48.決着

「何て事するのよ! 目が! 目が痛い!」


 更紗は手で目を覆うと大粒の涙を流していた。いつのまにか包丁は地面に転がっていた。それを山室が蹴り飛ばす。


「こんなもの、役に立たない方が良かったんだが……。すまん、井之上さん」


 催涙スプレーの缶を地面に投げ捨てながら山室が更紗に謝罪をする。


「君の命を守りたかったんだ。君は、生きるべきだ」

「あの人のいない世界に生きるだなんて嫌よ! 死なせて! 今すぐわたしを死なせてぇぇ!」

「死んでどうするの更紗ちゃん! あなたは罪を償って、そして高遠先生の分も幸せになるべきなのよ!」


 未来は語気を荒くしてまくしたてた。


「確かに、最愛の人を亡くした事は辛いかもしれない。私には分からない事かもしれない。でも……でもね、もしも私が高遠先生だったら、復讐に支配されて心を真っ黒にした更紗ちゃんなんて見たくないと思う」

「あんたに何が分かるのよ! あんたはあの時佐恵子姐と一緒にわたしに高遠先生の様子を見に行く必要は無いって言った! あの時わたしが見に行っていれば結果は変わったかもしれない!」

「それは……そうかもしれないけど、あの時はそれがベストだって思ってた! それに、それは結果論であってあの選択が絶対に間違いだったとは限らないじゃない!」

「うるさい! 結果的にあの人は死んだ! しかもわたし達はあの人を食べてしまった。こんな残酷な事が他にあるって言うの!?」

「でもだからって、人を殺して良い理由にはならないじゃない!」

「綺麗事ばかり言わないでよ! わたしはあの人の無念を晴らしたの! だからもういいの。わたしもあの人の元へ行くのよ!」

「だから、死なないで更紗ちゃん! あなたは生きて償って、そして新たな幸せを手に入れるべきなのよ!」

「僕もそう思います! 愛する人には、いつだって笑っていて欲しいって思う。自分がこの世にいなくなっても、幸せになって欲しいって願っているはずです!」

「うるさいうるさい! あんた達には分からない! わたしの気持ちなんて一生分からない!」


 ────パシンッ!


 その時だった。佐恵子は更紗の頬を全力で叩いた。


「何するのよ!」

「バカよ! あんたはバカよ!」


 佐恵子は涙を流しながら叫ぶ。


「大嶺なんて放っておいたって警察に捕まって罰せられたわよ。あたし達全員が証人じゃない。本人だって犯行を認めているんだし。なのに、何で私刑なんて選択したのよ。自分の将来まで棒に振って。この先あなたどうするのよ!?」

「だって……だって……わたしはこの手で高遠先生の……彼の……伊槻さんの仇を取りたかったんだもの!」

「あなたは! あなたは……高遠先生にとっても最愛の人だった。彼の大切な存在だった。きっと高遠先生は純粋な気持ちでダイエットに取り組むあなたに惹かれたのよね。その純真で汚れの無いあなたが、手を血で染めてどうするのよ……!」

「あ……あぁ……」


 更紗はその場にへたり込んだ。そしてとめどなく涙を流し、嗚咽を漏らしている。


「だから……生きて、罪を償うのよ。それがあなたに今出来る最大の弔いだわ」


 その場にいたメンバー全員が泣いていた。普段は嫌味っぽい片山も、偏屈な渡会も、どこかとぼけているカネ子ですら泣いていた。


 未来はふと空を見上げる。


「あぁ……夜が明ける……」


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