45.矯正島

「そもそもここは、大昔に流刑るけいに使われた島だったんだ……」


 矯正島は、平安時代から明治初期に掛けて、流罪るざいの地として使われていた。


 本土から約六十キロメートル離れた位置に存在しており、本土からそれほど遠すぎる距離でも無かったため、そこまで重い罪の罪人が流されて来るわけではなかった。当時の流刑は、罪の重いものほど本土から遠い島に送られるという慣習があった。


 しかし、流刑地は流刑地であり、この地で力尽き命を燃やす人間は多かった。多くの人間は、この島で過酷な生活をする事を強いられ、絶望のままに息絶えて行ったのだ。


 そうする中でも、いくらかの罪人は生きながらえ、時には子孫を残して行った。それが島民となり、細々とだがこの島は人の住む島として機能していった。


 しかし、漁業の他にめぼしい観光資源があったわけでもない矯正島は、最盛期には千二百名ほどの住人がいたが、深い森もあり、そこが開拓される事もなく、結果として爆発的に人口を増やす事はなかった。高速船の登場で本土へ一時間半程度で行けるようになってからは、気楽に本土へ就職、移住する若者が後を絶たなかった。


 本土への行き来が容易になった事で、もっと盛んに観光資源を開発すれば良かったのだが、元は流刑地でしかなかったこの地にリゾートを計画する企業も現れず、唯一島に保養所を建てた企業に雇用される事が精いっぱいであった。


 そして、島の住民たちは少子高齢化の一途を辿り、保養所が閉鎖した後は衰退の一途を辿り、そして無人島になったのだ。


 矯正島という名前は、流刑地であった頃の名残でそう名付けられたと記録には記されている。


 しかし、『矯正』と名乗って入るが、実際は罪人達はこの島に捨て置かれた様なものであり、矯正されて本土に復帰した者はほぼいなかったという事だ。


***


「と、いう事なのさ」


 山室の話を、他の三人は真剣に聞いていた。


「この島にそんな暗い歴史があったとは……」

「矯正島だなんて変な名前ーって思ってたら、そういう事かぁ」

「島流しなんて、私が若い頃にももう無かったよ」


 そう各々が感想を述べると、琴がスマホの灯りを自身の顔に当ててこう囁いた。


「じゃぁさ、この島、出るかもよー。当時の怨念のオバケがぁぁぁ」

「ひいいっ。止めてくれー!」


 片山は頭から持っていたリュックを被ってブルブルと震えている。


「やっぱ片山のおじさんオバケ怖いんじゃん?」

「片山さん……」

「あらあら、可愛い所があるねぇ」

「うるさい!」

 

 片山はまたしても顔を真っ赤にして怒りをあらわにしている。


「うるさいうるさーい! 誰にだって苦手なもののひとつやふたつあるだろう!? それが俺の場合心霊だったってだけの話なんだよ!」

「はいはい」


 すると、山室がスッと立ち上がった。


「ちょっと脇道に逸れたな。休憩も済んだ事だし、早い所捜索を再開しないと」

「あ、あぁ。そうだよな」

「そうだよ! 一瞬忘れそうになっちゃってたけど更紗お姉ちゃんが大変なんだよ!」


 四人は尻についた埃をパンパンと払うと、その廃屋を後にした。


「あとは西方面を回って南下していくだけだ。あと十数軒も見れば祁答院君達と合流できるだろう」

「いよいよ超デブに近付いて来た感じ……」

「山室さん、ここからは常に催涙スプレーは持っていた方が良いぞ」

「あぁ、そうだな」

「こんなもの……役に立たない方が良かったんだがな……」


 山室はポケットから催涙スプレーを取り出すと、悲しそうにそれを見つめた。


「万が一更紗お姉ちゃんが大嶺を先に見付けちゃったら、更紗お姉ちゃんはどうするつもりなのかな?」

「あの剣幕だと殺しかねないな……」

「殺すって、どうやって? 凶器も何も持っていないのに?」

「持っていないとは、限らないぞ」


 山室は「信じたくはないが」と前置きをして言葉を続けた。


「昨夜、調理場から刃物が盗まれただろう? あれが井之上さんによるものだとしたら、彼女は包丁を持っているって事になる」

「え? 更紗お姉ちゃんが?」

「そういえば随分大きなリュックを持っていたな。それは畠山さんも同じだけど」

「ボクは刃物なんて持ってない! 宝物が入っているから大きいリュックなだけ!」

「誰も君を疑っちゃいないさ。今の所、一番怪しいのは井之上さんだ」

「殺すの……? 大嶺を……?」

「彼女を殺人犯にしないためにも、早く彼女を見付ける必要があるな」

「大嶺を殺すために、あんなに焦ってたってわけか……?」

「でも、いつも片山のおじさんが一緒にいたんでしょう?」

「ああ。彼女は『ひとりで捜索に行きたい』とは一言も言っていなかった。ただただ捜索を前倒ししたい。それだけを主張していたんだ」

「なら、殺す気なんてないんじゃないの?」

「そうだよな。いくら俺でもそれは止めるよ。彼女に殺人鬼になんてなって欲しくない」

「真意を質すためにも、井之上さんを早く見付けないと」

「おじさん達、ここからはスピード上げて行くよ!」

「「了解」」

「カネばぁは片山さんに掴まって歩いて。走ったりはしないから、とにかく出来るだけ早歩きで」

「あぁ、足手まといになって悪いねぇ」

「そんな事言わないで。ただ、ボク達は更紗お姉ちゃんに犯罪を犯させたくないんだ」

「それは分かるよぅ。私だって、あんな可愛い子の手が血に染まるのは見たくないねぇ」

「でしょう? ちょっとだけ頑張って、カネばぁ」

「分かったよ」

「ありがとう」


 そうして、琴たち四人は急ピッチで残りの北の廃屋を見て回った。

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