第6話
『お前は何で、俺になりたかったわけ』
「そ、それは」
『思うに、それが重要なんじゃないか?』
確かに、そうなのかもしれない。
「さっきは私からだったから、今度はかずからね」
不満そうな呻き声の後、紀斗が暴露を始めた。
『お前、いつも大変だろ』
「……大変な人になりたかったの?」
『馬鹿。そうじゃなくて………』
「何なのさ」
要領を得ない話に、つい応答が荒くなる。
『俺が辛いのとか全部、代わってやれたらよかったのにって』
「そんなのっ……馬鹿だよ!」
『だな』
駄目。
雫は零したとしても、嗚咽はこらえないと。
でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嬉しい。
「嘘。ごめん。ありがとう」
『別に、何かできたわけじゃないし、逆に迷惑、』
「そうじゃなくて!」
涙声で叫んでしまったのが駄々っ子のようで。慌てて勢いを沈める。
「そうじゃなくて。かずの優しさに対して、ありがとって言ったの」
『こんなんで良ければ、いくらでも思っといてやる』
「………うん」
『だからもっと、頼れ。お前は一人で頑張りすぎだ』
「………うん。でもそのためには、かずはかずでいなきゃ」
『そうだな。支えるには、お前になっちゃ意味無いな』
頼っても良かったんだ。甘えても良かったんだ。こんな近くに、見守ってくれている人がいたんだ。―――近すぎてわからなかった。
『泣き止んだか?』
「うるさい」
ごしごしと目をこする。そこでふと思い立った。
「今ならかずの泣き顔見放題だね」
『止めろ』
動揺の無い鋭い声は、かなりの迫力があった。
これが本物の紀斗の低い声だったら………私の声で良かった、とひそかに胸を撫で下ろした初生であった。
『お前の理由は』
うっ、と言葉に詰まる。でも、隠し通すわけにもいかない。二人の身体がかかっているのだ。
「かずのことが、羨ましかったの。友達と放課後に遊べて、部活で活躍して。いつも輝いて見えてた。………ついでにモテるし?」
最後は小さい声で付け加える。すると、返ってきたのは初生の予期せぬ答えだった。
『確かにお前は他のやつより遊べないし、部活だってできないけど、俺よりお前のがモテてたろ』
「……はい?」
十六年間の記憶をざっとさらってみるも、誰かに告白されたようなことは全く無い。これのどこが、モテたと。
『まさか気づいてなかったわけじゃないよな。例えば幼稚園のときホワイトデーに、チョコあげてもいない男子からお返しもらってただろ』
事実だが。
「あれはただ単に、クラスみんなにあげてたんでしょ?」
『そんなの、照れ隠しに決まってるだろ』
反論しようとしたが、確かに他の女の子が手提げいっぱいにお菓子を持ってはいなかったような。
『それから……小三くらいだっけ。劇やったろ。あの時クラスの男子ほぼ全員がお姫様役にお前推薦しただろ』
あれはてっきり嫌がらせだと。
『小五。キャンプファイヤーのダンスでお前と踊るために、必死なやつが多数』
そんなこと、初耳なのですが。
『修学旅行でお前と同じ班になるために、白熱した腕相撲大会が勃発』
じゃんけんで早く決めればいいのにと、女子たちで話していた、あれか。……ん?でもあの時は確か―――。
「全ての班が決まった後に、私別の班の子と代わっちゃったよね。」
それで紀斗と同じ班になった。一緒の班になれてとても嬉しかったから、このことは初生もよく覚えている。
『あれは大変だったんだぞ。せっかく優勝したやつが、お前と一緒になれなかったんだから』
「なんか悪いことしちゃった気分。……でも、かずは負けてたってこと?クラスで一番握力強かったのに」
『あの時は右手骨折してたろ。左手でやったんだ。そりゃ負けるだろ』
「そっか」
納得はしたが、引っかかることがあった。
紀斗が骨折した理由って、なんだっけ。
『一番わかりやすい例を思い出した。中二のとき、告られたろ』
しかし、紀斗のとんでもない発言で、初生の小さな疑問は吹っ飛んでしまった。
「待って。私告白されたことなんて、一度も」
『お前にとっては、そうかもな』
意味深な発言に、続きを促す。
『あいつが「俺のこと好き?」って聞いたら、お前満面の笑みで「もちろん!一生友達でいてね!!」って』
その場面を思い返してみて―――。
「そ、それって私、すっごく酷いことした………?」
『したな。思いっきり。いっそ清々しいほどに』
きっぱりと言い切る紀斗が憎らしくなってくる。
「何でもっと早く教えてくれなかったの。私が何も気づいてないことも、全部知ってたくせに」
『知って欲しくなかったから』
あっさりと悪びれずに言ってくれるが、よく考えると相当酷い。とりあえず、弁明は許してやろうという情けを持って、尋ねる。
「……何で」
『好きだから』
……………はい?
