第2話
止まりたくなるのを根性で堪える。足を動かし続けなくては。
白と黒のボールは、紀斗の右足によってゴールの中へと放たれた。
「さすが五木先輩だよな」
ベンチで先輩の分のタオルを用意しながら、一年生部員が先輩のプレーの感想を口々に言い合っていた。サッカー部は昨年今年と、二年連続でマネージャーを獲得することができず、二人の三年生マネージャーが引退してしまった今、雑用は全て一年生部員の仕事である。
現在グラウンドでは、二年生全員に一年生の選抜を加えた二十二人を二つに分けて、紅白戦が行われている。前半十分に紀斗がゴールを決め紅が一点、一対零でハーフタイムになった。
十一月であるにもかかわらず、選手たちは汗だくだ。試合に出ていない一年生の準備していたタオルで拭う。
「集中していこう」
「はいっ」
紀斗のよく通る低い声が、敵味方問わずに皆を励ます。
後半が始まった。前半でとばしていた紅が試合終了まで残り三十分のところで相手に隙を突かれて、白も一点を決めた。
残り時間が少なくなり、引き分けかと思われたその時。ロングパスが紀斗に繋がった。見事ゴールに蹴り込み、二対一で紀斗のいる紅が勝った。
「おめでとうございます、先輩」
ベンチから一年生が駆けてくる。
「紀斗がいるのはやっぱずるいって」
白の二年生で副部長の
確かに、紀斗の勝率は試合も練習もかなり良かった。
「心の底から勝ちたいって願ってるからな」
「おぉ。良い事言うね」
茶化されたが、紀斗は本気だった。
思いが強ければ願いは叶う。
そう信じられるだけの結果が出ていた。
✻ ✻ ✻
今日も紀斗の調子はよさそうだ。
一人きりの屋上で、持参した双眼鏡を覗き込む。しっかりと紀斗を捉えていた。
できることならば、サッカー部のマネージャーになって近くで応援したい。しかし、それは許されなかった。どんな緊急事態にもすぐに対応できるよう、部活の加入は禁止されているから。
今こうして屋上にいるのは、平和である証拠である。これが嵐の前の静けさ、というものでないことを祈る。
高校一年生の四月に、紀斗と出会った。今は十一月であるから、あれからもう十九ヶ月も経ってしまったのか。紀斗は覚えているだろうか。いや、覚えてはいないだろう。
それでも良かった。
ただ、紀斗が幸せであれるなら。傷つかずに済むのなら。
―――私は何だってする。
✻ ✻ ✻
学校の周りを三周走り終え、首にかけたタオルで汗を拭きながら校門をくぐった。
「お、今朝も自主練か。よく毎日そんなきついメニューで続くな」
雄聖がすれ違い様に紀斗の背中を叩いた。
「おはよう。別に、好きでやってるから」
足を止めることなく、グラウンドへ向かう。
「俺も着替えたら直ぐ行くから」
紀斗は軽く手を上げて答える。
サッカー部は毎日朝練がある。紀斗は毎朝、集合時間の三十分以上前に登校して、個人トレーニングをしている。二日に一回ほどの頻度で雄聖もこれに加わる。
二人が部長、副部長に選ばれたのはその技量や才能だけでなく、努力の賜物である。
高校のグラウンドはそれなりに広く、とりあえずサッカー部員が練習に不便を感じたことはない。
校舎の教室棟に寄り添うように建っているのが、外部活のための部室棟である。これはプレハブの二階建てで、一見安アパートである。夏は暑くなりやすく、冬は寒くなりやすい。そのため、外部活に所属する男子生徒は建て替えを望んでいる。
しかし、所属部活を問わず女子からは人気が高い。理由は、可愛いから、だ。外壁がピンクで、過去に美術部が描いたという花の絵が沢山散りばめられている他、各部活の部屋のドアには部それぞれの特徴を掴んだ上手すぎる絵がある。例えばサッカー部なら、緑色のユニホームを着た茶髪の男子からサッカーボールが力強く蹴りだされ、彼の目線の先、ゴール前には黄色いユニホームの黒髪の男子がいて、真剣な表情で大きく手を広げている、というものだ。
そしてこれに、公立高校であるがために予算が無いという大人の事情も加わり、今のところ部室棟が建て替えられる予定は全く無い。
着替えを終えた雄聖は、ボールを持ってストレッチをしている紀斗の元へ向かう。入れ違いに部員たちが次々と来て、部室は着替えるための部員で混み始めた。雄聖は人ごみが苦手なので、人より早く来ている理由の一つに、きつきつの中で着替える破目になるのを避けるためというのもある。
「パス練習しようぜ」
言うが早いや、雄聖は屈伸している紀斗に蹴りこんだ。
やはり紀斗は瞬発力も人並み以上で、すぐに蹴る体勢に入る。
「こっちはストレッチ中だ、いきなり始めるな」
文句を言いつつも、いい位置に返してくる辺りが流石だ。
「やっぱ、五木先輩すげー」
着替え終わった後輩たちが、朝練習の準備をしながら憧れの眼差しを向けていた。
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