44.北の廃屋

「うー。昼に来ても不気味なのに夜に来ると不気味さに拍車が掛かっている……」


 片山はブツブツと愚痴を言いながら廃屋の中を懐中電灯で照らしていた。


「片山のおじさん、ユウレイが怖いタイプ? それに、愚痴っぽい」

「うるさい。愚痴っぽいのは口癖みたいなもんだ。社会に擦れた大人なんてこんなものさ」


 琴は片山を茶化しつつも、手にはスマホを持ってしっかりと捜索に加わっていた。


「夜はやはり中が見づらいな。これは捜索は難航しそうだぞ。昼間の捜索の時に開けた押し入れや戸棚は全部開けっ放しにしておこう、とか決めておけば良かった……」


 珍しく山室もネガティブな発言をしている。それに間髪入れずに喝を入れたのは琴だった。


「おじさん達! ふたりとも情けない! こちらが見づらいなら超デブもこちらを見づらいって事でしょう!? あいつは懐中電灯なんて持っていないはずだし。もしかしたらスマホくらいなら持っているかもしれないけど、灯りを付けたらすぐボク達に見付かっちゃうもの。付けられるわけがない。だから、有利なのはこっちなの。だから、泣き言ばかり言わないの!」

「「すみません」」


 廃屋の中では、カネ子は懐中電灯を持って二メートルほど離れた所からに三人の手元に灯りを当てる役割をしていた。


「何だか昭和の頃の建物ばかりだねぇ。ここはいつ頃に無人島になったんだろうねぇ」

「合宿所が企業の保養所だったのが十五年前までらしいですから、その前後で島民もいなくなってしまったって感じじゃないですかね。この合宿に参加する前に勤めている新聞社のアーカイブで当時の記事を見て来たんですが、どうにもこうにもそんなに記事が残っていなくて。本当に、何のニュースも無い島だったんですよ」

「その島が、おじさんの手によってスクープされようとしているわけだ」

「島が悪いんじゃない。悪いのは全て大嶺だ」

「ま、それはそうだけどー」

「あ! おい!」


 その時、片山が大声を出して三人の注意を引き付けた。


「あそこ! 見てみろよ!」


 山室は催涙スプレーを手に持ち警戒しながらそちらの方向に向き直る。


 琴は山室の袖をギュッと握り、片方の手でカネ子の手を握りしめている。


「何だ!? 大嶺か!?」

「あそこだ! 見ろ! 足跡だ!」

「「え……」」


 片山の発言に、山室と琴は心底呆れたという顔をして片山を見つめている。


「な、何だよ。大嶺の足跡かもしれないだろう!?」

「あのなぁ……片山さん……」


 山室はやれやれと言った様子で言葉を続ける。


「ここは昼間にも捜索したところだろう。埃が積もっているんだし、その時の足跡がくっきり残っていたっておかしくない。それにほら、今歩いているその足元にも出来立てホヤホヤの足跡があるだろう……」

「あ……」

「片山のおじさんって案外せっかちでビビり?」

「うるさい!」


 片山は顔を真っ赤にして怒りをあらわにしている。


「うっかりしてたんだ! あぁ、俺はうっかりしていた! 馬鹿にしたければ笑えばいいさ!」

「バカになんてしないよー」

「俺も馬鹿にしようだなんて思っちゃいないよ。この限界状態だ。ケアレスミスは誰にでもあるさ」

「掃除したくなるねぇ……」


 昼間も捜索をしていた三人と、高齢のカネ子だ。四人の疲労も限界に来ていたのだろう。しかし、見るべき廃屋はまだ半数は残っている。


「笛の音は……まだ聞こえないな。島の周囲は二十キロ。地形の問題で誤差こそあれ、直径は大体六キロ。この静かな島でだったら、全力で災害用のホイッスルを吹けば聞こえるかもしれないからな」

「ここは、北の端あたりか? 東方面から回って来て、ここが北なら西に抜けて南下すれば祁答院さん達と合流できるよな?」

「あぁ、そのつもりだ。なるべく両グループ離れない方が得策なんだ。それにしても、井之上さんも見付からないな」

「更紗お姉ちゃん、どこに行っちゃったんだろう……」

「大嶺がいる所に彼女はいるんだと思う。ただ、その大嶺を井之上さんがすぐに見付け出せるかどうかだ。彼女を危険な目に遭わせないためにも、一刻も早く井之上さんを見付け出す必要があるんだが……」

「あああ、あの時俺が止めていなかったらな!」


 その片山の言葉に、山室がピクリと眉を動かした。


「あの時? 止めたって何だ?」

「あぁ……。井之上さんがさ、昼間にこっちの廃屋を見ていた時に、『早く終わったら南の廃屋も見に行きませんか?』って提案をしたんだよ。俺はそれを危険だし、得策じゃないって止めたんだ」

「そんなに井之上さんは南エリアに執着を?」

「執着ってほどではなかったが、焦ってはいたみたいだな」

「そうか……」

「更紗お姉ちゃんは南側に行ってるのかな……」

「だとしたら祁答院君達が見付け出してくれるはずだ。それにしても、こういう時にスマホの電波が圏外っていうのが本当に痛いよな」

「ボクのスマホも未だに圏外だよ。Wi-Fiも飛んでないし」

「ほんっとに不便な島だよなぁ、この矯正島っていうのは。そもそも、ここは何でそんな不穏な名前なんだ?」

「それは……」


 山室は、今までに調べた矯正島の歴史を語り出した。

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