「いや、そりゃ私だってかずのこと好きだし、かずが告白されているところを目撃するのは複雑な心境ですけ…」
『俺の好きは、そういう好きじゃなくて』
初生が言い終わらないうちに、紀斗が被せてくる。
『友達とか、幼馴染とか、確かにそういう好きも混じってるけど。俺の好きの大半は、付き合って欲しい、とかそういう方の、好き』
「……何、好き好き連呼して。」
『そうしなきゃ、お前わかんないだろ。鈍感』
恥ずかしがっている様子など微塵も無く、さもそれが当たり前かのように。
「悪かったですね。鈍感で」
悪あがきは、所詮悪あがき。
『可愛くない奴。特に男の声だと救いようが無い』
「かずの声でしょう」
二人で声をあげて笑った。
声が入れ替わっているから、二人が同時に笑うと自分の声が遠くから聞こえてくるように感じる。浜辺で聞く、波の音に似ていた。
ひとしきりの笑いがおさまると、静寂が訪れた。
『お前はさ、』
先に切り出したのは、紀斗だった。
『どうしようもなく鈍感だから気づかなかったろうけど、俺、ずっとずっと前から、お前のこと好きだ』
「……うん。」
こんなときどう答えればいいのかなんて、誰にも教えてもらってない。
『俺と、付き合って欲しい』
ちゃんと見ていてくれた人がいる。
ありのままの初生を、好きになってくれた人がいる。
紀斗にならなくても、初生は初生でいいのだ。
「私は、」
そのとき、再び急激な睡魔が初生を襲った。その既視感に怯えるより先に、意識を手放してしまったのだった。
✻ ✻ ✻
「聞こえておるか」
「はい」
暗闇の中にあるのは、己の声のみ。仮に私以外の人間がここにいたとしたら、私はひとりでしゃべっている不審な者に見えたことだろう。
もうひとつの、語りかけてきた声の主は、ここにはいない。しかし、どこかには存在する。
私は、巫覡。声を聞き、発する者。
そして―――唯一“天津甕星”の力に対抗し得る者。
「感知しておるな。力が使われたのを」
「はい。そして急激に増大した」
「そうだ。御主の役目、わかっておろう」
「水無初生を、監視すること」
「それだけか」
年老いた男の低い声が、体中にまとわりついてくる。
「……五木紀斗を、引き離すこと」
「そうだ。こうなってしまったからには、もう手段を選んでいる暇は無い。“天津甕星”のことも気になる。………我が何を言いたいか、聡い御主ならわかるであろう」
いざとなれば、五木紀斗を殺せ。
言葉にしないのは、悪い言霊を発しないためだ。一族始まって以来の天才と呼ばれし巫覡は、死して尚配慮に抜かりが無い。
彼に次ぐ天才と畏れられる私はしかし、彼のような崇高な理念のもとに口にしなかったのではない。単に、紀斗を殺すという手段を始めから否定しているからだ。だが巫覡としては、このような考え方は間違っている。だから私は、彼に従うふりをする。まだ私には、彼の力が絶対に必要だ。
「はい」
しっかりと、肯定の意を示す。
強大な力の主が、離れていくのを感じた。閉じていた目を開くと、暗闇が横たわっていた。
たった今まで対話していた相手。それが、今まで私が知っていた最大の力だった。
それが、つい一時間ほど前、更なる大きな力を認知してしまったのだ。
私は、“天津甕星”の力を甘く見すぎていたのかもしれない。
油断は命取りだと、何度も教わっていたのに。
闇の中に一瞬、昼間屋上から見た紀斗の姿が浮かんだ。
もう、油断なんてしない。
容赦もしない。
全ては世界を、人々を……………紀斗を守るために。
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