第18話
無言で歩き続けていたが、ようやく紀斗が口を開いた。
「これで本当に、初生の安全を保障するんだな」
遠くに見え始めた駅の明かりを睨み付けながら問う。
「えぇ。彼女はクオーター。完全ではないの。水無さんが“天津甕星”の力を使うためには、あなたも同時に願う必要がある」
「だから、俺が初生との関係性を絶てば満足ってわけか」
つかまれ続けていた右手を大きく振って、縁子を振りほどく。
「満足、にはほど遠いわ。私、紀斗のこと本気で好きよ」
尚横に並んで歩こうとする縁子を振り切るため、早足になる。初生なら走らなければ追いつけなかっただろうが、長身の縁子には通用しなかった。
直ぐに駅に到着してしまう。
「俺はお前と付き合う気なんかない」
改札を抜けた途端、電車の発車音が聞こえた。
一本逃してしまったらしい。
「いいのかしら。紀斗がどうしてもと言うから、私と水無さんの秘密をまとめて教えてあげたのに」
縁子が保健室を出た後、紀斗は縁子が残していった言葉たちがどうしても気になった。
次の日に縁子を捕まえ、全てを話して欲しいと頼むと、縁子は十日間彼氏になり初生との関係性を絶ってくれたら教えると言ってきた。
紀斗はその条件を呑む他に無かった。
初生との十日間を対価に得た情報。
初生が“天津甕星”という、全ての願いを叶えることのできる力を持つ者であるということ。
しかし初生の力は完全ではないため、紀斗の協力が必要なこと。
“天津甕星”はこの世の全てを変えうる力を持つ恐ろしい存在であり、その力から人々を守るために巫覡という者たちがいること。
縁子はその巫覡の一人であり、初生に利用されている紀斗を救うために、二人のいるこの高校に入学したのだということ。
繰り返し言われたのは、初生が求めているのは幼馴染としての紀斗ではなく、従順に初生の願いを共に現実にする紀斗の力であるということ。
そして、二人が共にいたいと願ってしまっていることで現在その願いが現実となっているのであり、決して出会うべくして出会ったのではなく紀斗は騙されているのだ、ということ。
「お前の話を全て信用しているわけじゃない」
「酷いわ。でも、今はそれで構わない。兎に角、紀斗じゃなくても事足りるのよ。幼馴染なら見てきているでしょう。水無さんの周りに人が集まっているのを。力に引き寄せられているのよ。紀斗もその中の一人にすぎない」
楽しそうに笑っている。
「それじゃ辻褄が合わない。初生のことを好きな男子は確かに多いけど、女子には基本的に嫌われてる。力が人を引き寄せるなら、そうはならないはずだ」
縁子は涼しい顔で毛先をいじる。
「磁石の原理と一緒よ」
「磁石?」
「男子をN、女子をSとするとわかりやすいわ。水無さんは強力な磁力を持っている。だからN極を強く引き付ける。反対にS極と強く反発する。水無さんと仲良くできる女子は、力がほとんど無くて影響を受けない子だけ」
手櫛で髪を梳かしている。その手を下ろし、縁子は上目遣いに紀斗を見た。
「そうだ、彼氏期間の延長、承諾してくれるのよね」
にこにこと笑ったまま、隙在らば手を繋ごうとしてくる。
それをかわしつつも、しぶしぶ頷く。
「ありがとう。嬉しいわ」
これしかないのだ。
そうしなければ……初生が巫覡に拘束されてしまうのだから。
「あら、追いつかれちゃったわね」
縁子の視線の先には、たった今ホームに上がってきたらしい初生がいた。
初生は悲しげに目を逸らし、紀斗から一番離れた乗車口の位置に立った。
「なんか悲しそうだから、私が慰めてくるわ。………さようなら」
今までのべたつきが嘘のように、手を振ってあっさりと初生の方へ行こうとする。
「待て。初生に何を言う気だ」
とっさに、手を掴んでしまった。
「引き止めてくれるなら嬉しいけど……」
電灯に照らされた縁子の後姿。
パーマをかけられた赤茶の髪の間から覗く唇が、一瞬だが、強く噛まれた。
しかし直ぐに大きく息を吸って、いつものように絶対王政下の女王のごとき口調になる。
「紀斗は私にそんな口をきける立場かしら。水無さんがどうなってもいいの」
横柄な態度に怒りを覚える。しかし紀斗には、縁子に歯向かう事などできなかった。
人質にとられたのが初生でなかったら。仮に紀斗自身を楯に取られていれば、ここまで追い込まれることもなかっただろうに。
手を離し、黙って見送る。
それしか選択肢は与えられていなかった。
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