第13話
わからない。
初生の家族の本当の姿がどうなっているのか。
一人考え事に耽りながら、機械的にいつも通りの帰路をたどっていた。
誰かに聞こうにも、親戚は一人も知らない。祖父母や伯父さんというものに会ったことすらなかった。
「なんや、今日はえらく暗い顔しとるな」
顔を上げると、いつの間にか目の前に初叶がいた。
そうだ、彼なら。
「ねぇ初叶、私のお父さんやお母さんのこと知らない?」
初めて、初叶の瞳が見えた。
しかしそれは刹那のことで、すぐにまた線に隠されてしまった。
「どうしてそないなことが知りたいん」
聞いてはいけない。
何故かそんな気がした。
この問いの答えを知ってしまえば、もう後戻りはできない。そんな予感。
それでも―――進みたいから。
「私の家族に対する記憶には、矛盾が多すぎるの。私は真実が知りたい。何が本当なのかを見極めたい」
「仮に、はつなちゃんの記憶が操作されてるとするな。したらそれは、何のためにされたんやと思う。少なからず、はつなちゃんが知らんほうがええと思ったから、やったことや。知ったら辛いことかもしれへん。それでも、知りたいんか」
しっかりと初叶を見据えて大きくうなずく。
「いい目や。今のはつなちゃんなら、大丈夫やろう」
初叶は、紀斗に似た大きな骨ばった手で初生の髪を優しく撫でた。
近くの公園のベンチに並んで腰掛けると、一息ついてから語り始めた。
「でも、その話をするにはまず、“天津甕星”について話さなあかんなぁ」
「あまつみかぼし?」
「そや。『日本書紀』に出てくる悪い神様の名前やな。これが僕につけられた名前でもあるんよ。悪神が由来なんて名前、嫌やろ」
一見全く関係のない話に、なんとかついていこうと小さくうなずいて先を促す。
「前回会うた時に聞かれたな、何者や、って」
そのときは、紀斗の話を出して有耶無耶にされていた。
「もうはつなちゃんは気づいてるみたいやけど、僕は……」
「……人間じゃない、の」
「当たり。大正解や」
かなりの暴露話であるはずなのに、初叶はあっけらかんとしていた。
僕は人間じゃない、なんて簡単には信じないのが普通だろう。三ヶ月前ならば、初生もそうだった。
しかし、体が入れ替わるという人知を超えた事件を自らが起こしてしまってからは、世界観が変わっていた。
「僕は“天津甕星”。これは名前であり、族名でもある。中には、僕の持つ人間にはない力自体をこの名で呼ぶ者もいるみたいやけど」
「人間にはない力?」
「願いを叶える力や」
思い出した。幼い頃に聞いた言葉。
“願い続ければ叶う”
それを教えてくれたのは、初叶だ。
「僕は元々、願いの塊のようなもんや。強く願ったのに叶わず、諦められたり、忘れられたり、捨てられたりしてしまった願い。その、「叶えられたかった」ちゅう願いの思いが集まって、僕が生まれた」
人の強い思いが生み出した、願いの結晶。
「そんな僕が、人を好きになった」
夕日に照らされ、空を見上げる初叶の頬が紅く染まった。
「その人とは……」
「結ばれたで。娘も一人おった。日香織ゆうんやけどな、日香織には“天津甕星”としての重荷を背負わせたくなかった。だからずっと隠し続けたまま育てたんや。身内ゆうことを差し引いても、いい子に育ってくれたと思うで」
そこでようやく、初叶は初生の方を向いた。
「ほんま、はつなちゃんはちっこい頃のあの子にそっくりやわ」
優しい目は、初生を見ているようであって、初生を見ていない。ただ単に、その中に残る日香織の面影を見つめていた。
「日香織さんは、どうなったの」
「死んだ」
初叶は笑顔の仮面を被ったまま、初生を直視していた。
いくら初生であっても、仮面を脱ぐことができないほど辛いということだと理解できないほど、鈍感ではなかった。
「日香織はほんまに何も知らんかったんや。普通の人間の女の子として生きてて、普通に結婚して子供もおった。幸せそうやった。なのに……何で日香織が死ななあかんかったんやと思う」
