50.紛糾

 今回の肥満禁止法における三人が死亡した殺人事件は、センセーショナルにマスコミによって報道された。


 矯正島に警察が上陸し捜索したところ、合宿所から高遠と白石の遺体が。そして港近くの廃屋からは大嶺の遺体が発見された。


 高遠は死亡から数日が経過しており、夏場の暑さもあり少々腐敗が進んでいた。高遠も白石も肉を削ぎ落されたり嚙みちぎられたりした跡があり、警察官はその惨状に目を覆った。


 大嶺の遺体の様子からは、犯人である井之上更紗の強い殺意が認定され、更紗は即時での逮捕となった。


 山室は本土に帰ってから三日三晩寝ずに原稿を書き、帰宅後四日目には東京中央新聞にて特集記事が見開きで掲載された。


 記事の反響は凄まじく、国民はこぞって民慧党を叩いた。


【こんなサイコパスをメンバーに選んで合宿に行かせたのは失敗だ】

【そもそも強制的に合宿をする意味があったのか?】

【合宿所の食事メニューが刑務所のそれより酷過ぎる】


 それは国会でも同じで、野党はここぞとばかりに道祖土さいど幹孝内閣を総攻撃した。


「道祖土総理の甥御さんがトレーナーとして参加していたとの事ですが、そのなぁなぁな関係が定期連絡をないがしろにする要因となったのではありませんか?」

「現代社会において、合宿所にWi-Fi環境すら整えなかったのは政府の失策ではないのか?」

「トレーナーである高遠がメンバーと色恋沙汰になったのはモラルと資質の問題があったのではないか?」

「合宿を決行する前に心理士による面談をするべきではなかったのか?」

「大嶺剛史については政府の強引ともいえる引き出し方に問題があったのではないか?」


 後出しじゃんけんとも取れる批判は、今回の場合容易であった。政府の考えた合宿プランは異常者からすればむしろ好都合となる穴が複数あったからだ。


「甥である高遠伊槻は、ダイエット合宿に集中したいから雑音を入れたくないと要望を出していたので、日報等の連絡は省いておりました」

「合宿に集中して頂くためにも、ネット環境は重要ではないと考え、Wi-Fiの整備はいたしませんでした」

「伊槻は真面目一辺倒な人間です。きっと彼なりに本気でメンバーである井之上更紗さんを愛してしまったのだと思います。倫理的には間違った事をしたかもしれませんが……」

「健康診断の結果のみを見てメンバーを選定してしまったのはわたくしどもの失策と言えるかもしれません」

「民慧党としては肥満の人間は罪人と同様でした。よって引きこもりであった大嶺剛史さんを無理矢理合宿に連行してしまった。結果としてあんな事になって遺憾の意を表します」


 道祖土総理は、そのひとつひとつに誠意をもって回答していたが、何を発言してももはや火に油の状態であった。


「しかし、大切な国民を強制的に合宿に参加させる以上、その安全を確保する事は何よりも重要だったのではないか?」

「今時ネットすら出来ない環境というのはどんな山奥でもあり得ない。ネットはインフラであり生活必需品である。参加者を隔離状態にして、そこは刑務所でも何でもない。そもそも彼らは罪人ではない」


 結果として、道祖土内閣は総辞職となり、国民の審判を仰ぐために衆院も解散され総選挙となった。その結果、野党第一党であった国想党こくそうとうが過半数の議席を獲得し、政権交代の運びとなった。


 新たに与党となった国想党の永業竜明えいごうたつあき総理大臣は、肥満禁止法を廃止し、肥満体の人間は保険診療でダイエット治療が受けられる『健康体重維持キャンペーン』を行ったが、その制度を使って三千名余りいたBMI三十以上の人間が全員痩せたかどうかは定かではない。


 政権を奪取され、衆院選でも敗れて議員の地位すら失った道祖土幹孝元総理大臣は、甥を亡くしたショックも相まって心身に不調をきたし、晩年は精神科病院でひっそりと余生を送った。その姿はとても孤独そうに見えたと、担当の医師は語っている。


 そして、合宿から一年が経った──。

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