参 最果ての先

第20話

「すみません。事情聴取のため、駅長室にお越しください」

 駅員が話しかけても、初生は反応しなかった。

 今の初生に聞こえているのはただ一人の声。それも幻聴。

 ―――「答えは、脅威だから、や」

 初叶の言葉が初生を縛る。

「俺も同行していいですか。ホームに落ちたのはこいつのクラスメイトです。突然のことで動揺しているようなので」

 全く相手にならない初生に代わって、紀斗が応じる。温厚そうな駅員は、嫌な顔ひとつしなかった。

「わかりました。……少し時間を空けて落ち着いてからでかまいません。事故処理がありますので、私はこれで」

 一礼して、駅員は行ってしまう。

 そっと紀斗が肩に手を置くと、初生はびくりと跳ね上がった。恐る恐るといった様子で振り返った初生の顔には、恐怖の色が窺える。

「大丈夫、俺がついて、」

「私……」

 紀斗でさえも、初生にその思いが届くことはない。

 震える声で搾り出すように発する初生の言葉を聞き取れるよう、紀斗は初生の前に回りこんで膝をついた。その途端、初生はすがるように紀斗のブレザーの襟を握り締めた。

「私が、松原さんを……!」

 瞬かれた瞳から光が転げ落ちる。

「お前じゃない。俺は一部始終を見てたんだ。あいつは勝手に、」

「違う」

 次から次へと溢れ出る涙は、重力に逆らうことなく落ちていき、初生のリボンタイにしみを作った。

「私ね、願いが叶うの。信じられないかもだけど……」

 紀斗は息を呑んだ。

「信じる。……というより、知ってた。松原に聞いて」

 初生がようやく紀斗の顔を見た。

 その拍子に、新たな雫が一粒流れた。

「私、願っちゃったの。松原さんがいなければって」

 紀斗は自身の鼓動が激しくなるのを感じた。

「それでも、少なくともお前だけのせいじゃないじゃないだろう」

「どういう意味。かず、意味がわからないよ」

 つぅ、と涙が頬の上を滑る。

「初生はどこまで知ってる?自分の力について」

 そう言われて、初生は自身の力についてあまり多くを知らないことに気づいた。

「クオーターであるお前の力は、完全じゃない。一人で願っても叶わないんだ」

 “願い続ければ叶う”初叶が教えてくれたこと。それは虚構だったのか―――?

「叶える条件は、お前と同時に俺も心から願うこと」

 縁子が死の間際に言っていた“触媒”の意味がようやくわかった。

 つまり、願いを叶える力自体を持つのは初生だが、紀斗が触媒とならない限り力は発動しないということだ。

「………!まさか、かずも松原さんが」

「いなければよかったと思った。だからこれはお前一人の罪じゃない」

 零れ続ける涙を拭おうと、紀斗は初生に手を伸ばした。

 ぱんっ。

 勢いよく払われた手は、行き場を失う。

 紀斗はこの状況にデジャビュを感じていた。

「私たちは、もう一緒にいないべきだよ……」

 両手の甲で荒く目をこする初生。

「同じ感情を抱かないようにしなきゃいけない。そうしないと、もっと悲しいことが起こる」

 立ち上がり、落ちていた鞄を拾い上げると、階段を下り始めてしまう。

「待て」

 紀斗は慌てて後を追う。

「ついてこないで!」

 人目を気にした小さな声ではあるが、その叫びには妙な迫力があり、紀斗は階段の前で立ち止まった。

 初生は手すりを握り階下を見つめたまま、足を止める。

「事情聴取には私独りで行く。……もう、話しかけないで」

 追いかけることはできなかった。

 一人ホームで初生の短い髪を見送りながら、紀斗はデジャビュの原因に気づいた。

 縁子と初めて会ったときだ。

 屋上で会ったあの少女も、伸ばした手を撥ね退け、階段の下に消えていった。

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