり来たりしている。
「どないしたん」
そんな初生が、勢いよく振り返った。
「何や、挙動不審やなぁ」
「あなたを探していたの。どうやったら出て来てくれるのかわからなかったから、前に会ったここをうろうろしてたらいいのかなって」
「ほな、僕が現れて良かったなぁ」
常に笑っているため、嬉しいのか何なのかわからない。その笑顔に惑わされてしまう前に。
飄々としている初叶をしっかり見据え、言い放つ。
「巫覡が死んだ」
「……それはまた、単刀直入ずぎやない?」
初叶は全く動揺していなかった。
人ならざるものだからこその非情なのか。
「前回会ったとき、沢山のことを教えてくれた」
「はつなちゃんが知りたい、言うたからな」
「あの時は衝撃が大きすぎてわからなかった。でも、ちゃんと考えてみたら初叶の話にも矛盾があるよ」
初叶が眉根を寄せた。
「矛盾て?」
笑ってはいる。しかし、初生にはその顔が怒っているように見えた。そのことは初生を怯ませる要因にはならない。むしろ、自信に繋がる。
―――大丈夫、今の私ならいつものようにするりとかわされたりはしない。
「初叶はこう言ったよね。『僕は自分の力の使い方っちゅうもんをわきまえてるつもりやし、極力使わんようにしとる』でも本当に、害無く使えていたのかな」
「どういう意味や」
狐目からわずかに瞳が現れる。
「日香織さん――お母さんは、巫覡に襲われるまで力を使ったことが無かった。つまり、巫覡たちが危険だとして認識した力は、初叶の物だということ。巫覡たちに命がけで消そうと思わせるほどの何かを、初叶がしたんじゃないの。でなければ、巫覡たちが“天津甕星”の力を恐れた理由がないことになる」
初叶はゆっくりと、その場にしゃがみこんだ。
「僕の負けやなぁ」
そのまま腕で顔を覆ってしまう。
「あなたは何を………したの」
✻ ✻ ✻
入らない。
今日のサッカー部の活動メニューは、PK方式のシュート練習だ。
「五木先輩のシュート率、前より格段に下がってますね」
記録をとっていた一年生が、順番待ちをしている雄聖に話しかけた。
「お前さ、先週くらいに駅で人身事故あったの知ってる?」
「はい。確か……うちの高校の生徒が、線路に落ちてひかれたんですよね」
「その事故、紀斗の目の前で起きたらしいのな」
「そうなんですか!?」
苦しそうに顔を歪めて、雄聖が頷く。
突然大きな声を出したので、近くで飲み物の準備をしていた一年生たちが寄ってきた。
「何の話?」
「それがさ、」
記録係の一年が話そうとすると、いきなり激しく頭を揺らされ、しゃべれなくなった。抗議しようと、頭を押さえつけている人物の方に体をひねると、犯人は雄聖だった。慌てて、睨んでしまっていた目から力を抜く。
「あんまり口外すんなよー」
もう一度、今度は軽く頭を小突くと、フィールドに走っていった。雄聖の番が、近づいていたらしい。
「なぁなぁ。教えろって」
秘密にされたことで余計に興味をそそられたらしい部員たちが、残された記録係を囲む。
「言うわけねぇだろ。堀先輩との秘密だからな」
フンッ、と胸を張る。皆が憧れている先輩が、自分にだけ話してくれたという優越感。
秘密にすることが先輩の頼みなら仕方がないと大方は持ち場に戻ったが、諦めの悪い部員たちはつきまとう。本心は、お互いふざけあっていたいだけだったが。
「すみません」
「あ、はい」
じゃれあいをいつまでも続けていると、知らない男子に声をかけられた。制服につけられたバッチの色で、二学年であることを知る。
入部希望者にしては時期が中途半端すぎるし、彼は見るからに文化系だ。脇に黒いノートパソコンを抱えている。
「五木紀斗君はいますか」
用事は、サッカー部にではなく紀斗にだったらしい。
「五木先輩なら、あそこです」
指をさして位置を教える。
まだ、紀斗の休憩ローテーションはまわってこなさそうだ。
「もう少し時間がかかっちゃうと思うんですけど」
「じゃあ、ここで待たせてもらってもいいかな」
吐く息が白い。彼の鼻は、既に赤くなっていた。
運動しているならまだしも、二月の寒空の下を防寒具無しで立っていたら、絶対に風邪をひいてしまう。
「風邪ひいちゃいますって。……そうだ。部室に居てください。練習一段落したら、五木先輩を行かせますから」
「ありがとう。そうさせてもらうよ。で、部室どこかな」
一年生たちが、顔を見合わせた。
「え、何か俺変なこと言った?」
「あそこのピンクの建物ですけど。あんな目立つのを知らない生徒、いないと思ってました」
振り返り、部室棟を確認した彼は苦笑した。
「確かに目立つね。いや、俺今日転入してきたから、何も知らないんだ」
「そうなんですか。すみません、失礼なこと言って」
「別に。気にしないで」
女の子のような、可愛い笑顔だった。馬鹿にしているのではなく、褒め言葉として、彼は高二男児とは思えないほどに愛嬌がある。
「扉に各部活の絵が描いてあるんで、行けばわかると思います」
「わかった。本当にありがとね」
くしゅん、と小さなくしゃみをして真っ直ぐ部室棟へ歩いていく。既に風邪をひきかかっているのかもしれない。
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