難しい問いを投げかけられ、返答に窮した。
「答えは、脅威だから、や」
「脅威って……」
「“天津甕星”の力は、願いを叶えるための力や。もしも「人類が滅亡して欲しい」と心から願えば、それは簡単に現実になる」
そう言われれば、確かに脅威だ。
しかし。
「日香織さんは自分が“天津甕星”の血を継いでいることも知らなかったんだよね?」
「そうや。だからこそ、脅威やった」
「???」
意味が理解できずに首を傾げると、初叶が再び初生の頭に手を置いた。
「つまりや。僕は自分の力の使い方っちゅうもんをわきまえているつもりやし、極力使わんようにしとる。でもな、日香織はちゃうねん。自覚がないから、力の制御もできん。本人にその気がなくとも、心からの願いは勝手に叶っていくっちゅうことや」
無自覚のうちに何かを恨み、危害を加えてしまうかもしれない。それは被害を受ける側にとっては脅威だ。
「だから人間たちは日香織を……消した」
酷い。
人間が何か被害を受け、その報復をしたというのならまだわかる。
しかし、何もしていないのに「するかもしれない」という理由で危害を加える。
その方が“天津甕星”よりもよほど恐ろしく感じた。
「日香織だけならわからんでもない。でもな、ほんまに酷いんはこっからや。奴等は僕と繋がりのあったもんは皆敵やと考えとるらしかった。妻を、日香織の夫とその家族を、皆殺した」
「それじゃあ、ただの殺戮じゃない!」
なんて惨い。
「そうや。なのに奴等は今尚正義を気取っとる」
背筋がすっと寒くなった。
「奴等はその時に“天津甕星”を完全に排除するつもりやったらしい。でもな、奴等には二つの大きな誤算があった」
「誤算?」
「一つ目は、奴等が考えていたよりも僕の力が強かったことや。奴等は人間やけど、特殊な力を持っとった。詳しい仕組みは知らんけど、奴等は“天津甕星”の力を吸収できるみたいなんや。せやけど、僕の力全てを吸い取るのはできんかった。その力は、自らの命削ってやっとるみたいやった」
命懸けで、挑んできた。
こんな殺戮を―――。
「かといって僕は殺せへん。自分でもようわからんけど、人やないから老いも死もないみたいなんよ。せやから、封印することにされた」
「じゃあ、この約十年間あなたは、封印されて?」
「正解」
十年もの時間を奪うなんて。
「二つ目の誤算は、日香織が死に際に全力で“天津甕星”の力を行使したことや。僕は本気でこの力を使ったことは………ない。どんなに叶えたい願いがあろうと、それを現実にするためには犠牲が大きすぎるし、予期せぬ悲劇を呼ぶことになるから。……日香織の最初で最後の全力の願いは、誰にも覆すことのできない絶対なるものになってしもうた」
絶対に覆せない願い。
最期の願い。
「日香織さんがそこまでして願ったことって……」
「娘が生き残ることや。まだ四歳になったばかりの小さな女の子とはいえ、奴等にしてみれば忌まわしき“天津甕星”のクオーター。せやけど、どうしても殺せへんし、そこまでの戦いや僕の封印のために奴等も多くの人が亡くなったり、負傷したりしとった。既に新たにもう一人封印ができるだけの人材もおらへんかったし、その子は無事に生き延びたってわけや」
日香織の願いによって救われた命。
「でも、たった四歳の子一人生き残って、どうすることもできひん。奴等も少しは情があったんやろな、その子の記憶操作して、帰りの遅い父親と二人暮らししとるっちゅう設定にして、生活費は出したってたんやな。これは僕の封印解けてから知った話やけど」
まさか、その生き残りの娘は―――。
「私、なの」
「………正解や」
頭が真っ白になる、という表現は的を射ていると実感した。
初生はただ、ぼろぼろと大粒の涙を流し続けることしかできなかった。その涙が収まるまで、初叶はずっとただ髪を撫で続けていてくれた。
初叶の胸は温かく、懐かしい匂いがした。
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